ステルスセンス 

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思惑

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 それから半年程はタケルに世話になりながら、仕事を覚えて行った。タケルは気持ちよく仕事を教えてくれ、緊張も無い分しっかりと覚える事が出来た。

 学制時代なら友達にはなっていないだろうタイプではあったが、職場と言う所では付き合いやすかったのだ。

 というのもタケルは仕事が好きと言うのとは違って、お金が欲しいと言うのが正直な所のようで、出世そのものには興味は無いらしく、どちらかと言うと私生活を大切にしていた。

 そう言う良い意味で仕事に対して力の抜けた感じが、ピリピリとした編集部の中で質問等もしやすく、羽津宮には良かったのだ。

 金子チーフは椎名編集長に怒られる度に、新人である羽津宮にきつくあたったが羽津宮の心が折れる事はなかった、それは作戦が上手くいている事を表していたからだ。

 それはこの半年の間に、まいて来た布石とも言えるものだった。

 毎週のようにモモさんに報告に行っては、細かく指示を受け、狙い通りの展開になるように自分の置かれている位置を修正して来た結果の、このポジションなのだ。

「おい、羽津宮例の原稿どうなってんだ。先生の方に急ぐようにちゃんと伝えてあるんだろうな。編集長に何て報告させるつもりだ。もう一度催促してみろ。間に合わなかったらお前の責任だぞ」

「あっ金子チーフ。はい、すみません。もう一度連絡してみます。結果の方は僕から椎名編集長に報告しておきます、すみませんでした」

「たのむぞ、しっかりしろよ、まったく・・・」

 金子はそう言うと、肩の荷が降りたかのような表情で消えて行った。

「マジむかつきません。金子。あいつ自分が椎名編集長に怒られるのが嫌なんっスよ、だから絶対ハックにやらせてるっしょ。責任の擦り付けっすよ。あの先生原稿遅れるのいつもの事なんスから」

「うん、わかってるよ。良いんだ。まだ他の仕事ができる訳でもないし、下っ端だからね」

 羽津宮はそう言ってタケルを納得させたが、実の所そんな細かい所もモモさんの法則によるものだった。

【先輩の嫌がる仕事をやれ】

「じゃぁ、先生に電話しておくよ」

「うっス、頑張って下さい、板挟みで最悪っすね、絶対用も無いのに呼ばれますよ」

 情けない顔でタケルに笑いかけると、携帯で先生の所へ電話をかけた。
 テゥルルルルルルル・・・・・

「あっ先生、羽津宮です」

「あぁ、まだだぞ」

電話に出るなり断られる、この時期の電話と言ったら催促しかないのだろう。

「そんな先生、お願いしますよ」

「そんな事を言っても出来んもんは出来ん、お前も催促してる暇があったら、肩でももみに来い」

「すいません、今日は新人の作家さんと打ち合わせが入ってるんですよ。明日伺います」

「来ないなら、仕上げてやらんぞ」

「まいったな、じゃあ終わったらすぐ向かいますから仕上げておいて下さいよ」

「あぁ、早く来いよ」

「はい、では失礼します」

 プッチッ
 羽津宮は先生の所に電話をかけ終えると、椎名編集長の所へ報告に言った。

【上司への報告は進んでやれ】

「椎名編集長、例の原稿なんですが、また締め切りギリギリになりそうです、申し訳ございません」

「またか、しっかりやってくれよ。締め切りと言っても、めいいっぱい遅らせての期日なんだぞ、本来なら明日が締め切りだったんだ」

「ではなんとか明日仕上がるように催促してみます」

「やり遂げてから言え。口だけで仕事が勤まると思わないでくれよ。それに期日に間に合うように作家の管理をする事など、出来て当然の仕事だろ」

「はい、申し訳ございません」

「頭を下げてる暇があったら、解決策を探したまえ」

 椎名編集長の心を切り裂くような説教が続く、大抵の人間はこれで胃の痛みを感じる程やられてしまうのだ。しかし羽津宮はそれで終わらなかった。モモさんに言われた通り、この説教に負けず必ず一歩踏み込んで終わる事を心掛けていたのだ。それはボクサーが相手のパンチに合わせて打ち込むカウンターのようなものだった。

