28 / 67
ジネットの自称婚約者(2)
しおりを挟む
「そのジネットのことなのですが……」
気づくと、両肩に彼の手が置かれていた。
「どうか、落ち着いて聞いてください。ジネットが……私の愛しいあの人が、何者かに連れ去られてしまったのです」
「…………」
衝撃的な話のはずだが、とっくに知っていたことだったので、逆にどう反応してよいのか分からなかった。
ぽかんとした顔で固まっていると、彼は誤解したようだ。
「ああ、かわいそうに。ショックで口もきけないんだね」
慰めるような優しい声がしたかと思うと、肩に置かれていた手がするりと背中に回され、抱き寄せられた。
びっくりしたレナエルは彼の胸を思い切り突き飛ばす。
さ、さっきから、なんなのこの男!
相手を睨み、右手を振り上げかけたが、はっとして左手で押さえた。
彼はジネットが攫われたことを、遠く離れて住んでいた妹が知っているとは思っていないはずだ。
今、ここで初めて聞かされたことにしないと……。
「………………ええええっ! ジジが連れ去られた? 一体何があったの?」
妙な間と動きと、白々しい棒読み台詞だったが、一生懸命驚いてみせた。
目の前の男を上目遣いでちらりと窺うと、彼は同情するように大きく頷いた。
こんな下手な演技でも、どうやらうまくごまかせたようだ。
レナエルは胸を撫で下ろした。
「私は貴女にそれを伝えるために、オーシェルに向かうところでした。実は、三日前の深夜に、セナンクール家に賊が押し入ったのです。たまたま、見回りの王太子殿下の騎士が居合わせたのですが、防ぎきれずに、彼女は……」
「え?」
それは予想はしていたが、レナエル、ジネット、ジュールの誰も知らなかった事実だった。
やはり、王太子の騎士が、王都のセナンクール家を警備していたのだ。
ジュールの表情が変わった。
「ギュス。その騎士は誰だ」
王太子の筆頭騎士の彼にとっては、同じ隊のすべての騎士は部下にあたる。
ジュールが苦々しい表情で問うと、ギュスターヴが深刻そうに声を潜めた。
「ボドワン・デュエムだ。命に別状はないそうだが、かなりの重傷だと聞く」
「何だって! ボドワンが」
ジュールが顔色を変えて絶句した。
ボドワンは、白翼騎士団に複数いる副団長の一人だった。
ジュールより二十歳近く年長で、年齢による衰えがあるとはいえ、強者ぞろいの王立騎士団の中でも、特に優れた剣の使い手として知られている。
実戦で鍛え上げられた高い技術を誇る彼が、重傷を負わされたなどとは、ジュールには信じられなかった。
「まさか……。彼を倒せる男など、王立騎士団にも、そうはいない」
「そうだな。敵は相当に手強そうだ。居合わせたのが彼でなかったら、きっと殺されていただろう」
難しい顔をして黙り込むジュールに、ギュスターヴは説明を続ける。
「あの晩は、王城でオーギュスティーヌ様のご婚約披露の舞踏会があったんだ。ボドワンはもともと、そっちの警備につくはずだったが、王都の見回りの騎士が一人出られなくなり、代わりに彼が……」
オーギュスティーヌはリヴィエ王家の第三王女で、王太子にとっては同母の妹。
にもかかわらず、王太子はボドワンをセナンクール家に向かわせた。
しかも、この大事な時期に、筆頭騎士のジュールを休暇という名目でオーシェルに派遣している。
王太子がどれほど、レナエルらの問題を重要視しているのかが分かる。
「ボドワンは、敵の顔を見ていないのか? 何か手がかりは」
「いや、顔は見えなかったそうだ。背の高い、細身の男だったということぐらいしか……」
「手がかりはないということか」
「ああ。だが、私は必ず奴を見つけ出して、あの方を救い出してみせるよ」
ギュスターヴは琥珀色の瞳に強い意志を宿らせ、腰の長剣に手を置いた。
その様子に、ジュールが眉をひそめる。
「待て。ボドワンがやられたのなら、それは俺の隊の仕事だろう」
「そうだな。シルヴェストル殿下には、この件には手出ししないように言われている。だが、恋人を奪われて、私が黙っていられる訳はないだろう」
気づくと、両肩に彼の手が置かれていた。
「どうか、落ち着いて聞いてください。ジネットが……私の愛しいあの人が、何者かに連れ去られてしまったのです」
「…………」
衝撃的な話のはずだが、とっくに知っていたことだったので、逆にどう反応してよいのか分からなかった。
ぽかんとした顔で固まっていると、彼は誤解したようだ。
「ああ、かわいそうに。ショックで口もきけないんだね」
慰めるような優しい声がしたかと思うと、肩に置かれていた手がするりと背中に回され、抱き寄せられた。
びっくりしたレナエルは彼の胸を思い切り突き飛ばす。
さ、さっきから、なんなのこの男!
