4 / 40
ファーストステージ
集い
しおりを挟む翌日から本格的に社内での仕事が始まった。
昨日仲良くなった先輩達も仕事となると忙しさもあって素っ気無く、昨日のように親しくとは行かない。
仕事の厳しさを改めて痛感する。新人達は各々先輩に付いて社内の説明を受けたり、雑用等をしながら販促部の仕事の説明を受けたりしていた。
皆がバタバタと社内を行ったり来たりしている。
羽津宮は先輩が資料をデスクに忘れて来たので少し待たされる事になりホッと少し息を抜いた。
緊張から解かれたら急に同期のメンバーの様子が気になって社内を見渡してみた。
宮下は少し緊張しながらも先輩の教えに対して大きな声で返事をし部屋中に声を響かせている。
泉山は冷静を装いながらも必死でメモをとっている。ところどころで先輩に質問しているようだが「そんな事は今は良いから」と言われ「申し訳ありません」としきりに言っていて、昨日の印象よりは少し可愛く見えた。
寺田陣は販売店の話や、手伝いに来た出版者の人間の話で先輩達から笑いをとってもうすっかり馴染んでいるようだ。
「さすがだな陣君、もうすっかり馴染んでるし。緊張しないって事も一つの才能だな・・・」
そう感心していると「わるい、わるい、行こうか、こっちだよ」と先輩が小走りに戻って来て急ぐように声をかけて来た。
「あっはい、次は何処に行くんですか」羽津宮は陣に触発されて明るく答えて付いて行った。
移動の途中、廊下で堀越が話し掛けて来た。羽津宮は先輩に怒られやしないかと焦ったが堀越は気にする様子も無い。
「羽津宮君、昨日はお疲れ様、昨日たくさん話した先輩達だけど、職場だと緊張しちゃうね」
「そうだね、やっぱりバイトとは違うんだな、だけど頑張ろうよ」
「うん、がんばろう、宮下君と泉山さんに負けたくないもんね」
小さな声で強気な事を言う堀越に羽津宮は思わず笑ってしまった。
「やる気があるんだか無いんだかわかんないなあの子は・・」
昼過ぎに部長に呼ばれ新人が集められた、これからの仕事の説明のためだ。
「昨日はお疲れ様、初仕事にしては上出来だったよ。さてこれからが本当の仕事だ。君達が1年間、主に取り組んでも仕事なんだがな。仕事の内容は取引先である書店に出向いて新刊のピーアールイベントを手伝ってもらう。寺田君は書店で働いていたから知ってるとは思うが各ショップの店頭にブースと言うかワゴンだな、を設置して新刊のピーアールを行うんだ。作家の先生とグローバル出版の社員で作り上げた作品を一番先頭に立って読者に紹介するんだ。販促部の仕事は総てこの仕事の上に積上げて行く物だと言って良い重要な仕事だぞ。気持ちを入れてしっかり身につけてくるように。頼んだよ」
「はい、頑張って来ます色々と御指導下さい」
うるさいくらいの声で返事する宮下、その声に他の4人の声はかき消された。
宮下がそこまでして気に入られたがっている理由は社内での部長の立場にあるようだ。
販促部の山根部長は入社して30数年の大ベテランで十数年前に会社が傾いた時、なにやら活躍したとかで役員達からの信頼も熱く、社内でもいくつかの役職を兼任している。
編集部のほうにも席を持っている事もあり宮下からすると気に入られる事が編集部へ移動の近道に思えているのだろう。
羽津宮からするとそんなにあからさまに気に入られたいですって態度をとって気に入る人間が居るようには思えず、その事についてむきになって批判する事もないだろうと思っていた。与えられた仕事をどうすれば会社にとってさらに有益になるかを考え、しっかりと結果を出して行く事が一番の道だと考えているからである。羽津宮はその気持ちを込めるように部長に一礼しその場を離れた。
慌ただしい1日はあっという間に過ぎた。仕事が終わって一息つくと、陣と堀越が話し掛けて来た。
「一緒に御飯でも食べようよ」
親しく話せる同僚が居る事で入社したての緊張が和らぎ羽津宮は嬉しく感じていた。
