プリンセスクロッサー勇と王王姫纏いて魔王軍に挑む

兵郎桜花

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第658話アママは思慮がない

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 昼見世ひるみせは休みとなった朱理しゅりは、一先ひとまずゆっくり風呂に入り、疲れを癒す事にした。普段は20分そこそこで出るものを、40分程かけて堪能し、襦袢じゅばんを引っ掛けて自室へ戻る。
 時刻は‪13時‬を回っており、他の娼妓しょうぎらは各々おのおの、支度に取り掛かっている頃だ。
 オンデマンドで映画でも見ようかと思っていた時、がらりとふすまを開いて入って来た黒蔓くろづるの姿に、目が点になる。

「……え? どしたの、その格好……なにごと?」
「なにごとってなんだ、普通だろ」
「いや、普通だから普通じゃないっつーか、なんつーか……」

 黒蔓は普段、着流しの胸元を広くくつろげ、羽織も肩に引っ掛けるだけという、何ともしどけない出で立ちをしている。
 だが今、目の前に立っているのは、普段より上等な着物をきっちり着こなし、羽織にそでを通した姿だった。

「意味分からん事言ってないで、さっさと支度しろ」
「はっ!? 今日、休んで良いって言ったじゃん!」
「見世はな。今日は全楼懇談会ぜんろうこんだんかいだ。ついでだから、お前も連れて行く」
「ぜん……なに? そんなの聞いて無いし! ついでってなんだよ!」
「良いから早くしろ。開始は‪14時‬半だからな」
「ちょっと待っ……なにそれ! なにするとこ!?」

 話が見えずに混乱する朱理を衣装部屋へと引きって行き、外出用の着物を手際良く着せ付け始めた。帯を締めながらおざなりに説明する。

「吉原全店の楼主や内儀ないぎ、遣手が集まる月一の定例会だ。情報共有や規約見直しやらの話をする、まぁ、会議と交流をねた集会みたいなもんだな」
「はー? そんなん、俺が行って良いとこじゃなくない?」
「問題ねぇよ。お前の客どもが雁首揃えてるだけの事だ」
「余計に厭だわ! 御内儀と鉢合わせたら気不味きまずいじゃんか!」
「来るのは楼主か遣手がほとんどだから心配するな。ま、内儀が来たところで、集会中に揉める様な阿呆は居ないだろ」
「いやいやいや、おかしいって。場違い過ぎるでしょ、俺。そう言うのはひかるさんが行くべきなんじゃねぇの?」
東雲しののめには昼見世を仕切らせるから無理」
「えぇー……。休ませたのはこの為だったんだな……ちくしょう……」
「ふん、ただで休ませる訳ないだろ。楼主どもは皆、お前が来たら泣いて喜ぶだろうよ。精々、愛想振り撒いとけ」

 ものの15分たらずで支度を済まされ、嫌々ながらも黒蔓の後を追いつつ、朱理はその真意を察した。
 朱理の顧客には、楼主などの妓楼ぎろう関係者が数多く居る。この三日で登楼を断った者のご機嫌取りフォロー兼、営業をするつもりなのだろう。
 朱理は深く嘆息しながら、腹をくくるしか無いのだった。

────────────────
 
 集会所へ向かう車内で煙草をくゆらせ、隣に座る黒蔓を見遣る。

「そんなきっちりした格好、久し振りに見たわ。珍しく明るい色着てるけど、京友禅きょうゆうぜん?」
「いや、加賀かが大島おおしまと迷ったが、今日は友禅の方が良さそうだったんでな」
「なんで?」
「お前が居るからだよ。俺だけ暗くちゃ、見栄みばえが悪いだろうが」
「えぇ……ちょっと大袈裟に考え過ぎじゃない? 道中じゃないんだからさ……。それに、大島でも明るい色はあるでしょ」
「大島は泥しか無いから、もっと暗くなる。お前も一枚くらい持っとけよ」
「持ってるよ。泥染めじゃないけど」
「そりゃ大島とは言えないな」
「意識高けぇなオイ……」

 黒蔓は加賀友禅かがゆうぜん鳩羽色はとばいろの着物、白地に黒鳥と赤花模様の半襟はんえり菫色すみれいろの羽織。
 朱理は京友禅の小町鼠こまちねずの着物、黒地に赤白金菊と赤垂れ藤の半襟、薄紅うすくれないの羽織。
 二人共、冬用の黒足袋くろたびを履いている。
 下手しもて娼妓しょうぎの仕事着は全て女物だが、私用の際は男物の着物で出掛けるのだ。

 やがて車は集会所へと到着した。まず、大広間の座敷で客の情報交換、規約の見直し、立案、吉原情勢などが話し合われ、ひと段落すると、別室にて立食会が行われる流れだ。
 二人が広間へ足を踏み入れると、既に到着していた楼主らが騒めくのが分かった。

「見ろ、御出おいでなすったよ。万華郷の黒蔓さんだ」
「相変わらずの気迫よのぉ。一瞬で空気が変わりやがる」
「あれだけのキレ者を抱えてるんだ、あの見世はますます繁盛するわいな」
「おいおい、いっしょくたにしちゃいけねぇよ。あすこはもう別次元だぜ」
「おや? 隣に連れているのは、まさか……」
「なんと、朱理太夫じゃないか! どうしてこんな所に……」
「聞いた話じゃ、あのたかむらに初馴染みから居続けられていたとか……」
「嗚呼……道理で。予約が軒並み後ろ倒しだってんで、おかしいと思ってたんだよ」
「なんてこったい、また厄介なのに目ぇつけられたもんだ。可哀想に……」

 此方こちらを見ながらひそひそと耳打ちし合うやからを横目に、黒蔓は舌打ちして煙草に火を点けた。苦笑を漏らしながら朱理は首をかしげる。

京雀きょうすずめに負けず劣らず、吉原雀よしわらすずめも賑やかなことだねぇ」
「くちさがない連中だ。毎度毎度、飽きもせずやかましいったらありゃしない」
「それにしても、相変わらずの人気ぶりだね、黒蔓さん。皆が貴方を見てる」
「ふん。今日はお陰で半分はお前に釘付けさ」
「はいはい。大人しく視線避けになっておきますよ」
「俺の側から離れるなよ。流石に此処でやらかす様な馬鹿は居ないと思うが、念の為だ」
「はーい」

 呑気な声で答えつつ、朱理もたもとから煙草を取り出し、さり気なく黒蔓へ身体を寄せるのだった。
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