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深夜の襲撃(6)

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 この男がいる場で、最初に不用意な発言をしてしまったのは自分だ。
 ジネットが攫われた事実に気が動転していたとはいえ、自分の失態で、セナンクール家が窮地に追い込まれている。

 レナエルが激しく後悔する中、ジュールはますます高圧的に畳み掛けてくる。

「俺がいなければ、あんたと……ジジの両方とも、攫われることになったはずだ。俺には知る権利がある。違うか?」
「私を助けてくれたことは、感謝してる。だけど……」

 この男、ホント、むかつく!
 こんな責め立てるような言い方しなくったって、いいじゃないっ!

 ふつふつと怒りがわき上がってきて、レナエルは彼をきっと睨み返した。

「……ちょっとは、空気読んだらどうなの?」

 続けられた言葉に、屋敷の者たちが凍り付いた。

 ジュールの片眉がぴくりと上がった。
 たったそれだけで、彼の表情に凶悪さが増す。

「あいにく俺は商人ではなく、騎士だ。殺気だけ読めればいい」
「あら、そう。読めないんだったら、あたしが教えてあげる。関係の、ない、ことに、首を、突っ込まないで」
「ふん。あんたを助けた時点で、俺はこの件に充分関わっていると思うがな」

 相手は王太子の筆頭騎士の肩書きを持つ屈強な男だというのに、レナエルは一歩も引かない。
 彼の威圧的な眼差しからも、全く眼をそらさない。
 さっき、中庭で言いこめられてしまった悔しさもあって、意地になっていた。

 見えない剣を交えるような言葉の応酬を、周りの人々は固唾をのんで見守っていたが、やがて、ロドルフが思い切ったように大きく息をついた。

「レナ、もういい。座りなさい。騎士様に事情をお話ししよう……」
「でもっ!」
「いいんだ。彼を信用しよう」

 いつの間にか立ち上がっていたレナエルが、力なく椅子に座り込んだ。
 自分がふがいなくて唇を噛み、うめき声をあげる。

 ロドルフは他言しないように強く念を押して、レナエルとジネットという双子の姉妹と、セナンクール家の秘密について話し始めた。

 二人がどれだけ離れた場所にいても、頭の中で言葉を交わすことができるということ。
 連絡係として、姉妹を王都と貿易拠点に分けて住まわせていること。
 彼女たちの能力が、セナンクール家の繁栄を支えていること。

 途中からは、レナエルが話を引き継いだ。

 自分が襲われる直前、ジネットの助けを求める声が聞こえたこと。
 その後、何度呼びかけても、姉から返答がないこと。

「だから、ジジもあたしと同じように、何者かに襲われたんだと思う。そして、きっと捕まってしまった……」

 レナエルは祈るように組んだ指を額にあて、力なく俯いた。

 姉妹を同時に襲ったのは、互いに危険を知らせることを防ぐためだったのだろう。
 つまり、敵は、二人の能力について、知っているということだ。

「一体、誰が……? こうならないように、レナたちの力が知られないよう、注意を払っていたのに……」

 テランスが苦しげに表情をゆがめた。
 それは、秘密が知られたためではなく、姉妹の身を案じてのことだ。

 ロドルフも両手で顔を覆うと、重い息を吐き出した。

「セナンクール家が力をつければ、どうにか追い落とそうと、やっきになる者も出るのは当然だ。妬んだり恨んだりする者も出る。我々は、この子たちの力を商売に利用すべきではなかったのかもしれんな」
「そんな……。もともとは、あたしたちが言い出したことです。あたしたちが、セナンクール家のお役に立ちたかったから……」

 もともとは、姉妹の両親がセナンクール家の使用人だった。
 幼い頃に父親を、四年前に母親を病気で失い身寄りのなくなった二人は、セナンクール家の住み込みの使用人として引き取られたのだ。

 言葉を交わさなくても会話ができる能力は、ずっと二人だけの秘密だったが、自分たちに親身になってくれるセナンクール家の恩に報いようと、三年前にその秘密を打ち明けた。
 現在のような、本店と貿易拠点をつないだ仕事のやり方は、頭の切れるジネットの発案だ。
 その後、セナンクール家は短期間のうちに、この国一の豪商にのし上がったのだ。

 ジュールにとっては、レナエルら姉妹の能力はにわかに信じがたいものではあったが、今回の事件や、セナンクール家の繁栄などが、その能力を背景としたものであるとすれば、納得がいった。
 また、彼にはそれを認めざるを得ない、別の理由もあった。

 自分なりに話を整理し、理解したジュールが、ようやく口を開いた。

「情報は何よりの武器だ。彼女たちのような能力を持つ者がいれば、どんな商家でも、上り詰めることができるだろう。それがクライトマン家でも、そうだろうな」
「では、やはり我々の商売敵か、取引先が……?」
「いや、その能力は商売に限らず、利用価値は高い。商売敵とは限らないだろう。そんな力が存在するとなると、欲しがる者はごまんといる」

 難しい政局や戦局、陰謀、犯罪。
 離れた場所でも瞬時に連絡を取れる能力は、あらゆる緊迫した局面を有利に動かす鍵になる。

 ジュールの見立てに、ロドルフやテランスもこわばった顔で頷いた。

「しかし、レナとジジを無理やり捕らえても、言う通りに動くとは思えないけど……」

 テランスがぼそりと言った。

 妹のレナエルは、荒っぽい海の男たちにも向かっていくような、相当なじゃじゃ馬娘。
 一方、姉のジネットは、セナンクール男爵の右腕とも呼ばれるほどの切れ者。
 どちらも一筋縄ではいかない娘だ。
 自分の意に添わないことに、素直に応じるはずがない。

「だが、二人を同時に支配下に置けば、互いが人質になる。そうなれば、犯罪に加担することになっても拒めないだろう。敵は必ず、その娘も手に入れようとするはずだ」

 ジュールが顎で指すように、祈るように指を組んで俯いているレナエルを見た。

『ジジ、聞こえる? ねえ、返事をしてっ!』

 何度呼びかけても、やはり姉からの返事はなかった。
 暗闇の中、意識を失って倒れている彼女の姿が頭に浮かぶ。

 行かなきゃ。
 今すぐ、助けにいかなきゃ!

『……待ってて、ジジ!』

 届いていないと分かっていても、そう力強く呼びかけると、レナエルはいきなり立ち上がった。
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