まだ通いなれない会社近くの駅周辺で良さそうな店をさがしてうろうろする。この辺りはオフィス街と言う事もあり、会社員をターゲットにしたような飲食店や居酒屋等がひしめき合っていたが、羽津宮はどれもいまいちに感じて入る気がしなかった。他の二人も同じような感じで店をさがしてきょろきょろしている。そう言ったところも気の合そうな気がして羽津宮は嬉しく思っていた。
「ココなんかどうだろうね」
陣が見つけたのは小さな看板だった。
「芋粥屋」
「何ここ、芋粥屋ってことは芋粥だけなんでしょ、なんでやねん」
羽津宮は陣が関西人なのでボケているのかと思って精一杯突っ込んだ。
「あほ、ちゃうって、ビルの名前見てみ。羽津宮は洞察力が無いんやの、がっかりやわ」
「あっ、芥川ビル、で店の名前が芋粥屋って事は小説好きな人がやってるんじゃ無い」
羽津宮より先に堀越が答えた。堀越は得意気な表情で腕を組んで大袈裟に羽津宮を見下したふりをしている。羽津宮は思わず堀越のおでこをペンと軽くはたいた。
「あたた、でも良さそうじゃ無い、ここにしようよ」
堀越はおでこをさすりながら、もうこのお店に興味津々といったようすだ。足はすでにエレベータに向かっている。
「そうだね、なんだか、僕らにぴったりっぽいよね」
「上手いかどうかはまだ分からんけどな、っていうか食いもんあんのかも分からんけど・・」
「いいじゃない、行ってみましょうよ」
3人はエレベータに乗って最上階へ向かった、古い小さなそのビルのエレベーターは今にも止まりそうな雰囲気で、動いている間3人は何も話さなかった。
エレベーターが止まり扉が開くとそこはもう店内で、カウンター越しに男が一人立っているのが見える。
店内は狭く、木の床に木のテーブル、まるで古い家屋の屋根裏のような雰囲気で、奥の扉の向こうにはテラスのような席がある。貯水タンクがその奥に見えるのでここが屋上のスペースを利用した物だとすぐにわかった。
店の男は静かに「気に入って頂けたなら、お好きな席へどうぞ」と言った。
堀越の顔を見ると気に入っているのがすぐわかった。お好きな席へと言われても店内には2つのテーブルとカウンターしか無い、堀越は即座にテラス前の席に座ったので羽津宮と陣は手前の席に座った。
「ちょっと待て、何なのよこのあつかいは・・いきなり私こんなキャラなの」
そう言って堀越が二人の居る席に付く。堀越はもうすっかり2人にからかわれ可愛がられるキャラになっていた。
店の男がお水とおしぼりと小さなグラスにカンパリソーダを持って来てこう言った。
「初めてのお客さまですね、私はオーナーの阿久津(アクツ)と申します。もし次回お越しになるなら1時間ほど前に何が食べたいかお電話下さいますようお願い致します。何でもお作りしてお待ちしておりますので。急に御来店された時はお出し出来る物も限られてしまいますが宜しいですか」
「そうなんや、変わってんな・・・そうやな、今日は何が出来ます」
「本日は鯛のコースを御用意しております、鯛のお澄ましと鯛飯、鯛のお造り、煮つけもございます。それとビーフシチューとオムライス、パスタを数種類、サラダやおつまみのような物は常時用意しておりますのでお申し付け下さい」
「全然十分やないか。それだけあるんやったら電話せんでええんちゃうん。でっ芋粥はないんや・・けったいやな」
「じゃあ僕は鯛のコースお願いします」
「私も」
「じゃあオレもそれにするわ」
なんだか変わった店だが3人とも気に入ったようだ。店内を見渡すと芥川龍之介の小説が置いてあったり写真が飾られていたりやはり彼のファンなのだろうと言う事が分かる。
利益重視と言った雰囲気でもないのでおそらくビルのオーナーが半分趣味のような感じで常連客を相手に楽しみながらやっているのだろうと、かってに思い込んだ。先に飲み物と簡単なおつまみが出て、そこから料理が出るのに20分程かかったが3人にとってはそれが逆にリラックス出来て良かった。
「わぁ美味しそう、本当に手作りなんだね。」
