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『月明かり』VS……
不可解な指名依頼
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ナーゴの街と王都を繋ぐ街道。
ナーゴ側の街道の入り口から、大草原とは反対に向かって進むと、鬱蒼とした森が現れる。
ここへは、駆け出しの冒険者が依頼を受けてやって来る。
薬草や薬木、木の実や果実の採取。食用される鳥獣類の狩り。
難易度が低い依頼は、駆け出し冒険者にとっては、生活する上で、無くてはならないものであった。
この森には、強いモンスターは生息していない。マンマルネズミやロングテールモモンガなど、小型モンスターは存在するが、人に対しての攻撃性が無いので、危険度は低い。
しかし現在、アマタとルルはその森に居る。
ボアヘッドが出現したのだ。
ボアヘッドとは、人型モンスターの1種で、巨大な体躯に猪の頭を持つ。
並外れた膂力で振り回す棍棒は、簡単に人間の頭を吹き飛ばす。
遠目でボアヘッドを確認した冒険者は、慌てて街に引き返し、ギルドに報告した。
本来その場所に生息するはずのない危険モンスターの出現に、ギルドは王都のギルド本部と魔導通信機で連絡を取り、緊急会議を行った。
その結果として、『月明かり』、に、王都ギルドからの指名討伐依頼が入ったのである。
この件に関して、アマタは幾つかの疑念を抱いていた。
この程度の依頼であれば、ナーゴの街のギルドの、単独の判断で下せるはずである。
確かに、ボアヘッドは危険種である。
しかし、それは、武力を持たない一般市民や、初級冒険者、または火力の弱いソロ冒険者、を基準としたものだ。
ナーゴの街の冒険者にも、腕利きは多い。
その冒険者たちで、討伐部隊を組んでしまえば良いのだ。それだけで討伐難易度は大幅に下がる。
ゴウムを軸とした、ゴウム団が出動すれば、はっきり言って容易く達成するだろう。
そして、その方が、ギルド自体が支払う報酬は少なくて済むのだ。
本部も支部も関係無く、同じギルド組織。金庫は同じなのだ。
支部単位で終わらせられるものに、わざわざ王都から、高額な報酬を出す意味は無い。
何故、『月明かり』、で無ければならなかったのか、とアマタは考える。
まず1つ。
本来の生息地でない場所に発生したボアヘッド。その発生した理由がギルド側には分かっていて、既存の冒険者では太刀打ち出来ないと判断した。
そしてもう1つ。
『月明かり』、をそこに行かせる事で、プラスになる存在が居る、と言う事。
『月明かり』、の、壊滅を望むもの。
『月明かり』、の名が上がる事を望むもの。
どちらのパターンも考えられた。
いずれにせよ、例えこれらの仮説が間違っていたとしても、この指名依頼の件の裏には、何かしらの思惑が絡んでいるのは間違い無い。
そうアマタは確信していた。
「ニャァ!」
アマタの肩の上に座り、黒い子猫が鳴き声を上げる。
「クロちゃん、すっかりその場所がお気に入りだね!」
ルルは、アマタと肩の上の子猫を見て、ニコニコしている。
アマタの肩の上の子猫。
そう、クロである。
あの日、アマタとルルの家に迎えられて以降、2人の冒険者活動に、クロはくっついて来た。
何度アマタに抱きかかえられ、家に帰されても、不思議な事に、気付けば2人の後ろにいるのだ。
家に帰す事を諦めたアマタに、危なくなったら隠れる事、と言われたクロは、尻尾をピンっ、と立てて、アマタの足元に近寄った。
そして、体を子猫サイズまで小さくすると、ピョンっ、と軽やかに跳び上がり、アマタの肩に乗った。
それ以来、アマタの肩の上は、移動時におけるクロの指定席となったのだ。
2人が心配していたような事は、クロには起こらなかった。
想像より遥かに、クロの戦闘能力は高かったのである。
最早、アマタとルルは、クロの事を猫だとは思っていない。
クロと言う名の生き物、言い表すには、それがピッタリだと思っている。
「ニャァっ!」
クロは短く声を上げると、アマタの肩から飛び降りる。
大型犬ほどのサイズに体を巨大化させたクロは、森の方に向かい、咆哮を上げる。
一斉に、森から鳥たちが飛び上がる。
初めて、普段の愛嬌ある声からは想像出来ない、重く低い声を聞いた時には、アマタもルルも驚いた。
このクロの咆哮で、弱いモンスターは大抵逃げて行く。
それでも寄って来るものは、本当に危険度の高いモンスターか、己が強者であると思っている、知能の低いモンスター、である。
「ブォォォ!!」
クロの咆哮にあてられ、1匹のボアヘッドが森の中から現れる。
キョロキョロと周りを伺うボアヘッドは、クロの姿に気付くと、再び大声を上げ、クロを目がけて駆け始めた。
ドスっ、ドスっ、と音を立てながら走るボアヘッドが、棍棒を振り上げる。
「ブォォァ!!」
目の前に迫るボアヘッド。クロは大きく口を開けると、口の中に発生させた黒い球体を、ボアヘッドに向かって放つ。
黒い球体は、ボアヘッドの右手に直撃し、振り下ろしかけた棍棒は、ピタッ、と静止する。
「ブ、ブォ??」
突然動かなくなった自分の腕に戸惑うボアヘッド。
クロは時間系の付与魔法を使う。
相手の動きを止める事も、遅くする事も出来る。
反対に、仲間の素早さを上げる事も可能である。
時空神クロノスにあやかり、ルルは、クロノス(略してクロ)と名付けた。
初めてクロの魔法を見た時のルルは、自分の名付けは正しかったと、跳び上がって喜んでいた。
クロは、止められた腕を無理矢理動かそうと力むボアヘッドに飛びかかると、鋭く伸ばした爪で、喉元を切り裂く。
ボアヘッドは、首から大量の血を噴き出しながら、ズシャッ、と地面に崩れ落ちた。
クロが仕留めたボアヘッドが、最初に大声を上げた頃。
その声に反応したボアヘッドたちが、森の中から現れる。
(……6匹。)
数を視認したアマタが、チラッ、と横を見ると、ルルは既に赤杖を振り上げ、魔法を発動させていた。
(さすが。)
ふっ、と笑うと、アマタもボアヘッドに向かって走り出す。
ルルの放つ、切断風魔法が、ボアヘッドに当たり、ゴロン、と首が転がり落ちる。
仲間をやられ逆上したボアヘッドが、唸り声を上げながら、ルルに向かって駆けて来る。
(颶風魔法)
ボアヘッドの周りに風の渦が発生する。その渦は大きく広がると、後を追って来たボアヘッドも巻き込み、段々と回転速度を上げていく。
バランスを取れなくなったボアヘッドがよろけ、もう1匹にぶつかる。
踏ん張って耐えていたもう1匹も、そのままバランスを崩し、2匹は共に風の渦に巻き込まれていく。
上空高く舞い上げられた2匹は、空中でバタバタと手を動かすが、その甲斐無く、そのまま落下し、グシャッ、と地面に叩きつけられた。
アマタが放った水魔法が、ボアヘッドの顔面にへばり付く。
呼吸が出来なくなり、もがくボアヘッドの横をすり抜けたアマタは飛び上がる。
両手を握り合わせ、振り上げると、そのまま隣に居たボアヘッドの脳天に振り落とす。
ダブルスレッジハンマー。
アマタは昔見たプロレスを思い出す。
ボアヘッドの首は、アマタの振り下ろした両拳の重さに耐えられなかった。
少し頭部がへこんだボアヘッドの顔が、鼻の下辺りまでを体にめり込む。
(あと1匹……あ……)
最後の1匹に向けて、思い切り振りかぶった状態で、アマタの動きが止まった。
目の前に居た最後のボアヘッドは、抉り取られた脇腹を抑えながら、ドサッ、と前方に倒れ、そのまま動かなくなる。
その横には、澄ました顔でアマタを見つめるクロが居た。
(やっぱすげえな、こいつ。)
アマタは、振りかぶったままの自分の拳に気付き、そっと元に戻す。
「お疲れ、クロ。」
「ニャア。」
アマタの労いの声に答えると、クロは体を元通りの大きさに戻した。
ナーゴ側の街道の入り口から、大草原とは反対に向かって進むと、鬱蒼とした森が現れる。
ここへは、駆け出しの冒険者が依頼を受けてやって来る。
薬草や薬木、木の実や果実の採取。食用される鳥獣類の狩り。
難易度が低い依頼は、駆け出し冒険者にとっては、生活する上で、無くてはならないものであった。
この森には、強いモンスターは生息していない。マンマルネズミやロングテールモモンガなど、小型モンスターは存在するが、人に対しての攻撃性が無いので、危険度は低い。
しかし現在、アマタとルルはその森に居る。
ボアヘッドが出現したのだ。
ボアヘッドとは、人型モンスターの1種で、巨大な体躯に猪の頭を持つ。
並外れた膂力で振り回す棍棒は、簡単に人間の頭を吹き飛ばす。
遠目でボアヘッドを確認した冒険者は、慌てて街に引き返し、ギルドに報告した。
本来その場所に生息するはずのない危険モンスターの出現に、ギルドは王都のギルド本部と魔導通信機で連絡を取り、緊急会議を行った。
その結果として、『月明かり』、に、王都ギルドからの指名討伐依頼が入ったのである。
この件に関して、アマタは幾つかの疑念を抱いていた。
この程度の依頼であれば、ナーゴの街のギルドの、単独の判断で下せるはずである。
確かに、ボアヘッドは危険種である。
しかし、それは、武力を持たない一般市民や、初級冒険者、または火力の弱いソロ冒険者、を基準としたものだ。
ナーゴの街の冒険者にも、腕利きは多い。
その冒険者たちで、討伐部隊を組んでしまえば良いのだ。それだけで討伐難易度は大幅に下がる。
ゴウムを軸とした、ゴウム団が出動すれば、はっきり言って容易く達成するだろう。
そして、その方が、ギルド自体が支払う報酬は少なくて済むのだ。
本部も支部も関係無く、同じギルド組織。金庫は同じなのだ。
支部単位で終わらせられるものに、わざわざ王都から、高額な報酬を出す意味は無い。
何故、『月明かり』、で無ければならなかったのか、とアマタは考える。
まず1つ。
本来の生息地でない場所に発生したボアヘッド。その発生した理由がギルド側には分かっていて、既存の冒険者では太刀打ち出来ないと判断した。
そしてもう1つ。
『月明かり』、をそこに行かせる事で、プラスになる存在が居る、と言う事。
『月明かり』、の、壊滅を望むもの。
『月明かり』、の名が上がる事を望むもの。
どちらのパターンも考えられた。
いずれにせよ、例えこれらの仮説が間違っていたとしても、この指名依頼の件の裏には、何かしらの思惑が絡んでいるのは間違い無い。
そうアマタは確信していた。
「ニャァ!」
アマタの肩の上に座り、黒い子猫が鳴き声を上げる。
「クロちゃん、すっかりその場所がお気に入りだね!」
ルルは、アマタと肩の上の子猫を見て、ニコニコしている。
アマタの肩の上の子猫。
そう、クロである。
あの日、アマタとルルの家に迎えられて以降、2人の冒険者活動に、クロはくっついて来た。
何度アマタに抱きかかえられ、家に帰されても、不思議な事に、気付けば2人の後ろにいるのだ。
家に帰す事を諦めたアマタに、危なくなったら隠れる事、と言われたクロは、尻尾をピンっ、と立てて、アマタの足元に近寄った。
そして、体を子猫サイズまで小さくすると、ピョンっ、と軽やかに跳び上がり、アマタの肩に乗った。
それ以来、アマタの肩の上は、移動時におけるクロの指定席となったのだ。
2人が心配していたような事は、クロには起こらなかった。
想像より遥かに、クロの戦闘能力は高かったのである。
最早、アマタとルルは、クロの事を猫だとは思っていない。
クロと言う名の生き物、言い表すには、それがピッタリだと思っている。
「ニャァっ!」
クロは短く声を上げると、アマタの肩から飛び降りる。
大型犬ほどのサイズに体を巨大化させたクロは、森の方に向かい、咆哮を上げる。
一斉に、森から鳥たちが飛び上がる。
初めて、普段の愛嬌ある声からは想像出来ない、重く低い声を聞いた時には、アマタもルルも驚いた。
このクロの咆哮で、弱いモンスターは大抵逃げて行く。
それでも寄って来るものは、本当に危険度の高いモンスターか、己が強者であると思っている、知能の低いモンスター、である。
「ブォォォ!!」
クロの咆哮にあてられ、1匹のボアヘッドが森の中から現れる。
キョロキョロと周りを伺うボアヘッドは、クロの姿に気付くと、再び大声を上げ、クロを目がけて駆け始めた。
ドスっ、ドスっ、と音を立てながら走るボアヘッドが、棍棒を振り上げる。
「ブォォァ!!」
目の前に迫るボアヘッド。クロは大きく口を開けると、口の中に発生させた黒い球体を、ボアヘッドに向かって放つ。
黒い球体は、ボアヘッドの右手に直撃し、振り下ろしかけた棍棒は、ピタッ、と静止する。
「ブ、ブォ??」
突然動かなくなった自分の腕に戸惑うボアヘッド。
クロは時間系の付与魔法を使う。
相手の動きを止める事も、遅くする事も出来る。
反対に、仲間の素早さを上げる事も可能である。
時空神クロノスにあやかり、ルルは、クロノス(略してクロ)と名付けた。
初めてクロの魔法を見た時のルルは、自分の名付けは正しかったと、跳び上がって喜んでいた。
クロは、止められた腕を無理矢理動かそうと力むボアヘッドに飛びかかると、鋭く伸ばした爪で、喉元を切り裂く。
ボアヘッドは、首から大量の血を噴き出しながら、ズシャッ、と地面に崩れ落ちた。
クロが仕留めたボアヘッドが、最初に大声を上げた頃。
その声に反応したボアヘッドたちが、森の中から現れる。
(……6匹。)
数を視認したアマタが、チラッ、と横を見ると、ルルは既に赤杖を振り上げ、魔法を発動させていた。
(さすが。)
ふっ、と笑うと、アマタもボアヘッドに向かって走り出す。
ルルの放つ、切断風魔法が、ボアヘッドに当たり、ゴロン、と首が転がり落ちる。
仲間をやられ逆上したボアヘッドが、唸り声を上げながら、ルルに向かって駆けて来る。
(颶風魔法)
ボアヘッドの周りに風の渦が発生する。その渦は大きく広がると、後を追って来たボアヘッドも巻き込み、段々と回転速度を上げていく。
バランスを取れなくなったボアヘッドがよろけ、もう1匹にぶつかる。
踏ん張って耐えていたもう1匹も、そのままバランスを崩し、2匹は共に風の渦に巻き込まれていく。
上空高く舞い上げられた2匹は、空中でバタバタと手を動かすが、その甲斐無く、そのまま落下し、グシャッ、と地面に叩きつけられた。
アマタが放った水魔法が、ボアヘッドの顔面にへばり付く。
呼吸が出来なくなり、もがくボアヘッドの横をすり抜けたアマタは飛び上がる。
両手を握り合わせ、振り上げると、そのまま隣に居たボアヘッドの脳天に振り落とす。
ダブルスレッジハンマー。
アマタは昔見たプロレスを思い出す。
ボアヘッドの首は、アマタの振り下ろした両拳の重さに耐えられなかった。
少し頭部がへこんだボアヘッドの顔が、鼻の下辺りまでを体にめり込む。
(あと1匹……あ……)
最後の1匹に向けて、思い切り振りかぶった状態で、アマタの動きが止まった。
目の前に居た最後のボアヘッドは、抉り取られた脇腹を抑えながら、ドサッ、と前方に倒れ、そのまま動かなくなる。
その横には、澄ました顔でアマタを見つめるクロが居た。
(やっぱすげえな、こいつ。)
アマタは、振りかぶったままの自分の拳に気付き、そっと元に戻す。
「お疲れ、クロ。」
「ニャア。」
アマタの労いの声に答えると、クロは体を元通りの大きさに戻した。
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