14 / 67
黒馬の騎士の疑惑(3)
しおりを挟む レナエルは、長剣の男を相手になす術がなかった昨晩のことを、まざまざと思い出した。
しかし、ここで屈することはできない。
あのとき、自分を襲った二人の男を軽々と倒した、騎士の名を持つ男が相手だとしても。
「それは昨晩、嫌という程思い知らされたわよ。だけど……これなら、どう?」
相手に向けていた切っ先を、ゆっくりと自分の喉に向けると、さすがに、ジュールの表情が変わった。
「あんただって、あたしが死んだら困るでしょ? あたしが死んだら、あの能力は使えないもんね。せっかく捕まえたジジの利用価値だってなくなる。あんたの思い通りになるくらいなら、死んでやるっ!」
レナエルが決死の啖呵を切ると、緊迫した沈黙が落ちた。
睨み合う二人。
しかし、しばらくすると、ジュールは視線をそらして俯き、こらえきれないように、くくっと喉を鳴らした。
笑って……る?
「なに笑ってるのよ!」
「そうだな。確かにあんたに死なれたら、俺の首はないかもしれんな」
そう言って視線をレナエルに戻すと、にやりと片方の口角を上げた。
レナエルはごくりと唾を飲み込むと、緊張のあまり汗で滑りそうになった短剣の柄を、しっかりと握り直した。
「やっぱり、そうなのね! 何を企んでるの。白状しなさい!」
「ふん。そう簡単に、白状する訳にはいかないな」
ジュールがふてぶてしい態度で、また一歩踏み出した。
昨晩の悪人どもとは、格が違いすぎる。
比べ物にならないくらいの凶悪さを、全身にまとっている。
「近づかないで!」
握りしめた短剣を、さらに喉に近づけて叫んでも、彼は止まろうとはしない。
いたぶるように、じりじりと近づいてくる。
レナエルはそこから動くことができず、短剣を自分に向けたまま、大木に貼り付いていた。
長剣を抜けば届く距離にまで詰めたとき、ジュールははっとしたように、右手の茂みに視線を滑らせた。
とたん、全身からぶわりと放たれる強烈な殺気。
「なに?」
レナエルもとっさに同じ方向を見た。
新たな敵の出現を予感し、身構える。
次の瞬間。
レナエルの短剣を握った両手は、強い力に捕らえられた。
両手首をまとめて拘束する、男の大きな左手。
ぎりぎりと締め付ける握力と、抵抗を寄せ付けない腕力で、レナエルの両手は、頭上にまで持ち上げられた。
「くっ……」
あっという間に力が入らなくなった手から、あっさりと短剣を奪い取られた。
ジュールは短剣を草の上に投げ捨てると、ぐっと顔を近づけてきた。
「甘いな」
歪んだ口元からせせら笑うように発せられた一言に、先ほどの殺気が自分を陥れるためのものだったことに、ようやく気づいた。
「なっ……! 騙したわね」
怒りにわなわなと身体が震えてくるが、相手は怒りを逆なでする涼しい顔だ。
「騙したつもりはない。俺はちょっとよそ見をしただけだ」
「放してっ!」
レナエルは、両手を頭の上で捕らえられたまま必死に身をよじり、相手に蹴りを食らわせた。
しかし、渾身の一撃は、あっさりとかわされ、レナエルは体制を崩して、彼の手にぶら下げられたような状態になる。
不自然に腕がねじれ、激痛が走る。
「い……っ、たたたた……」
「自業自得だ。さて、この生意気な小娘をどうしてくれようか」
ジュールは嗜虐的な笑みを見せると、レナエルの両手をぐいと引っ張って、自分と立ち位置を入れ替えた。
大木に背にした彼が、左手でレナエルを捕らえたまま、右手で腰の長剣をすらりと抜いた。
しかし、ここで屈することはできない。
あのとき、自分を襲った二人の男を軽々と倒した、騎士の名を持つ男が相手だとしても。
「それは昨晩、嫌という程思い知らされたわよ。だけど……これなら、どう?」
相手に向けていた切っ先を、ゆっくりと自分の喉に向けると、さすがに、ジュールの表情が変わった。
「あんただって、あたしが死んだら困るでしょ? あたしが死んだら、あの能力は使えないもんね。せっかく捕まえたジジの利用価値だってなくなる。あんたの思い通りになるくらいなら、死んでやるっ!」
レナエルが決死の啖呵を切ると、緊迫した沈黙が落ちた。
睨み合う二人。
しかし、しばらくすると、ジュールは視線をそらして俯き、こらえきれないように、くくっと喉を鳴らした。
笑って……る?
