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冒険者生活

月明かり

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 「月明かりだ。」

 男は首から下げたネックレス取り出し、村人に見せる。三日月を型取ったペンダントトップ。村人は安堵の表情を見せる。

 体にフィットするようにアレンジされた変形型の白い法衣。その上に羽織った、足首まである、薄手の黒いローブを靡かせ、男は駆け出す。

 男は、少し離れた所で、赤い魔法杖を構えた少女に目配せする。
 コクリと頷いた少女が赤杖を振り上げ、発現させた小さな火が、静かに、少女の前方へと飛んで行く。
 小さかった火は、瞬く間に大きな炎となり、広がり、ゴブリンと言う人型のモンスターの群れを、轟音を立てて焼き尽くした。

 倒れた村人に駆け寄った男は、傷を確認するやいなや、白い光を灯した右手をかざす。
 その白い光は村人をポワッと包み込み、血の滲んだ傷口を塞いでいく。
 
 後ろから棍棒を振り回して襲ってくるゴブリンの側頭部に、男の裏拳がめり込む。
 グジャッ、と言う音と共に、頭部を吹き飛ばされ、首から下だけになったゴブリンが崩れ落ちる。

 男は周りを確認すると、再び駆け始めた。   
そして、襲いかかるゴブリンを駆逐しながら、次々と村人の傷を治していった。


「本当に、本当にありがとうございます……」

 ゴブリンを殲滅した後、2人は村人たちに囲まれていた。

 村の長老はプルプルと体を震わせ、男の手を握ると、何度も何度も頭を下げた。

「良いって良いって。だからさ、頭上げてくれよ。な? じいちゃん。」

 涙を流しながら、自分の手を握って離さない長老に、男は困惑しつつ、少し恥ずかしくもあった。

「ふふっ。アマタくん照れてる。」

 大きなつばのとんがり帽子を頭に乗せ、ダボっとした超オーバーサイズの、膝上丈の魔導ローブに身を包んだ赤杖の少女。
 少女はニコニコしながら、アマタと呼んだ男を見ている。

「る、ルル!」

 アマタは、心の内を言い当てられた事で、顔を真っ赤にしている。
 そんなアマタを、ルルと呼ばれた魔法使いの少女は、かわいいなぁ、と思っている。

「まさかこんな小さな村に、月明かりが来てくれるとは……」
 
 1人の村人が、しみじみと口にする。

『月明かり』

 アマタとルルのパーティ名。

 初めてパーティを組んだ日に、見上げた月の明かりが印象的であったアマタは、迷う事なく、この名前を提案した。

 夜道を歩く人々の足元を、ただただ優しく照らす月の明かり。自分たちもそう在ろう。
 そんな意味合いも含むこの名前に、ルルはひとつ返事で賛同した。

 通常、パーティ名と言えば、

銀翼の〇〇、漆黒の〇〇、〇〇の牙など、少し仰々しい名前を付ける事が多い。それも悪くないとは思うが、アマタはそれよりも少し大人しい感じの、冒険者らしからぬ名前を付けたい、とも考えていた。

 月明かりは、多くの冒険者が敬遠するような依頼を多く受けた。

 基本的に、冒険者は、割りの良い依頼を好む傾向にある。
 
 冒険者は、依頼を受け、その報酬を得る事で生活する。
 
 単純に、依頼報酬が高ければ良い訳では無い。依頼の難易度が高ければ、危険性も増す。

 逆に難易度が低く、危険性の少ない依頼は、総じて報酬が低い。報酬が低ければ、何件も依頼をこなす必要があり、これもまた不人気な依頼となる。

 つまり、己のレベルに見合った内容で、かつ報酬がより良いものから、依頼を選ぶ。

 己の体を張り、生活する冒険者である。時には命を失う危険性もある。それを考えれば、割りの良いものを選びたい気持ちも、間違っているとは言えない。


 今回の依頼は、街から離れた、ビラと言う小さな村からのものであった。村の近くに発生したゴブリンの群れが村を襲うようになり、村はギルドに討伐を依頼した。

 ビラは決して豊かで無い村である。依頼に対して出せる報酬は少なかった。

 こう言った不人気な依頼を、月明かり多くこなして来た。
 
 時には、薬草採取や、水路の清掃のような、勇ましさを良しとする冒険者が、見向きもしないような依頼を受ける事もある。
 しかしそれは、あくまでも依頼が多く、回らない時だけに限定している。
 あまりやり過ぎてしまえば、駆け出し冒険者の仕事を奪ってしまう事にもなるのだ。