出て来た料理はどれも本当に手作りの物ばかりで、それだけでチェーン店の多い最近の都会の飲食店では珍しく、リッチな気分になれる。
「なんやここ、めっちゃ旨いやん。オレもうここだけでええわ」
「ほんとだね、わざわざ他を探す気になれないよね」
小説に囲まれて居る事もあって3人にとっては心から落ち着ける空気のようだ。それで料理も美味しいのだからとても他の店をさがす気にはなれず、事あるごとに3人でこの店を訪れる事になる。
「今日はお疲れ様、やっぱり慣れない職場って気疲れするよね、陣君はそうでもないようだったけど」
「何言うてんねんな。オレかて気疲れくらいするんやで」
「うそよ、全然そんなふうに見えなかったわよ」
「いやいやほんまやて。それにしても宮下と泉山はどんくさいな、笑ってまうわ。宮下なんか声でかいだけやし」
「でも2人とも出世目指してますってオーラが出てて私に対する視線が恐いよ。もうすっかり同期はライバルって感じだもん」
「うん、負けたくないよね。どうせ仕事頑張るなら上目指してやろうよ」
「そうやな。よっし負けんように頑張ろうや」
3人は出世を目指して頑張ろうとお互いを励ましあった。それから半年程は各々与えられた仕事を必死でこなす毎日が過ぎ、飲みに行く暇もなくメール等で各々励ましあう日々が続いた。
半年が過ぎた頃、みんな与えられた仕事もそれなりに覚え、必死と言う感じも少し抜けて落ち着いて仕事が出来るようになって来た。
羽津宮はその性格通りミスもなく各店舗でのピーアールも上手くなり、安定した効果を上げていた。これまで色々なアルバイトで培った経験を活かし要領よくこなしていたので店舗のアルバイトの手を借りる事も少なく、店舗からの評価はだんとつに高かった。
宮下はミスも多かったがその分残業等で挽回しつつ、その度に部長に相談に行く等して部長との関係を深め、すっかり部長のお気に入りのポストを手にしていた。その様子もあからさまで同期だけでなく先輩達にもうとがられていたが気にする様子も見せなかった。
泉山は「売り上げだけに執着し過ぎる、今はどんな本でも上手く紹介する術を身に付けなさい」などと先輩から怒られる事が度々あったが、上司に注意される事が無いので特に気にする様子も無く売れる本に兎に角力を入れて売りまくっていた。人使いが荒いとか出向いた店のアルバイトからの評判もあまり良くはなかったが売れれば良いんだと言う信念を曲げる事はなかった。
寺田陣は相変わらずポップ作りの上手さが目立ち店舗に出向くより社内で全店舗分のポップ作りをやらされる事が多くなっていた。またその独特な切り口で小説を紹介する文章が面白がられ、グローバル出版から発行している月刊誌に小説紹介のコラムをかかないかと言う話まで出ていた。
堀越は仕事の面で他のメンバーより目立って良いと言った評価はされていなかったが、行く先々の書店で彼女の明るいキャラが気に入られ、また彼女が行く事により店舗のアルバイト達も明るくなって雰囲気が良くなり売上が上がる等、彼女の人柄に対する評価が高く、彼女指名で来てくれと言われる事も少なくなかった。
そんなふうに半年で各々の性格にそうような評価を受けていたが、誰かが抜きに出ると言った事はまだ起きていなかった。しかしここから半年の間に羽津宮に退職を決意させるような事が起こって行くのである。
その始まりは羽津宮にとってとても納得の行く物ではなかった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
白い男1人、人間4人、ギタリスト5人
正君
ミステリー
20人くらいの男と女と人間が出てきます
女性向けってのに設定してるけど偏見無く読んでくれたら嬉しく思う。
小説家になろう、カクヨム、ギャレリアでも投稿しています。
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる