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第642話クリム王女はいじける
しおりを挟む酷く喉が渇いていた。寝る前に予想していた通り、ミオリネが次に目が覚めた時には、熱に侵され息が上がっていた。
「はぁ、はぁ、っはぁ」
覚醒するにつれ、だんだん今の体の状態を嫌でも理解していく。脳みそが溶けそうな程に頭が熱いのに、ぞわぞわと襲う寒気に鳥肌がたった。
「うぅ、みず…」
そう呟いても誰かが持ってきてくれることは無い。
水を飲まなければ死ぬ。そう思いフラフラとベッドから這い出て、部屋の壁沿いに歩き出した。世界が揺れているのか、自分が揺れているのか分からない限界の体をぜぇぜぇ言いながら無理やり動かし部屋を出る。
「ううぅ…」
廊下は部屋よりもずっと寒く体がぶるりと震えた。ミオリネは壁を支えに歩き出した。二階のミオリネの部屋から、水がある一階の厨房まではかなり遠い。それでもこの別邸には今ミオリネしかいないのだ。己を奮い立たせミオリネは一歩、また一歩進む。
身体は重く、頭がガンガンと痛んだ。熱がまた上がってきているようだ。ミオリネは涙を溢す。どうせ誰にも会わない、誰もいないのだから我慢する必要もない。
「はぁ、ひっく、うぅ、はぁ、はぁ、ひっく」
視界が滲む。惨めだった。自分は何をしているんだろう?と我に帰る。
水を飲まなければ死ぬ?ミオリネは笑いそうになった。このまま熱に抗うことをやめれば、楽になれるじゃないか。廊下の壁を震えながら掴んだ手に目をやる。こんなに必死に生にしがみついて、その先に何かあるのか。ずっとこのまま誰もいない場所で骨になるのを待つだけなら、こんな人生に意味はあるのか?
途端に力が抜け、ミオリネはどさりと床に倒れ込む。廊下の床に頬を擦り寄せる。冷たくて気持ちよかったが、体温はどんどん奪われていく。あつい。さむい。苦しい。このままここで、死ぬのかな。あぁ、一度くらい愛されてみたかった。ミオリネは一筋の涙を溢し意識を失った。
「——ミオリネ様!」
ミオリネは体を揺さぶられていた。
「チッ、何故この様な場所に……」
身体は酷く冷たくカタカタ震えている。
「もう大丈夫です。部屋に戻りましょう」
ミオリネは優しく抱えられ部屋まで運ばれてた。ベッドにそっと置かれ、優しく布団をかけられる。ミオリネは朦朧とした意識の中で、
「みず……」
と溢した。
「はっ、すぐにお持ちします」
耳鳴りがする。目もよく見えない。夢が現実か考えられずふわふわしていた。
「お持ちしました」
水を注がれたグラスを手渡される。両手で受け取ろうとし、力が入らず落としてしまった。彼はそれを予想していたかの様な速さでサッと受け止め、ミオリネの口元にグラスを近づけた。背中を支えられ、少しずつ水が喉を流れる。
「っ、ごほ、ごほっ」
ミオリネが少しでも咽せると、男はすぐにグラスを離し大きな手で背中を優しくさすった。ごくごく飲みたい気持ちに体が追いつかないようで、男はゆっくりとグラスを傾ける。
「んくっ、んくっ、はっ」
もういい、と首を振れば背中を支えられながらまたベッドに横たわった。
「何故部屋の外に…いえ、今はただお休みになってください」
ミオリネには男の言葉は聞こえていなかった。ミオリネは深い眠りについた。
ミオリネは起きあがろうとして、体が酷く重いことに気がついた。頭がぼんやりする。体を起こそうともぞもぞ動いていると声をかけられた。
「お目覚めですか」
体がビクリと跳ねる。見慣れない大男が側に近寄ってきた。漆黒の髪に燃えるような赤い目のその男は、冷たさを感じる程に美しかった。
「どこか痛むところはありませんか」
ミオリネが困惑し何も話さないでいると、不審に思ったのか大男はぐぃと顔を近づけた。とっさに仰け反ろうとして、身体が動かない事を自覚する。彫刻のような造形美を目の前に、顔に熱が集まった。首を左右にぎこちなく振る。振れたかどうか怪しいほど僅かな動きだったが伝わった様だ。
「それは良かったです。長く眠り続けておられましたので心配しました」
ミオリネは眠りからだんだんと覚醒し、緊張しだした。この男は誰だ?
