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ファーストステージ

情熱

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 椎名編集長は急ぎ足でフロアの一番奥にある会議室に向かった、そこは編集部部長の席のとなりにある大きな部屋で羽津宮はこれまで一度も入った事の無い部屋だ。

 扉からして威圧感がありまるで仁王像の間を通るような、そこに入るだけで緊張してしまう雰囲気がある。

 室内もただ高級品で埋め尽くすのではなく歴史ある出版社にふさわしい文化的価値のありそうな絵や著名な作家の直筆の文章などが大きな額に入れられて飾られている。

 無意識のうちに羽津宮の頭の中に『重厚』と言う言葉が頭に浮かぶ。

「何突っ立ってるんだ、ここに座りなさい」

「あっはいすみません」

 席に座る、ますます緊張が高まる。椎名編集長は資料をテーブルに並べた。

 他の編集長達が続々と会議室にやって来ては椎名編集長と軽く挨拶を交わす、初めてこの場に来た羽津宮の事を「新顔だね」と椎名編集長に聞いてくる者も居たが、ほぼ気にも留めずに席について行った。

 「場違いなんじゃないだろうか」と不安になってくる。

「羽津宮」

 あまりの緊張ぶりに見かねた椎名編集長がひそひそと小声でと話しかけてくる。

「あれからしっかりと君の企画書を頭に叩き込んだよ。大丈夫だ、私からも説明はする。そう緊張するな。君らしく話せば良い」

「はっはい。すみません」

 全員がそろった頃、花谷部長が現れた。

「おはようございます。では始めますか楽にしてください。週明けの月曜日に行われる大きな会議に向けてこれまで話して来た訳ですがいよいよ大詰めですね。我々の意見としてはやはりネットの利用に関しては携帯小説やネット配信などに力を入れるのではなく、主に宣伝広告の場としてネットを利用すると言う方向性で行きたいと思う。今日はその方向性を後押し出来るような資料の最終確認などを行いたいと思います。では順に報告お願いします」

 花谷部長がそう言うといつもの順番なのであろう部長の左の席に座っていた男性が立ち上がり資料を読み上げ説明を始めた。

「・・・・・以上のようなデータからも小説のネット配信に力を入れるのは我が社の将来を考えても得策ではないと思われます。他の出版社の二番煎じをするのではなく早急に新しい形でのネットとの関わり方を模索する必要があると考えます。以上です」

「ありがとうございます、ネット配信を否定するのには十分な資料だと思います。しかしその先が欲しい所ですね。では次お願いします」

 花谷部長がそう言うとまた隣の男が立ち上がり説明のための資料を手にし話し始める。

「私も同じような意見になってしまいますが・・・」

 そう言った辺で椎名編集長が手を挙げて

「すみません、もし皆様にネット配信以外の具体的な企画が無いようでしたら私から少し提案があるのですが」

と他を圧倒する雰囲気で話し始めた。その勢いにのまれるように他の編集長達は皆
「いえ、どうぞ」と言ったそぶりをする。

 羽津宮はまだ順番が先だとすこし油断していたので一気に鼓動が早くなった。

 花谷部長も少し笑みを浮かべ「どうぞ、椎名君先に発表してください」と指示を出した。

「宜しいですか」と椎名編集長は一応会議に参加している全員の顔を見渡し先に報告する事の許しを確認すると自信に満ちあふれた態度で話し始めた。

「我々もずっと悩んで来た具体的な企画案ですが、私の所で良い企画が上がったので提案したいと思います」

 そう言うと、羽津宮が書いた企画書が全員の元に配られた。

「会議直前まで作業していたために事前に皆様に渡す事が出来なかくて申し訳ないのですが、企画と言ってもまだ大まかな概要だけですので私が説明するので目で追って頂ければ大凡は理解出来ると思います。では・・企画の発案者は彼なのですが紹介は後ほどするとして、彼の担当している新人作家の「神崎春」が書いた「ハッキングパーティー」が我が社でそれほどの宣伝を行っていないにも関わらず初版の一万部が初日で完売し、五万部の増刷が決まっています。そのヒットの理由は彼自身ネットで生計を立てていて、そのノウハウで彼自身ネットを利用して自らの作品の宣伝活動を行った事によります。それは今の時代でも上手くネットでの宣伝を行えば書籍は売れると言う良い証明だと彼は感じこの企画をつくりました」

 椎名編集長は一通り企画書の説明を終えもう一度参加者の顔を見渡した。皆隣の人間と話したりしている、その声がぽつぽつと耳に入る「おもしろいな」「うちの雑誌でも行けるよ」それを耳にしながら椎名編集長は大きな手応えを感じたのか羽津宮の手を引き、立たせると

「発案者の、羽津宮です。今回の会議の資料も彼がリサーチしまとめた物です、合わせてみてもらうとこの企画の可能性をより理解して頂けると思います。では彼からも少し補足させます」