【上司に怒られても、最後は必ず自分のペースで終われ】

「はい、失礼します。あっ編集長」

「なんだね」

「最近あの先生の扱い方わかって来たんですよ、次回からは期日ぴったりで原稿持って来て見せますよ」

「でかい口叩くな。行って来い」

「はい、失礼します」

 羽津宮は半年の間このパターンで自分のキャラクターを構築していた。

 モモさんの法則「ステルスセンス」を実行し始めて1年半。羽津宮は自分なりにそのシステムをこう解釈していた。

「他人を通して自分自身を構築する」つまり、周りの人間の中に自分の思い通りのイメージを植え付けて行き、その人間の指示によって狙っていたポジションに付くと言う事。

 法則の根底に在るその方法論は、おそらく間違いでは無いだろうと確信していたが、それにしてもここまで思い通りに行くものだろうかとつくづく不思議に感じていた。

 この半年実行して来たこの3つの法則も、狙い通りの効果が出て来ていたのだ。

 編集部の人間関係がある程度見えて来た頃、モモさんが立てた計画はこうだった。

「まずその、チーフの金子って奴は、かなり気が小さいんだろう、椎名編集長にかなり参ってると思うぞ。ストレスも限界に近いだろうよ。なるべく話したがらない所を見るとまず間違い無い。良い状況だな、いいか。しばらくこの3つの法則を実行しろ」

【先輩の嫌がる仕事をやれ】

「これはな上司との接触の多い仕事か、プレッシャーのかかる仕事って事だ。とは言っても他人にくれてやる仕事だ。それ程オイシイ仕事じゃねぇが、そこが狙いめなんだ。オイシくも無い嫌な仕事を『こんなものがチャンスに繋がるはずが無い』そう思って一度でも他人に任せてしまうと、気持ちに逃げるクセがついちまう『こんな事は評価に関係無い』そう思い込んで、いつの間にか任せっきりになっちまうんだ。

 それがどう言う事かわかるか。部下が自分を飛び越えて上司と関係を深める切っ掛けになるって事だ。それを進んでやろうとすると気付かれちまうが、嫌な事をやらせても文句も言えない弱い奴と思わせてればどんどん押し付けて来るだろうな」

【上司への報告は進んでやれ】

「これは勿論自分という人間を上司に印象付けるためだ。どんな事でも良いが報告すべき事は進んでやれ。大体の人間は上司への報告を緊張する事と嫌う。

 だが仕事の出来不出来より大切な事だぞ。強い人間なんてそうは居ない、上司だってそうだ。部下のミスが総て自分の責任となる、そう思うと、勝手に知らない所で動かれる事程、自分を不安にする事は無いんだ。

 どんなに仕事が出来る奴でも、一生ミスなく仕事をやり続けるなんて事はあり得ない、そんな奴には『いつか、やらかす』と不安に思うもんだ。

 しかしな、多少のミスがあってもこまめに報告して来る奴は逆に安心出来るんだ。何かあっても早い段階で自分がフォロー出来るとな。そうなると大事な仕事を任せる時どっちを選ぶ。勿論『安心出来る人間』だ、わかるな」

【上司に怒られても、最後は必ず自分のペースで終われ】

「これは上司に対する苦手意識を作らない為の法則だ。友達でも、恋人でもそうだが、喧嘩したまま別れると、次回会う時気まずかったりするだろ。それと一緒だな。可愛く言っちまえば『仲直りして別れろ』って事だ。そうする事で次ぎの報告にも行きやすくなる。
 
 勿論相手にとってもそうだぞ、怒った後に普通のテンションで話ずらいだろ。怒っても後を引かない相手ってのは頼みやすいもんだ。

 その3つの法則は見事に適中していたのだ。

 チーフの金子は日常的な仕事で、椎名編集長に報告の必要のある細かい仕事を統べて、羽津宮に押し付けていたのだ。

 その成果として、椎名編集長との距離を縮める事に成功していた。

 入社して2年の経験があった為、当然順応も早く、移動後半年ではあったが、そこそこ仕事を任されても安心してもらえる位になれたのだろう。椎名も金子チーフを通さず何かと羽津宮に指示を出していたのだ。

 雑用のような仕事ばかりだった事もあって、金子チーフもそれ程気にする様子も無く、面倒な事で椎名に怒られる事も減って喜んでいるような様子であった。

 そんな考え事に少しの時間を取られて、ふと時計に目をやると、約束の時間が近付いていた。

 羽津宮は先生の所へ原稿を取りに行く前に1人の新人作家と会う約束をしていたのだ。

 とは言っても、まだ作家志望の青年で、羽津宮が応募作品の山の中から見つけた、まだ原石と呼べるかどうかもわからない人間だった。

 この半年に応募された作品を読みあさって来てやっと「これは」と思える作品に出会えたのだ。その作品はネットを舞台にした大都市のパニックもので、もし有名な作家の先生が書いた物であれば話題になるだろうと思える程斬新で面白かったが、新人のデビュー作として、モモさんの言った通り『誰もがこの作品に興味を引かれる』かと言った所で悩んでいた。

 羽津宮はこれから会うその人物に、作品を後押しするようなインパクトが在る事を祈りながら約束の場所へ向かった。
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