「なに笑ってるのよ!」
「そうだな。確かにあんたに死なれたら、俺の首はないかもしれんな」
そう言って視線をレナエルに戻すと、にやりと片方の口角を上げた。
レナエルはごくりと唾を飲み込むと、緊張のあまり汗で滑りそうになった短剣の柄を、しっかりと握り直した。
「やっぱり、そうなのね! 何を企んでるの。白状しなさい!」
「ふん。そう簡単に、白状する訳にはいかないな」
ジュールがふてぶてしい態度で、また一歩踏み出した。
昨晩の悪人どもとは、格が違いすぎる。
比べ物にならないくらいの凶悪さを、全身にまとっている。
「近づかないで!」
握りしめた短剣を、さらに喉に近づけて叫んでも、彼は止まろうとはしない。
いたぶるように、じりじりと近づいてくる。
レナエルはそこから動くことができず、短剣を自分に向けたまま、大木に貼り付いていた。
長剣を抜けば届く距離にまで詰めたとき、ジュールははっとしたように、右手の茂みに視線を滑らせた。
とたん、全身からぶわりと放たれる強烈な殺気。
「なに?」
レナエルもとっさに同じ方向を見た。
新たな敵の出現を予感し、身構える。
次の瞬間。
レナエルの短剣を握った両手は、強い力に捕らえられた。
両手首をまとめて拘束する、男の大きな左手。
ぎりぎりと締め付ける握力と、抵抗を寄せ付けない腕力で、レナエルの両手は、頭上にまで持ち上げられた。
「くっ……」
あっという間に力が入らなくなった手から、あっさりと短剣を奪い取られた。
ジュールは短剣を草の上に投げ捨てると、ぐっと顔を近づけてきた。
「甘いな」
歪んだ口元からせせら笑うように発せられた一言に、先ほどの殺気が自分を陥れるためのものだったことに、ようやく気づいた。
「なっ……! 騙したわね」
怒りにわなわなと身体が震えてくるが、相手は怒りを逆なでする涼しい顔だ。
「騙したつもりはない。俺はちょっとよそ見をしただけだ」
「放してっ!」
レナエルは、両手を頭の上で捕らえられたまま必死に身をよじり、相手に蹴りを食らわせた。
しかし、渾身の一撃は、あっさりとかわされ、レナエルは体制を崩して、彼の手にぶら下げられたような状態になる。
不自然に腕がねじれ、激痛が走る。
「い……っ、たたたた……」
「自業自得だ。さて、この生意気な小娘をどうしてくれようか」
ジュールは嗜虐的な笑みを見せると、レナエルの両手をぐいと引っ張って、自分と立ち位置を入れ替えた。
大木に背にした彼が、左手でレナエルを捕らえたまま、右手で腰の長剣をすらりと抜いた。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。
ずっとあのままでいられたら
初めての書き出し小説風
恋愛
永遠の愛なんてないのかもしれない。あの時あんな出来事が起きなかったら…
同棲して13年の結婚はしていない現在33歳の主人公「ゆうま」とパートナーである「はるか」の物語。
お互い結婚に対しても願望がなく子供もほしくない。
それでも長く一緒にいられたが、同棲10年目で「ゆうま」に起こったことがキッカケで、これまでの気持ちが変わり徐々に形が崩れていく。
またあの頃に戻れたらと苦悩しながらもさらに追い討ちをかけるように起こる普通ではない状況が、2人を引き裂いていく…
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。
【外伝・完結】神獣の花嫁〜刻まれし罪の印〜
一茅苑呼
恋愛
『神獣の花嫁シリーズ』第三作目です。
前作『〜かの者に捧ぐ〜』『〜さだめられし出逢い〜』をお読みいただかなくとも楽しんでいただけるかと思いますが、お読みいただければさらに面白い! はずです。
☆☆☆☆☆
❖百合子(ゆりこ)
大正生まれの女学生。
義兄に家族を惨殺された直後、陽ノ元に召喚された。
気難しい性格と口調で近寄りがたい。
❖黒虎(こくこ)・闘十郎(とうじゅうろう)
下総ノ国の黒い神獣。通称『コク』。