「お水を召し上がってください」
その言葉に喉の渇きを思い出す。
大男はさも当たり前かのようにミオリネの口元にグラスを近づける。ミオリネは内心戸惑いで一杯だった。大男に背中を支えられながら口元に水を飲む。久しぶりの水分は干からびた体には染み渡る美味しさだ。
「ありがとう、ございます…」
掠れた声が出た。男は少し頷いただけだった。ミオリネは状況がイマイチ理解できずにいた。
「挨拶が遅れて申し訳ありません。私は、騎士のユリウス・モンタギューと申します。ミオリネ様の専属騎士を勤める運びとなりました」
よろしくお願い致します。突然跪き、頭を下げるユリウスにミオリネは声も出なかった。外を出歩けるような体力も気力も無い自分になぜ騎士が、と声に出さず胸の内で呟く。父が命じたのだろうか、本当はミオリネのことを大事に思い、愛しているのではないか。その期待は一瞬で砕かれる。
「デイジー様の計らいで、今後は私がミオリネ様のお世話をさせていただきます」
頭が急速に冷える。デイジー様とは継母のことだ。
「……よろしくお願いします、ユリウス様」
男の顔が見れず、俯いたまま蚊の鳴くようなか細い声でミオリネは言った。
「敬称はおやめ下さい、ユリウスとお呼びください」
「……では、ユリウスと」
「はい、よろしくお願い致します、ミオリネ様」
真剣な表情で話す美丈夫に。表情には出さないが、家庭教師以外の新しい人間と関わるのは久しぶりだった。暴力や罵倒の言葉を思い出してまたあの日々が始まるのかと、身体の傷がズキズキと痛んだ気がした。
「はぁ、はぁ、っはぁ」
覚醒するにつれ、だんだん今の体の状態を嫌でも理解していく。脳みそが溶けそうな程に頭が熱いのに、ぞわぞわと襲う寒気に鳥肌がたった。
「うぅ、みず…」
そう呟いても誰かが持ってきてくれることは無い。
水を飲まなければ死ぬ。そう思いフラフラとベッドから這い出て、部屋の壁沿いに歩き出した。世界が揺れているのか、自分が揺れているのか分からない限界の体をぜぇぜぇ言いながら無理やり動かし部屋を出る。
「ううぅ…」
廊下は部屋よりもずっと寒く体がぶるりと震えた。ミオリネは壁を支えに歩き出した。二階のミオリネの部屋から、水がある一階の厨房まではかなり遠い。それでもこの別邸には今ミオリネしかいないのだ。己を奮い立たせミオリネは一歩、また一歩進む。
身体は重く、頭がガンガンと痛んだ。熱がまた上がってきているようだ。ミオリネは涙を溢す。どうせ誰にも会わない、誰もいないのだから我慢する必要もない。
「はぁ、ひっく、うぅ、はぁ、はぁ、ひっく」
視界が滲む。惨めだった。自分は何をしているんだろう?と我に帰る。
水を飲まなければ死ぬ?ミオリネは笑いそうになった。このまま熱に抗うことをやめれば、楽になれるじゃないか。廊下の壁を震えながら掴んだ手に目をやる。こんなに必死に生にしがみついて、その先に何かあるのか。ずっとこのまま誰もいない場所で骨になるのを待つだけなら、こんな人生に意味はあるのか?
