ステルスセンス 

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ファーストステージ

決戦

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 この間よりは落ち着いて歩きながら神崎に電話をかけ、これから行く事を伝え家へ向かった。

 神崎のマンションに着きエレベータを上がるといつものように神崎は玄関の扉を開けて待っている。

「どっどうされたんですか。最近・・きゅっ急に来られる事が多いですね」

「うん、面白い事になって来たんだ。以前ちょっと話しただろ、出版社がインターネットと上手く付き合うにはどうすれば良いのか会社も悩んでいるって」

「はい、聞きました。とっ取り合えず、座ってください。いま飲み物お持ちしますから」

「あっ、ごめん」

 羽津宮は焦っている自覚はなかったが悪い癖でまた玄関で話始めてしまった。

「ふっふ、羽津宮さんも慌てん坊なんですね」

「あっ、そうなんだバレちゃった。しっかりしなきゃね。こんなのが担当だったら不安だよね」

「いっいえそんな事ないです。他の出版社の方は威圧されて思うように話せなくて、羽津宮さんは話しやすかったし、それでグローバル出版にしようって決めたんです」

「おっ驚いたよ、もしかして『ハッキングパーティー』の出版、他の出版社からも誘いがあったの」

「はい、十数社に原稿を送っていたので、羽津宮さんに会うまでに二社程声がかかって会社に呼ばれました、グローバル出版に決めてからも発売されるまでに二社から電話頂いて」

「そうだったんだ、だから僕の時は会社でなく家に呼んでくれたんだね。おかげで神崎君を獲得出来たんだ、その二社のおかげだね」

「はっはい、なんだか羽津宮さんだと緊張しなくなって来て、普通に話せるようになって来ました」

「はっは、良かった、歳も近いし仲良くしようよ」

「はいこちらこそ宜しくお願いします。ところで今日のお話はしなくていいんですか」

「そっそっそうだった。そうそのネットの事なんだけど」

「はい」

 羽津宮は企画の事を細かく神崎に伝えた。

「なるほど、それはウマイと思いますよ。ネットにぴったりです。そう言う情報の流し方が一番広がりますから。ネットユーザーがあたかも情報の先頭に居ると思う事が大事なんです。」

「そう?!」

「それを雑誌社が取り上げていると言う形が良いですよ。後一つ言わせてもらえるならサイトで紹介を始める前にソーシャルネットワークのコミュニティーや掲示板辺で話題にしておいた方が良いでしょうね」

「やっぱりそう言うテクニックがあるんだね、そのことでうちのサイト担当の社員に神崎君からアドバイスしてもらえないかって、部長が言うんだ。どうかな」

「アドバイス出来るかわかりませんが、やってみます。面白いので僕もやりたいですし」

「そう。よかった。さっそく会社に電話してみるよ。神崎君は都合の悪い日はある」

「僕はいつでも大丈夫ですよ」

 羽津宮は会社に電話を入れてサイト担当者数人のスケジュールを確認し、明日の午前中に神崎を交えたミーティングを行う事を決めた。

「じゃあ神崎君明日の朝十時、会社の前で待ってるから宜しく頼むね。あっこれ簡単な企画書なんだ、見ておいてよ」

「はい、わかりました。では明日伺います」

 神崎の家を出るとその足でモモさんの公園へ向かった。

 テントに着くなりモモさんを呼び出す。寒い季節になると呼んでから出てくるまで時間がかかる。テントの中で沢山の段ボールに囲まれているせいだろう、身動きも取り辛いようで足の先からズリズリと這い出て来て、少し切れた息を整えるように一つため息をついて、いつものベンチへ腰掛ける。

「ももさん、例の企画通ったよ。実行だよ」

「よっこらせっと。おっそうか。やったじゃねぇか」

「うん、もうこの先に行くにはこのプロジェクトの成功は絶対条件だよね」

「あぁそうだろうな。ここで決めねぇとまた数年はかかるな」

「うん。入社して三年目でこんなプロジェクトに参加出来ること自体奇跡だもんね。本当にモモさんのステルスセンスの効果は凄まじいよ」

「何言ってやがる奇跡じゃねぇや、狙い通りだ。スピード出世ぐれぇしねぇとオレの法則の意味がねぇやな」

「そんなことはないよ、会社を続けられただけで僕はモモさんに感謝してるんだ。ずっと支えてくれてありがとう」

「なんでぇ、気持ち悪りぃな。礼を言うには早ぇぞ。いいかここからが山場だ、ここのために今までやって来たと思えよ」

「うんわかってる、イベントの勝負は今年いっぱいって言ってたから。僕たちの勝負もこの二ヶ月程で決まるんだね。絶対結果出すよ」

「あぁ、二ヶ月なんてあっという間だぞ、忙しくてここにもそう来れねぇだろう。今日のうちにしっかり法則を伝えとかねぇとな」

「うん、そうだね。残業続きだし、こうして仕事の合間に来る時間作るので精一杯だよ」

「そうだろうな、よしじゃあさっそく行くか。ノート取って来るからちょっと待ってろ」

 モモさんはテントに戻りゴソゴソと散らかった段ボールの中からステルスセンスノートを探し出し、パンパンと埃を払いながらベンチに戻って来た。

「いいか、今度のは難しいぞ。よく頭に叩き込め」

【仕事を完璧にはこなさずハプニングを起こせ】

「この法則を意識的に操るのはかなり難しいがな。最初に言った事だが『バカが出世する』この言葉は妙に現実を集約してやがる。

 仕事を完璧にこなすより、多少のハプニングがあった方が良いんだ。何故だか解るか?それはな。上司も部下の仕事ぶりをそれほど見ていないからだ。

 例えば、無事にすべて終わった仕事があってな、その仕事の陰で部下が無事終わらせるためにどれほどの注意を払い、万全を期し、寝る間を惜しんだかって所に思いを馳せる人間が居るかって事だ。いねぇだろ。

 つまりな、野球で言うなら打球の一球一球に集中し難しい玉もただのフライのように取る選手と、何でもない打球をファインプレーのように取る選手、どっちが記憶に残り、また良い選手と言う印象をうける。

 大半は後者と言うだろうな。つまりその仕事が難しい仕事か簡単な仕事かなんてやった当人以外解らないってことだ。

 事前に起こりそうな問題の芽を摘む努力は評価されにくく、起きた問題を解決する者が印象に残るって訳だ。

 上司を心配させたり安心させたりじらしたり、相手の気持ちに波を作り、自分が解決する。印象に残らない仕事を印象に残す工夫も大事なんだ。

【プロジェクトの大きな成功を目指すならせこさを出すな】

「これも大事だぞ。大きなプロジェクト程、大勢の人間が関わるし、いくつもの会社が関わる。そう言った大きなプロジェクトには目先の利益以上の大きなコンセプトや開催理由がある。

 それの達成のために各担当者が力を合わせる訳だが、プロジェクトの途中で一人でも、一社でも自社の目先の利益を確保しようとすると、まず間違いなくそのプロジェクトは勢いを失い、失速する。

 それは大きなプロジェクト程微妙な方向性の違いが致命傷になるからだ。それに大きなプロジェクトの中でも自社の利益だけは確保するこのセコさは伝染する、すぐに他の者も同じ事を考え始めついにはやらない方がいいと言う結果になる。

 大きなプロジェクトを成功させるには関わる者全員に常に最初の目的を意識させる事が大切だ。

【プロジェクトの成功を自分の手柄にしたら、そこで成功は終わる】

「これは日本人のややこしい所かもしれねぇな。どんな企画でも発案者や主催者、その他にも色々な責任を背負う者が関わる、それぞれが大きな責任を背負ってその仕事に携わり成功に導く訳だが。そのプロジェクトが成功するまでは皆自分に責任があるとは言いたがらない。それは失敗した時を恐れてだ。

 しかし成功してしまうと『これは自分の手柄』だと言いたくなるのが人間ってもんだ。

 だがここまで自分の責任だと言わなかった人間はそれは絶対に言ってはならねぇ。

 仮に『このプロジェクトは全責任を自分が背負う、失敗したならその損失も総て自分がなんとかする』そう断言し成功まで来たのなら『私の手柄だ』と言っても文句は出ないだろう。だがそうじゃないなら『自分の手柄だ』とは言っちゃならねぇぞ。

 言ってしまったらその時点でその成功は終わるだろう。それは関わった他の人間がしらけるからだ。もし他人から讃えられる事があっても必ず関わった人間の名前を挙げ『自分より彼らの力の方が大きいです』と謙遜する事だ」

「以上だ。わかったか。まぁお前の事だ、よっぽどの事がない限り上手くやれるだろうよ」

「うん、やってみるよ。でも本当にどれも意外なんだよね。大きなプロジェクトほど完璧にやるべきだと思うし。自社の利益は確保するべきだと思うし、成功の手柄を自分の物にするべきだって思うもん」

「確かにこの三つの法則を適用する程のプロジェクトか見極めは難しい所だがな。お前の言うように完璧にこなした方が良い規模のプロジェクトもあるし、自社の利益をしっかり確保するべき時もある。勿論自分の手柄としておいた方が良い時もな。だが今回のお前の企画は正にこれを実行すべき規模の企画だ。なんせ大きく世間に広がらなければまったく意味がないからな、それには書店なんかの協力は欠かせねぇ。そうなると出版関係総てを盛り上げるっていうその気持ちを忘れちゃいけねぇ」

「そうだよね、広がらない事には何も始まらないもんね」

「あぁ、一見お祭り騒ぎのようで、総てのタイミングは緻密に計算している。それでいて大胆かつ魅力的にだ。誰もが参加したくなるような人を引きつける企画にするんだぞ」

「うん、そうだよね」

「解ったら・・ほら・・そろそろ行かなくていいのか、仕事中だろ」

「そうだった、販促部で打ち合わせだったんだ。急いで帰らないと」

「しっかりしろよ。遅刻はねぇぞ」

「うん、じゃあいくよ」

 羽津宮は全速力で走り自転車に向かった。モモさんだけになるとホームレスと会社員の若者が仲良く話している異様な風景が消え。

 公園の一角が落ち着きを取り戻す。モモさんは空を見上げぼんやりと眺めた。

「羽津宮と出会って二年か・・・長いようで短いようで・・・やっと勝負の時が来たって感じだな・・・ここできばってもらわねぇとな、意味がねぇやな」
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