 そう言うと椎名編集長は僕を立たせたままさっと座ってしまった。

 会議室で立っているのは羽津宮だけとなり皆の目が羽津宮に集まる。

 その目は「この男は何を言うんだろう」と言う興味で溢れていた。

「はっは羽津宮です」

 少し笑いが起こる。椎名編集長だけが少しシブい顔をした。

 舞い上がりそうになった時、ふと昨日自転車で考えていた事を思い出した「モモさんに会わなければ、あの時終わっていたんだ」そう思うと緊張はどこ変え消えてしまった。

【冷静と情熱を使い分けろ】

「羽津宮です、よろしくお願いします。補足と言う程ではないですがこの企画で大事にしたいと思う事をいくつか言わせて頂きたいと思います。

 私がデータを集めていて感じた事なのですが、急速に普及したインターネットだけに現状は刻々と変化しているように感じました、それは一年、いえ数ヶ月で人々の認識や価値観が変わる程展開の早い物だと思います。

 調査会社などが実施し集まるデータ等は最近のデータと言っても集計されるまでに時間がかかり数ヶ月遅れの物ばかりです。

 その遅れが気になり私は自ら友人らを中心にリサーチしてみました、その結果そのタイムラグが事ネットに関しては今現在のニーズとの大きなギャップとなっているように感じます。

 パソコンがある中で育った若い世代にとってデータ配信よりもむしろ手に取れる物の価値が見直されているように感じました。

 その「手に取れる物の良さ」それがこの企画の大きなテーマだと思っています。

 本は残ります、書き込む事が出来ます。人に送る事が出来ます。それこそデータ配信に無い最大の魅力だと思います。

 そう実感した私の経験なのですが、学生の時に親父がくれた本をその時は見向きもしませんでした、その本を大人になって偶然見つけて読んでみるとその時親父が自分に何を伝えたかったのか、その時やっと解って涙が出ました。そう言う事は手に取れる本でしか出来ません。

 そういう残る物の良さを伝えたいと思いこの企画を考えました。

 それと…最後にこの資料集めは販売促進部の方に協力して頂いたのですが、その時大切な事を教えて頂きました。

 それは「出版業界は出版社だけで成り立っているのではない、印刷業者や書店に支えられて出版業界がある。出版社だけの事を考えていてはダメだ。支えてくれている色々な会社の事も考えなければ出版社に未来は無いんだ」と。

 この企画はデータ配信のように我が社だけ生き延びる道ではなく、こう言った支えてくださっている各社にも良い結果に繋がると思います。どうぞ宜しくお願いいたします」

 良い終えると急に周りの景色が目に飛び込んで来た。上司達がそろって自分を凝視している。

 我に返るように「しまった生意気だった」と思った。

 ゆっくりと椎名編集長に目をやると椎名編集長まで緊張している様子でじっと反応を待っている。

 すると花谷部長がゆっくりと立ち上がった。

 他の編集長もゆっくりと立ち上がる。羽津宮は思わず下を向いて目を閉じた。

 少しの沈黙の後、大きな拍手がわき起こった。

 そのとたん椎名編集長が、らしくなく羽津宮に抱きつき、さっと肩を持って引き離すと右手を差し出した、羽津宮はその手を両手でにぎり頭を深く下げた。

「羽津宮君、実に良い企画だ。それに良いプレゼンだったよ」

「ありがとうございます」

「では話を続けましょう。今の企画は私も賛成だ。皆さんはどうでしょう。意見などあれば言って頂きたいと思うのだが」

「私も良いと思いますよ。すぐにでも取りかかれますし」

「私の方もオーケーです」

「そうか、では全員一致で賛成と言う事で良いですね、女性誌を担当している者は雑誌別の読者の年代層などの資料を作っておいてください。それと立ち上げるサイトを企画書にしておいてください」

「はい」

「それとそれ以外の皆さんはこの企画をしっかりと煮詰めて企画に当てはまる押したい書籍のリストお願いします。一ヶ月後に行う会議までに万全の準備をしておいて決定を勝ち取れたらすぐに、企画を始められる所まで準備しておきましょう」

「はい」

「では今日はこれで解散」

 会議が終わると、何人かの編集長達が羽津宮に話しかけて来た。

「君があの神崎先生を発掘したのか、この企画といい、やるじゃないか」

「ありがとうございます」

「この企画は良いよ、久々に燃えて来るね。ドカンと行こうや」

「はいありがとうございます」

「いけると思うなこれ。へたしたらもう一度小説ブーム巻き起こせるかもしれないよ」

「そうなるといいですけど」

 編集長達が会議室を出終わった頃、花谷部長がゆっくりと羽津宮のもとへやって来た。

「よかったよ、特に最後の、熱くなれましたよ。確かに辛いのは我が社だけではない、これまでお世話になって来た印刷業者、書店、共に辛い状況なんですね。忘れていましたよ。私もこの企画が上手くいけば小説ブームとまではいかなくても本の良さを今の若い人たちにしっかりと伝える事が出来ると思います。そうなればこれまでお世話になって来た各社も少しは助かるでしょう。この企画は絶対に成功させましょう。宜しく頼みましたよ」

 そう言うと花谷部長も右手を出した。羽津宮は少し躊躇しながら嬉しさを隠さず、両手でそれに答えた。

「ではまたよろしくお願いします。あっ、そうだ最後の言葉。あれは青梅部長の言葉ですか」

「はい」

「やはりそうですか。さすがですね、青梅部長。かないません。ではまた」

 花谷部長はそう言うと、気分良さそうに戻って行った。
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