 依頼内容の割りの良し悪しに関係無く、どんな依頼でも受け、達成していく月明かりは人々の間で噂となり、その名前も徐々に広まっていた。

 ビラの村の人間にも、その噂は届いていたが、まさかその月明かりが、自分たちの村の依頼を受けるとは、露ほども思っていなかったのである。

「魔法使いのお姉ちゃん、ありがとう!」

 駆け寄って来た女の子にお姉ちゃんと呼ばれたルルは、満面の笑みを浮かべている。

 小柄なルルは、見た目も幼めであり、年齢よりも若く見られる事が多い。
 ルルにしてみれば、それは不本意であり、不名誉な事でもあった。
 実際にはアマタより1つ下の、17歳。15歳で成人を迎えるこの国では、ルルはもう立派な大人なのだから。

 だからこそ、お姉ちゃんと呼ばれる事が、本当に嬉しかったのであろう。

(でもそれで喜んじゃうところが、本当に子どもみた……)
「……っ痛」

 そんなアマタの心の声を遮るかの様に、強烈な痛みが脇腹を襲う。

「アマタくん……今何か考えた??」

 ルルは、鬼気迫る笑顔を浮かべ、アマタの脇腹を掴み、思い切り捻じ上げている。

「痛い痛い痛い!! な、何も考えてない! 考えてないです!!」

 ルルの勘は鋭い。アマタは時折、こうしてルルの攻撃を受ける事がある。
 余計な事を考えなければそれで良いのに、アマタは度々繰り返し、痛い目を見る。

 懲りないアマタの失礼な心の声を、いとも容易く察知するルル。
 もしかしたらその能力は、アマタにだけは、大人の女性として見られたい、そんな気持ちによって、育まれたのかも知れない。

「にいちゃんは僧侶さんなの??」

 そんな2人のやり取りを、楽しそうに眺めていた女の子が口を開く。

「僧侶??」

 かつて僧侶と名乗り、田舎モンと嘲笑されたアマタは、この小さな女の子が発した単語に驚く。

「ほっほっほ。今は回復士ヒーラーと呼ぶんですかのぉ。」

 先程、アマタの手を握り、感謝しきりだった長老が口を開いた。

「昔は僧侶と、皆呼んだもんですよ。ワシらみたいな古い者は、未だに僧侶と呼びますけどねぇ。」

 アマタは密かにテンションを上げていた。僧侶と名乗ると、大抵の人間はポカンとした顔をする。
 ところがこの村では、老人はおろか小さな子どもまでが、僧侶と言うのだ。

「ワシらが使うもんだから、子どもたちも同じように言うんでしょうなぁ。」

 長老は僧侶について、更に話してくれた。

 かつて、僧侶とは、神の力を預かりし者、とされていた。
 ただ傷や状態異常を治すだけでは無く、心を癒し、不安を取り除く、そんな不思議な存在であった。
 今、世の中で回復士ヒーラーと呼ばれるものは、傷や状態異常を治す事に特化されている、と。

(僧侶か……)

 アマタは長老の話を聞き、強く思う。
 自分は、僧侶でありたい。
 エマから貰った力を使うなら……

 僧侶。これ程しっくり来るものは無かった。

「こんな辺鄙な村を救ってくれたんじゃ。あなた様はもしかしたら、本当に僧侶なのかも知れませんのぉ。」

 ほっほっ、と笑う長老。

「自分でモンスターを倒して暴れ回るような、そんな僧侶はおりませんでしたがのぉ。」

 この依頼を受けて良かった。アマタは強く思う。
 この街に来て、自分の在り方や、目指すものが、より浮き彫りにされた。

 暴れ回る僧侶と赤杖の魔法使いの2人組。
 月明かりの名前は、更に加速して広まっていく。
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