相手を睨み、右手を振り上げかけたが、はっとして左手で押さえた。
彼はジネットが攫われたことを、遠く離れて住んでいた妹が知っているとは思っていないはずだ。
今、ここで初めて聞かされたことにしないと……。
「………………ええええっ! ジジが連れ去られた? 一体何があったの?」
妙な間と動きと、白々しい棒読み台詞だったが、一生懸命驚いてみせた。
目の前の男を上目遣いでちらりと窺うと、彼は同情するように大きく頷いた。
こんな下手な演技でも、どうやらうまくごまかせたようだ。
レナエルは胸を撫で下ろした。
「私は貴女にそれを伝えるために、オーシェルに向かうところでした。実は、三日前の深夜に、セナンクール家に賊が押し入ったのです。たまたま、見回りの王太子殿下の騎士が居合わせたのですが、防ぎきれずに、彼女は……」
「え?」
それは予想はしていたが、レナエル、ジネット、ジュールの誰も知らなかった事実だった。
やはり、王太子の騎士が、王都のセナンクール家を警備していたのだ。
ジュールの表情が変わった。
「ギュス。その騎士は誰だ」
王太子の筆頭騎士の彼にとっては、同じ隊のすべての騎士は部下にあたる。
ジュールが苦々しい表情で問うと、ギュスターヴが深刻そうに声を潜めた。
「ボドワン・デュエムだ。命に別状はないそうだが、かなりの重傷だと聞く」
「何だって! ボドワンが」
ジュールが顔色を変えて絶句した。
ボドワンは、白翼騎士団に複数いる副団長の一人だった。
ジュールより二十歳近く年長で、年齢による衰えがあるとはいえ、強者ぞろいの王立騎士団の中でも、特に優れた剣の使い手として知られている。
実戦で鍛え上げられた高い技術を誇る彼が、重傷を負わされたなどとは、ジュールには信じられなかった。
「まさか……。彼を倒せる男など、王立騎士団にも、そうはいない」
「そうだな。敵は相当に手強そうだ。居合わせたのが彼でなかったら、きっと殺されていただろう」
難しい顔をして黙り込むジュールに、ギュスターヴは説明を続ける。
「あの晩は、王城でオーギュスティーヌ様のご婚約披露の舞踏会があったんだ。ボドワンはもともと、そっちの警備につくはずだったが、王都の見回りの騎士が一人出られなくなり、代わりに彼が……」
オーギュスティーヌはリヴィエ王家の第三王女で、王太子にとっては同母の妹。
にもかかわらず、王太子はボドワンをセナンクール家に向かわせた。
しかも、この大事な時期に、筆頭騎士のジュールを休暇という名目でオーシェルに派遣している。
王太子がどれほど、レナエルらの問題を重要視しているのかが分かる。
「ボドワンは、敵の顔を見ていないのか? 何か手がかりは」
「いや、顔は見えなかったそうだ。背の高い、細身の男だったということぐらいしか……」
「手がかりはないということか」
「ああ。だが、私は必ず奴を見つけ出して、あの方を救い出してみせるよ」
ギュスターヴは琥珀色の瞳に強い意志を宿らせ、腰の長剣に手を置いた。
その様子に、ジュールが眉をひそめる。
「待て。ボドワンがやられたのなら、それは俺の隊の仕事だろう」
「そうだな。シルヴェストル殿下には、この件には手出ししないように言われている。だが、恋人を奪われて、私が黙っていられる訳はないだろう」
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
31
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる