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似てない兄弟(2)

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 宿の使用人の娘に案内された部屋は、二階の奥にあった。
 木製の軋む扉を開けると、作り付けの棚と、ベッドが二つ並べて置かれているだけの狭い部屋だった。

 使用人の娘は棚にランプを乗せると「ごゆっくり」と言い添えて部屋を出て行った。

 壁も床も天井も、何の飾り気もない茶色の板張り。
 窓にかかった若草色のカーテンだけが唯一の装飾と言えた。
 足元からは食堂の騒々しさが伝わってくる。

「あーっ」

 レナエルは大きく伸びをすると、ずっとかぶりっぱなしだった帽子を脱いだ。
 髪を束ねていたひもを解き、変な癖がついてしまった明るい色の髪を両手でざっとほぐすと、堅いベッドに仰向けに寝転んだ。
 一日中、馬を走らせてきたから、くたくただった。

 ジュールは足早に窓に近づくと、カーテンを開けて外の様子を確認した。
 その後、壁に耳をあてたり、長剣を外して天井をつついたりしている。
 どうやら、部屋の安全を確認しているらしい。
 一通り調べ終えると、彼は窓際のベッドに腰掛けた。

 え? なんでこの人、まだここにいるの?

「姉と話をしてみろ」

 不審に思ったが、この言葉で納得した。

「う、うん」

 レナエルはベッドに身を起こした。
 ふうっと大きく息をついて眼を閉じる。

『ジジ? ジジ、聞こえる?』
『うん』
『今、話せる?』

 お互いに、現在の状況を簡単に説明し合う。
 姉から聞いた内容は、途中で会話を切って、ジュールに伝えていった。

 ジネットは宿に泊まるのではなく、馬車の中で夜を明かすのだという。
 馬車の御者や同乗している二人の他に、馬に乗った男が何人か同行しているらしいが、馬車の外に出るときは目隠しをされるので、詳しくは分からないという話だった。

「どんな道を走っているんだ?」

 ずっと、だまって話を聞いていたジュールが口を挟んできた。

「そんなの、分かるはずないじゃない。外の様子は見えないんだから」
「それでも、何か気づくことはあるはずだ。聞いてみろ」

 彼の質問をしぶしぶジネットに伝えると、彼女は考え込んでいるらしく、しばらく返事が返ってこなかった。

『……そうね、馬車は一日中、かなり飛ばしていた様子だったけど、そんなに激しくは揺れなかったから、きっと、大きな整備された道を走っていたのよね。私が目覚めたときは石畳の道だったけど、しばらくしてから土の道に変わった。今は多分、道を外れた林の中に馬車を隠しているのだと思うわ。馬車を止めるまでにがたがた揺れたし、降りたときに強い緑の匂いがしたもの』

 少しずつ思い出すように話す姉の言葉をジュールに伝えると、また質問された。

「道は真っすぐだったか?」
『大きく曲がりくねっていたという印象はないわ』
「坂は?」
『極端な坂道も、なかったように思う。ほぼ平坦な道だったわ。……あ、そういうことなのね』
『どうしたの?』

 何かに気づいたような様子の姉に、しばらく二人の会話を取り持っていたレナエルが、久々に自分の言葉で話しかけた。

『ん……。これまでの細かい質問って、ジュール・クライトマンからよね?』
『そうだけど?』
『ふふふ。彼、頭の切れる人ね。じゃあ、彼に伝えて。アザクール街道を南西に抜けてムラン伯領あたり。あるいは北東に抜けてビゾ湖の手前。でなければ、ラン=ダール、ブリュリス。うーん……サントルも候補に入るかしら』

 姉が次々に上げる地名を、復唱するように声にすると、ジュールは驚愕の表情を浮かべて、いきなりベッドから立ち上がった。

「なっ……! お前の姉は何者なんだ!」
「何者って……自分で言ってるじゃない。あたしの姉だけど?」
「そんなことは分かってる!」

 彼は、ぽかんとしているレナエルにいらついた眼を向けると、ベッドに落ちるように腰を下ろした。
 右手を額に当てて、しばらく考え込んだあと、ゆっくりと顔を上げる。

「……それなら、エスグラルクの森林地帯はどうかと聞いてみてくれ」

 レナエルには何の話なのか理解できなかったが、とりあえず、彼の言葉をジネットに伝えてみる。
 彼女の返事はすぐに返ってきた。

『エスグラルクに行くまでには、石畳の道があるような大きな町はないわ。かかる時間も合わない。だから、違うと思う。……というより、本当は、違うってことを分かってて、聞いているんでしょ? わたしのこと、試してるの?』
『そうなの?』
『絶対そうよ!』

 ジネットが憤慨したように言うので、レナエルは姉の言葉を一言も漏らさないように注意しながら、ついでにつんとした口調もまねて再現してみせた。
 「わたしのこと、試してるの?」に至っては、ジュールの顔をびしっと指差した。
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