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黒馬の騎士の疑惑(4)
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殺される!
恐怖に全身から血の気が引いていく。
直後に、この男が自分を殺すはずがないと思い直すが、目の前のぎらつく刃は、自分の命がこの男の手中にあるという事実を突きつけていた。
「どうとでもしなさいよ!」
目を硬く閉じ、顔を背けて強がると、手に硬く冷たい感触が触れた。
まさか、腕を切り落とすの……?
絶望の中、歯を食いしばって襲い来るはずの激痛を覚悟していると、握りしめていた指をこじ開けられ、両の掌の間に棒状のものを突っ込まれた。
武骨な手が上から覆い、それを握らされる。
「え? え? なに?」
あまりに予想外のことに目を開くと、目の前に高くそびえ立つ長剣が見えた。
鏡のように自分の姿が映り込む研ぎすまされた剣身と、鍔に刻まれた見事な細工。
使い込まれて黒光りしている握り。
普段見慣れている商品としての長剣とは全く違う、魂が宿ったかと思うほどの鮮烈な迫力と美しさを併せ持つ、騎士の剣だった。
すごい……。
こんな状況だというのに、レナエルは眼を奪われずにはいられなかった。
「しっかり握れ! なんだ、生意気な口をきくくせに、長剣は扱えないのか」
しかし、雷のように怒鳴りつける声に、我に返る。
「そ、そんなことないわよっ」
かっとなって叫び返した直後、それまで剣を支えるように添えられていた大きな手が、ぱっと離された。
いきなり両腕にかかった想像以上の重みに、肩が下がる。
長い剣身が前方に傾き、身体のバランスがくずれ、足元がふらつく。
「う……、くっ!」
「だめだ、脇が甘い! しっかりと両足を踏みしめて、全身で構えろ!」
背後に回り込んだジュールが、長剣を支える両肘を内側に押し込んだ。
さらに、両肩を上から押さえて、重心を下げさせる。
そして、大きなごつごつした手で、後ろからレナエルの細い顎を掴むと、ぐいと後ろに引いた。
それだけのことで、レナエルの長剣の構えは、見違えるように良くなった。
腕にかかる剣の重みは全身に分散され、さっきより身体が楽になっていることに驚く。
その姿勢に納得したのか、彼はレナエルの前に戻ってくると、大木に背を預けるようにして座り込んだ。
両手を土の上に置き、片膝を立てて、高圧的に命じる。
「一歩、前に出ろ。剣先を下げて、喉元を狙え」
「な……なに? どういうつもり?」
この男の意図が、全く分からない。
まるで何かの実践練習のようだ。
自分を睨み上げる黒く鋭い瞳に、面白がるような色が僅かに浮かんでいたが、激しく混乱したレナエルには読み取れなかった。
「早くしろ!」と苛立つ声にせかされて、仕方なしに一歩踏み出し、彼の喉元に剣先を突きつけた。
剣先が微かに震えるのは、その重量のせいだけではなかった。
ジュールはにやりと口元をゆがめると、低い声でさらに指図する。
「俺を脅せ。あんた、俺に聞きたいことがあるんだろう?」
自分を脅せと脅されている状況に、レナエルは絶句する。
知りたいことがあるのなら、脅してでも聞き出せということか。
脅されて、仕方なしに口を割ったということにしたいのか。
それとも、この男、妙な趣味でもあるのか?
大柄な騎士の長剣の重さは、いくら正しい姿勢で構えても、女の腕には相当堪える。
歯を食いしばって耐えようとするが、どうしても剣先がぶれる。
そこに、いきなりの怒号。
「おいっ! しっかり構えないか。俺に逃げられてもいいのか? やはり、小娘には無理か?」
「そんなことないわよ!」
もう、どうだっていい!
この男の思惑に乗ってやる!
どうせ、それ以外の選択肢はないのだ。
レナエルは覚悟を決めて短剣を握り直すと、さらに切っ先を突きつけた。
「白状して!」
その言葉に、彼は僅かに顎を引くと、上目遣いでレナエルを睨んだ。
腹をくくってしまえば、長い前髪の間からのぞく射るような視線にも、もう動じることはなかった。
ありったけの気迫で見下ろすと、彼は満足そうにくっと片頬を上げ、ゆっくりと話し始めた。
恐怖に全身から血の気が引いていく。
直後に、この男が自分を殺すはずがないと思い直すが、目の前のぎらつく刃は、自分の命がこの男の手中にあるという事実を突きつけていた。
「どうとでもしなさいよ!」
目を硬く閉じ、顔を背けて強がると、手に硬く冷たい感触が触れた。
まさか、腕を切り落とすの……?