貴族=民のためと、力を奮う日々に疑問を感じている。自らの花嫁として召喚された百合子にひとめ惚れ。
※表紙絵は前作の主人公・咲耶とハクです。
黒冴様https://estar.jp/users/106303235に描いていただきました。
────あらすじ────
「私を、元の世界に戻してくれ!」
兄の凶行に我を失い、記憶を無くしてしまう百合子。
「……これで、人としてのおぬしは死んだ。この瞬間から、おぬしの神獣の花嫁としての生が始まる。
それが良いことかどうかは、わしには分からぬ」
コクは百合子を自らの花嫁とするが、それは仮初めの間柄。
彼女を元の世界に返すことを優先し、己の想いは二の次とする。
───これは、罪を背負った神獣と、その花嫁の話。
【完結】「聖女として召喚された女子高生、イケメン王子に散々利用されて捨てられる。傷心の彼女を拾ってくれたのは心優しい木こりでした」
まほりろ
恋愛
聖女として召喚された女子高生は、王子との結婚を餌に修行と瘴気の浄化作業に青春の全てを捧げる。
だが瘴気の浄化作業が終わると王子は彼女をあっさりと捨て、若い女に乗
り換えた。
「この世界じゃ十九歳を過ぎて独り身の女は行き遅れなんだよ!」
聖女は「青春返せーー!」と叫ぶがあとの祭り……。
そんな彼女を哀れんだ神が彼女を元の世界に戻したのだが……。
「神様登場遅すぎ! 余計なことしないでよ!」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿しています。
※カクヨム版やpixiv版とは多少ラストが違います。
※小説家になろう版にラスト部分を加筆した物です。
※二章に王子と自称神様へのざまぁがあります。
※二章はアルファポリス先行投稿です!
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて、2022/12/14、異世界転生/転移・恋愛・日間ランキング2位まで上がりました! ありがとうございます!
※感想で続編を望む声を頂いたので、続編の投稿を始めました!2022/12/17
※アルファポリス、12/15総合98位、12/15恋愛65位、12/13女性向けホット36位まで上がりました。ありがとうございました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
異世界の赤髪騎士殿は、じゃじゃ馬な妻を追いかける
牡丹
恋愛
異世界に迷い込んだ主人公が王城騎士団総団長マーベリックと結婚後の日常のお話です。
異世界の常識不足でマーベリックを困らせたり、トラブルに巻き込まれます。
彼の深い愛情で危機を乗り越え2人の愛情が試されます。
結婚前の話は、
「異世界の赤髪騎士殿、私をじゃじゃ馬と呼ばないで」
を読んで下さい。
このお話は題名や主人公の名前を変えて「小説家になろう」にも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ただの新米騎士なのに、竜王陛下から妃として所望されています
柳葉うら
恋愛
北の砦で新米騎士をしているウェンディの相棒は美しい雄の黒竜のオブシディアン。
領主のアデルバートから譲り受けたその竜はウェンディを主人として認めておらず、背中に乗せてくれない。
しかしある日、砦に現れた刺客からオブシディアンを守ったウェンディは、武器に使われていた毒で生死を彷徨う。
幸にも目覚めたウェンディの前に現れたのは――竜王を名乗る美丈夫だった。
「命をかけ、勇気を振り絞って助けてくれたあなたを妃として迎える」
「お、畏れ多いので結構です!」
「それではあなたの忠実なしもべとして仕えよう」
「もっと重い提案がきた?!」
果たしてウェンディは竜王の求婚を断れるだろうか(※断れません。溺愛されて押されます)。
さくっとお読みいただけますと嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる