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異世界へ行く前に

女神の使い①

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(アマタ……起きなさい……アマタ……)

 真っ白い空間。真っ白いだけの四角い部屋。横たわっていた男は、自分を呼ぶ声に気付いた。

(優しい……あったかい声……母さん……)

「アマタ! カスガイアマタ!! 起きた??」

 カスガイアマタ。そう名前を呼ばれた男はガバッと飛び起きる。

「目覚めたのね? おはよう!!」
 
 慌てて目を擦り、声のする方を見つめると、そこには薄手の白いイブニングドレスを着た女性が立っている。

「え……誰??」

 右足の腿上までの深いスリット入りのドレスに腰上まで伸びた、艶やかな水色の髪の毛。パッチリと大きな目。

(うわ、美人だ……)

「ふふっ、ありがと」

(えっ??)

 心の中で思っただけなのに、それに対して返事をされて、アマタは慌てた。
 それ以上に、容姿に見惚れていた事を知られて、それに気恥ずかしさを覚えたと言った方が正しいだろう。

「あ、あの……ここどこですか? あなたは??」

「そうよね。気になるわよね」

 うんうん、ともっともらしく首を振り、目の前の美人の女性が話し始める。

「ここはね、女神の間。そして、私は女神クロトの使い。あ、エマって呼んでね!!」

「め、女神? え??」

 突拍子もない事を言う女性に、アマタはまん丸く目を開く。

「ふふっ、そうよね。女神とか言われても、何だそりゃ??よね」

 エマは再び、うんうん、と頷く。

「アマタ、よく聞いてね。あなたは亡くなったの。そして、魂だけが、この女神の間にやってきた、ってわけ。分かる??」

「は、はあ……」

 正直な話、アマタにはよく分からなかった。
 よく分からなかったが、最後に路地裏で見た光景は、しっかりと覚えていた。

(あぁ、そうか……あれは本当だったんだな)

 暴力に身を委ね、最後は暴力によって、終了させられた命。

(まあ、自業自得か……)

 一瞬ガックリと落ち込みそうになったが、不思議と気分は落ち着いている。

「そう。あなたはあそこで命を落とした。それでここに来たのよ」

(と、言うことは……俺はどうなるんだ??)

 あれだけ無茶苦茶なことをしてきた。沢山の人を、無闇に傷付けてきた。

(地獄行きってやつなのかな……)

「違う違う! 違うって!!」

 勝手に進むアマタの妄想に、少し慌ててエマがストップを入れる。

「でも……俺死んだんじゃ……??」

「そうよ。それは間違いない事実よ。あなたは亡くなりました。でもね、あなたの魂は、昇華していないのよ。それでね……」

 一旦区切り、一息付くと、エマは更に話を続ける。

「その魂を、私がここに、クロト様にお願いして、引き寄せたの。そして、あなたはその魂を持って、ここから、また生きていくってわけ!!」

 何故だか得意げに胸を張るエマから発せられた言葉に、アマタはしばらく呆然としていたが、何とか我に帰る。

「俺はまた生き返るってこと??」

「生き返る、と言うよりは、新たな人生を生きる、ってことかな。それに、地球とは違う場所になるけどね」

 地球とは違う場所があることに、いささか驚きを覚えながらも、アマタは迷いを感じていた。

「気になることは何でも聞いて!!」

「あ、あの、俺……」

 ニッコリ微笑むエマに、アマタは恐る恐る口を開いていく。

「俺……今まで良い事なんかしてないし….いっぱい人殴ったりしてきたし……」

 アマタの言葉を、エマは微笑みを浮かべたまま、遮る事なく受け止めていく。

「いっぱい悪いことしたし……あの……それで俺……あの……そんな俺が、また新しく生きて……良いのかなって……」

 一言一言を発するたびに、何故だかアマタは目頭が熱くなっていた。
 
 泣かないように。こぼれそうな涙を抑えようと、グッと後頭部に力を入れる。

「それでもあなたは、がんばって生きて来たんでしょ??」

 エマは、その白い両手を、ポンとアマタの肩に置く。

「いっぱい傷付けたけど、いっぱい傷付いたけど、いっぱい泣いたけど……それでもあなたはがんばって生きて来たんでしょ??」

 堪えていた感情が押し寄せ、頭の中が真っ白になり、アマタはポロポロと涙をこぼす。

「っ……ぅぐっっ……」

 エマは、震えるアマタの肩から手を外すと、その手でそのまま、その体を優しく抱きしめた。

「確かに、あなたのしたことで、傷付いた人も沢山いる。もう取り戻せないことだって、沢山ある。でもね……」

 胸元で、嗚咽するアマタの頭を撫でながら、エマは話し続ける。

「そこで終わりじゃないの。失敗した人間が、もうそれで終わりだ、なんてことはないのよ。そして、そこから自分には何か出来ないかって、探しながら歩いていくの」

 エマの言葉に、アマタはただただ涙を流した。

 あの日から、一人になってしまった自分。
 一人で肩肘張るしか出来なかった自分。
 暴力でしか人と繋がれなかった自分。

 毎晩同じ夢を見て泣いていた自分。

 寂しかった自分。

 そんな、自分自身のことに気付いて、涙を流した。

 そんな、自分のことを、無条件で抱きしめてくれるエマの優しさに、温もりに、涙を止められなかった。
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