上 下
26 / 67

悪夢の原因(2)

しおりを挟む
 目を閉じたままでも分かる、そろりと動く人の気配。
 神経を研ぎすまし、そっと伸びてくる手を勢いよく掴んで強引に引き寄せると、相手の首に腕を回して拘束した。

「何者だ」
「きゃあっ」

 相手の顔の前に、見せつけるように短刀を突きつける。
 そこまでの一連の流れは、頭より先に身体が動いた。

 ——え?

 捕らえた首は細く、腕の中でじたばたともがく身体は小さく柔らかだった。
 暴れるたびに腕を撫でていくのは、長くしなやかな……髪?

「ちょっと、どういうつもりよ!」

 少女の声にはっとした。
 部屋の中は薄暗いが、目が慣れているから、腕に捕らえている者の顔はよく見える。

 確かに、レナエルだ。
 ……信じたくはなかったが。

「レナ……か。何をしている」

 一体どうして、こんなことになっているのか。
 彼女を腕に捕らえたまま唖然としていると、激しい反撃が始まった。

「それはこっちの台詞よ! ガキには興味がないって言ってたくせに、このスケベ! 放し……むぐ」
「スケ……。ったく、夜中に、ぎゃあぎゃあ騒ぐな」

 首に回していた腕をずらし、うるさい口を掌で塞ぐ。

「おまえ、これが目に入らないのか? そういうつもりじゃないのは分かるだろう」

 目の前で短剣をちらつかせてから、ぱっと腕を解くと、彼女は軽く咳き込みながら、這うようにして慌てて離れていった。

 短剣をつきつけられても物怖じしないなんて、どういう神経しているんだ。

 ジュールは溜め息を一つついた。

「悪かった。だが、夜中に俺に不用意に近づいたおまえが悪い。この状況では、敵と間違えられて殺されても、文句は言えんぞ」
「殺されたら、文句なんか言えないわよ」
「揚げ足を取るんじゃない! 一体、何をするつもりだった。外に出ようとでもしたのか」
「……だって、すごくうなされてたから」
「俺が?」
「そうよ。悪い夢でも見た? それとも、熱でもある?」

 そう言いながら、彼女は額に手を伸ばしてきた。
 ジュールはそれを軽く払いのけると、彼女の視線を避けるようにふいと横を向いた。

「…………いや。大丈夫だ。何でもない」

 気づくと、全身が嫌な汗に濡れていた。

 そうか。
 しばらく見ることのなかったあの夢を見たのは、こいつのせいか。

 すぐに暴走して、自ら危険に突っ込んでいきそうな、生意気で危うい娘——。

「まだ夜明け前だ。もう少し寝ろ」

 ジュールはぶっきらぼうにそう言うと、彼女をベッドの方に押しやり、拒絶するように目を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

百年に一人の落ちこぼれなのに学院一の秀才をうっかり消去しちゃいました

平田加津実
ファンタジー
国立魔術学院の選抜試験ですばらしい成績をおさめ、百年に一人の逸材だと賞賛されていたティルアは、落第を繰り返す永遠の1年生。今では百年に一人の落ちこぼれと呼ばれていた。 ティルアは消去呪文の練習中に起きた誤作動に、学院一の秀才であるユーリウスを巻き込んでしまい、彼自身を消去してしまう。ティルア以外の人の目には見えず、すぐそばにいるのに触れることもできない彼を、元の世界に戻せるのはティルアの出現呪文だけなのに、彼女は相変わらずポンコツで……。

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

処理中です...