途端に力が抜け、ミオリネはどさりと床に倒れ込む。廊下の床に頬を擦り寄せる。冷たくて気持ちよかったが、体温はどんどん奪われていく。あつい。さむい。苦しい。このままここで、死ぬのかな。あぁ、一度くらい愛されてみたかった。ミオリネは一筋の涙を溢し意識を失った。
「——ミオリネ様!」
ミオリネは体を揺さぶられていた。
「チッ、何故この様な場所に……」
身体は酷く冷たくカタカタ震えている。
「もう大丈夫です。部屋に戻りましょう」
ミオリネは優しく抱えられ部屋まで運ばれてた。ベッドにそっと置かれ、優しく布団をかけられる。ミオリネは朦朧とした意識の中で、
「みず……」
と溢した。
「はっ、すぐにお持ちします」
耳鳴りがする。目もよく見えない。夢が現実か考えられずふわふわしていた。
「お持ちしました」
水を注がれたグラスを手渡される。両手で受け取ろうとし、力が入らず落としてしまった。彼はそれを予想していたかの様な速さでサッと受け止め、ミオリネの口元にグラスを近づけた。背中を支えられ、少しずつ水が喉を流れる。
「っ、ごほ、ごほっ」
ミオリネが少しでも咽せると、男はすぐにグラスを離し大きな手で背中を優しくさすった。ごくごく飲みたい気持ちに体が追いつかないようで、男はゆっくりとグラスを傾ける。
「んくっ、んくっ、はっ」
もういい、と首を振れば背中を支えられながらまたベッドに横たわった。
「何故部屋の外に…いえ、今はただお休みになってください」
ミオリネには男の言葉は聞こえていなかった。ミオリネは深い眠りについた。
ミオリネは起きあがろうとして、体が酷く重いことに気がついた。頭がぼんやりする。体を起こそうともぞもぞ動いていると声をかけられた。
「お目覚めですか」
体がビクリと跳ねる。見慣れない大男が側に近寄ってきた。漆黒の髪に燃えるような赤い目のその男は、冷たさを感じる程に美しかった。
「どこか痛むところはありませんか」
ミオリネが困惑し何も話さないでいると、不審に思ったのか大男はぐぃと顔を近づけた。とっさに仰け反ろうとして、身体が動かない事を自覚する。彫刻のような造形美を目の前に、顔に熱が集まった。首を左右にぎこちなく振る。振れたかどうか怪しいほど僅かな動きだったが伝わった様だ。
「それは良かったです。長く眠り続けておられましたので心配しました」
ミオリネは眠りからだんだんと覚醒し、緊張しだした。この男は誰だ?
「お水を召し上がってください」
その言葉に喉の渇きを思い出す。
大男はさも当たり前かのようにミオリネの口元にグラスを近づける。ミオリネは内心戸惑いで一杯だった。大男に背中を支えられながら口元に水を飲む。久しぶりの水分は干からびた体には染み渡る美味しさだ。
「ありがとう、ございます…」
掠れた声が出た。男は少し頷いただけだった。ミオリネは状況がイマイチ理解できずにいた。
「挨拶が遅れて申し訳ありません。私は、騎士のユリウス・モンタギューと申します。ミオリネ様の専属騎士を勤める運びとなりました」
よろしくお願い致します。突然跪き、頭を下げるユリウスにミオリネは声も出なかった。外を出歩けるような体力も気力も無い自分になぜ騎士が、と声に出さず胸の内で呟く。父が命じたのだろうか、本当はミオリネのことを大事に思い、愛しているのではないか。その期待は一瞬で砕かれる。
「デイジー様の計らいで、今後は私がミオリネ様のお世話をさせていただきます」
頭が急速に冷える。デイジー様とは継母のことだ。
「……よろしくお願いします、ユリウス様」
男の顔が見れず、俯いたまま蚊の鳴くようなか細い声でミオリネは言った。
「敬称はおやめ下さい、ユリウスとお呼びください」
「……では、ユリウスと」
「はい、よろしくお願い致します、ミオリネ様」
真剣な表情で話す美丈夫に。表情には出さないが、家庭教師以外の新しい人間と関わるのは久しぶりだった。暴力や罵倒の言葉を思い出してまたあの日々が始まるのかと、身体の傷がズキズキと痛んだ気がした。
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