上 下
17 / 67

黒馬の騎士の疑惑(6)

しおりを挟む
 長剣を突きつけて脅しているのはレナエルなのに、いたぶっているのは明らかに彼の方だ。
 そんな奇妙な構図が長時間続いている。

 重いものを支え続けて、レナエルの腕はパンパンに張ってきている。
 剣先が細かく震えるが、どうにもならない。
 それでも必死に耐えているのは、目の前の男が、とにかくむかつくからだ。
 剣を下ろしたら負けだと感じるからだ。

 そんなレナエルの様子に、ジュールはもちろん気づいていた。
 にやりと笑って「下がっている」と指摘してから、じらすようにゆっくりと話を続ける。

「そして、ここからは想像だが、あんたの姉のところにも、殿下の騎士が配置されていたはずだ。怪しい双子の、片方だけを調べるはずはないからな。だが、あっちは防ぐことができなかった。ったく、一体、誰が配置されていたんだ!」

 ジュールが忌々しげに舌打ちした。
 ジネットが攫われたことを、彼は王立騎士団の失態として腹を立てているようだ。

 案外、任務に忠実で、真面目な性格なのかもしれない。

 そう思うと、このよく分からない状況も理解できる気がした。

「今までの話は、王太子殿下から口止めされてるのね?」
「いや」
「え? あたしに脅されて口を割ったことに、したいんじゃないの?」

 彼がわざわざ自分の剣を握らせ、「俺を脅せ」と言ったのだ。
 そうでなければこの状況は、説明がつかない。

 彼の長い前髪から覗く鋭い眼差しに、はっきりと愉悦の色が浮かんだ。

「俺は脅されて口を割るくらいなら、死を選ぶ。真の騎士は皆、そうだ。ま、あんた相手に、そんな状況にはなり得ないがな。おい、下がってる!」
「どういう……こと?」

 レナエルは呆然となった。

 これだけの苦行を強いられた理由が分からなくなり、なけなしの気力は一瞬で消えた。
 「下がってる」と叱責されても、もう重い長剣を支えられなくなり、鋭い切っ先が彼の目の前の土にさくりと落ちた。

 喉元の危険が消えたジュールは、身を乗り出すようにして、レナエルの顔を覗き込んだ。

「それに、もともと、王城に連れてくるときは、事情を説明した上で丁重にお連れしろと言われていた。あんたに何を話しても、全く問題はない」
「じゃあ……、なんであたしに、こんなこと、させたの……よ」

 屈辱感に声が震えた。
 息が上がり、全身から汗が噴き出している。
 長剣を握ったまま落ちた腕は、そのまま筋肉が固まってしまったように動かない。
 それでも、わき上がってくる怒りに、消えたはずのものが満ちてくる。

「こんな話、普通に説明しても、信じないだろう? ……というより、お前のその生意気な鼻っ柱を折ってやりたかった。その腕、もう限界だろう?」
「馬鹿にしないで!」

 怒りは一気に頂点に達した。
 レナエルは重い長剣を、土から一気に引き抜き、ぴたりと彼の喉元に狙いを定めた。

 彼は瞬時に身を引き、驚いたように眼を見開いた。
 しかし、直後にはまた、憎らしいほどの余裕の表情に戻る。

「ほぉ、なかなか。……だが、その程度では、最初から脅しでもなんでもない」

 そう言い終わらないうちに、レナエルの腕に、大きな衝撃が伝わった。

「あっ!」

 何が起こったのか分からなかった。
 ただ、両腕が痛いほどにしびれて、その苦痛が肩から背中へと広がっていく。
 左に払われた自分の両腕を見ると、その延長線上の土に斜めに突き刺さった長剣があった。

 恐る恐る視線を戻すと、彼がさっきより低い位置からがこっちを見ている。
 腰を前にずらし、下半身をねじったような体勢から考えると、その長い脚で剣身を蹴り払ったのだろう。

 レナエルと眼が合うと、彼はにやりと笑った。

「言っただろう? 最初から、脅しでもなんでもなかったと」

 彼はそう言いながら悠然と立ち上がると、服についた泥を払った。
 そして、呆然と立ち尽くしているレナエルに背を向けて、土に刺さった長剣を片手で軽々と引き抜いた。
 付いた泥をマントの裾で丁寧にぬぐい、剣身を太陽の光に透かして確認すると、すっと腰に納める。

 レナエルはその上背のある大きな背中を、ぼんやりと眺めていた。
 背筋を伸ばして長剣を扱うその慣れた動きは、実に堂々としていて美しかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

百年に一人の落ちこぼれなのに学院一の秀才をうっかり消去しちゃいました

平田加津実
ファンタジー
国立魔術学院の選抜試験ですばらしい成績をおさめ、百年に一人の逸材だと賞賛されていたティルアは、落第を繰り返す永遠の1年生。今では百年に一人の落ちこぼれと呼ばれていた。 ティルアは消去呪文の練習中に起きた誤作動に、学院一の秀才であるユーリウスを巻き込んでしまい、彼自身を消去してしまう。ティルア以外の人の目には見えず、すぐそばにいるのに触れることもできない彼を、元の世界に戻せるのはティルアの出現呪文だけなのに、彼女は相変わらずポンコツで……。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

処理中です...