絶望の中、歯を食いしばって襲い来るはずの激痛を覚悟していると、握りしめていた指をこじ開けられ、両の掌の間に棒状のものを突っ込まれた。
武骨な手が上から覆い、それを握らされる。
「え? え? なに?」
あまりに予想外のことに目を開くと、目の前に高くそびえ立つ長剣が見えた。
鏡のように自分の姿が映り込む研ぎすまされた剣身と、鍔に刻まれた見事な細工。
使い込まれて黒光りしている握り。
普段見慣れている商品としての長剣とは全く違う、魂が宿ったかと思うほどの鮮烈な迫力と美しさを併せ持つ、騎士の剣だった。
すごい……。
こんな状況だというのに、レナエルは眼を奪われずにはいられなかった。
「しっかり握れ! なんだ、生意気な口をきくくせに、長剣は扱えないのか」
しかし、雷のように怒鳴りつける声に、我に返る。
「そ、そんなことないわよっ」
かっとなって叫び返した直後、それまで剣を支えるように添えられていた大きな手が、ぱっと離された。
いきなり両腕にかかった想像以上の重みに、肩が下がる。
長い剣身が前方に傾き、身体のバランスがくずれ、足元がふらつく。
「う……、くっ!」
「だめだ、脇が甘い! しっかりと両足を踏みしめて、全身で構えろ!」
背後に回り込んだジュールが、長剣を支える両肘を内側に押し込んだ。
さらに、両肩を上から押さえて、重心を下げさせる。
そして、大きなごつごつした手で、後ろからレナエルの細い顎を掴むと、ぐいと後ろに引いた。
それだけのことで、レナエルの長剣の構えは、見違えるように良くなった。
腕にかかる剣の重みは全身に分散され、さっきより身体が楽になっていることに驚く。
その姿勢に納得したのか、彼はレナエルの前に戻ってくると、大木に背を預けるようにして座り込んだ。
両手を土の上に置き、片膝を立てて、高圧的に命じる。
「一歩、前に出ろ。剣先を下げて、喉元を狙え」
「な……なに? どういうつもり?」
この男の意図が、全く分からない。
まるで何かの実践練習のようだ。
自分を睨み上げる黒く鋭い瞳に、面白がるような色が僅かに浮かんでいたが、激しく混乱したレナエルには読み取れなかった。
「早くしろ!」と苛立つ声にせかされて、仕方なしに一歩踏み出し、彼の喉元に剣先を突きつけた。
剣先が微かに震えるのは、その重量のせいだけではなかった。
ジュールはにやりと口元をゆがめると、低い声でさらに指図する。
「俺を脅せ。あんた、俺に聞きたいことがあるんだろう?」
自分を脅せと脅されている状況に、レナエルは絶句する。
知りたいことがあるのなら、脅してでも聞き出せということか。
脅されて、仕方なしに口を割ったということにしたいのか。
それとも、この男、妙な趣味でもあるのか?
大柄な騎士の長剣の重さは、いくら正しい姿勢で構えても、女の腕には相当堪える。
歯を食いしばって耐えようとするが、どうしても剣先がぶれる。
そこに、いきなりの怒号。
「おいっ! しっかり構えないか。俺に逃げられてもいいのか? やはり、小娘には無理か?」
「そんなことないわよ!」
もう、どうだっていい!
この男の思惑に乗ってやる!
どうせ、それ以外の選択肢はないのだ。
レナエルは覚悟を決めて短剣を握り直すと、さらに切っ先を突きつけた。
「白状して!」
その言葉に、彼は僅かに顎を引くと、上目遣いでレナエルを睨んだ。
腹をくくってしまえば、長い前髪の間からのぞく射るような視線にも、もう動じることはなかった。
ありったけの気迫で見下ろすと、彼は満足そうにくっと片頬を上げ、ゆっくりと話し始めた。
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