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「ニーナを連れて行かれるのは困るな」
突然、掛けられた言葉にニーナが顔を上げると、そこには息を切らしたディーンとヒース、そして、彼等の側近達の姿があった。
「緊急事態だと聞いたから、大急ぎでやって来たのに…ニーナ、まさか、昨日の約束を反故にして、オリアナと逃げるとは言わないよね?」
オリアナが、即座にディーンに場所を譲る。
ディーンはオリアナ同様、ニーナの前に跪くと、懇願するようにその手を取った。
「ニーナ?」
「逃げ…たくはないけど、でも、」
「でも、は聞かないよ。何があったのか教えて」
いつになく強い口調のディーンに、ニーナは躊躇うように口を噤んだ後、周囲にちらりと視線を巡らせる。
「…ちょっと、耳貸して」
「ん?」
跪いたままのディーンの耳元に、ニーナがおもむろに顔を寄せる。
その距離は、親密な関係でないと許されないもので。
「ちょ、ニーナ?!」
「バートランド殿下に、聖女だってバレた」
「え」
顔を真っ赤にしたディーンが、ニーナの告げた言葉に一瞬にして真顔になると、厳しい顔でヒースを振り返る。
「兄上…ニーナの素性がアイルにバレたようです」
「何?」
「素性」と言う、流すには問題のある言葉を聞いて、側近達の纏う空気がぴり、と緊張したが、落ち着き払ったヒースの姿に、取り敢えず、状況を見守る事にしたらしい。
「ニーナ。何があった?」
ヒースの問い掛けに、ニーナはワンピースドレスの隠しに仕舞っておいた魔法石を出した。
「これを、聞いて欲しいのですが」
「音声保存の魔法石か?君の侍女に貸与してあった筈だが」
「オリアナに借りました。王宮の中庭で、バートランド殿下とガンズネル宰相が、人目を避けるように会ってる所を見つけて…」
すべてを言わずとも、ニーナが何を求めて会話を保存したのか理解したらしく、ヒースは無言で魔法石を受け取ると、保存していた会話を再生する。
『ガンズネル殿、聞いていた話と違うではないか』
『一体、何について仰っているのでしょうか、バートランド殿下』
流れ始めた声がしっかりと互いの名を呼んでいるのを聞いて、ヒース達は素早く目を交わし合った。
声のみならば、似ているだけだと言い逃れする事もできるけれど、はっきりと名を呼ばれていれば証拠能力として高い。
『ですが、そうは言っても所詮、娘です。バートランド殿下のお情けを頂けば、これ以上、ジェラルディン殿下に縋る事はできますまい。ジェラルディン殿下もまた、ただ毛色が変わっている娘に興味をお持ちであるだけの事。汚れた娘には見切りをつけましょう。そうなれば、婚姻外交としては成功かと』
『…やはり、それしかないか。無理矢理組み敷くのは趣味ではないのだが…』
ディーンが表情を消して握り締めた拳に、ニーナがそっと手を重ねた。
『バートランド殿下。ラヴィル計画は、歴史に残る偉業となりましょう。その際、史書に残るのは落ち人の存在です。落ち人を妃に迎えてこそ、バートランド殿下の御名が永世、残っていくのです。どうか、ご決断を』
この場にいる者でアイル語を理解できないのはオリアナだけだが、ヒース達の険しい表情を見て、彼女も不安そうな顔をしている。
「…ガンズネルめ。やはり、アイルと通じていたか…」
低くヒースが呟く間も、音声は再生され続けている。
『ニーナ嬢、奇遇だね』
『誰かと思えば…バートランド殿下でしたか。驚かさないでください』
ニーナが流暢なアイル語で返答している事に気づいたのだろう。
ヒースとディーン以外が、ハッとした顔でニーナの顔を見た。
『ニーナ嬢』
『…何でしょうか』
『それは、わざとかな?口づけをねだってるの?私は君を妃に欲しいと言ってるのに、どうして、煽るような事をするんだい?』
『バートランド殿下の勘違いです』
『勘違い?そうかな?…じゃあ、さっき、君は一体、何を聞いた?』
『……何を言ってるのか、判りません』
『いや、君は判ってる筈だよ。だって私は今、アイル語で話してるんだからね』
見られている事に気づいていながら、ニーナは顔を上げる事ができない。
今度はディーンが、ニーナの手に手を重ねる。
『おかしいよね。ガルダに来て一年、漸くガルダ語の日常会話ができるようになった、と言う触れ込みの君が、アイル語ぺらぺらなんてさ。…君、落ち人じゃないだろう?』
『わ、たしが、異世界から落ちて来た事は、トアーズ博士が、証明を…』
『聞いたよ、君には魔力がない、だから異世界人なのは確実、って。でもさ…ガルダを訪れる異世界人は、落ち人だけとは限らないよね?』
「落ち人ではない、異世界人……まさか…」
ウルヴスが、唸るように言葉を絞り出した。
「これから話す事は、正真正銘、事実のみだ。それを聞いて、どう判断するかは各自に委ねる」
そう切り出したのは、立ち上がったディーンだった。
不安そうに彼を見つめるニーナの顔を見遣り、彼女の手をぎゅっと握る。
大丈夫だと、励ますように。
「ニーナがこの世界に来たのは、昨年の天月節の事だった」
ディーンは淡々とした口調で、ニーナが隠遁していたディーンの居室に突然現れた事、最初の一言目からガルダ語で会話できた事を説明した。
「落ち人はこちらの言葉を話せない、と兄上に指摘されるまで、僕はニーナが聖女である可能性に気づかなかった。幾つか理由はあるけれど、最たる理由は、彼女が僕の部屋に現れたからだ。僕の部屋では、魔法が使えない。当然、召喚魔法なんて行えない。だから、ニーナと聖女が結びつかなかったんだ。とは言え、僕の部屋に落ちて来た、と素直に公表したら、どんな問題が発生するか判らないからね。少しだけ、出会いを細工させて貰った」
「落ち人は、偶然、この世界に落ちて来る存在。聖女は、こちらの世界の人間が呼び寄せる存在。ニーナが落ち人として初めて会議場に現れた日、私は聖女召喚の大魔法を行使した人間について問うたが、誰も知っていると言う者はいなかった。だが、実際には異世界人研究をしているダン・トアーズが、召喚魔法を行使したとニーナに告白している」
ヒースの言葉に、場がざわつく。
「トアーズとは、ガンズネル宰相が後見をしている、あのスワグ人ですか」
「あぁ。トアーズによれば、召喚魔法が成功した手応えはあった、しかし、界を渡った所で手から逃れたのを感じた、との事だ。それが何故かは判らん。召喚に使用した素材の劣化が原因かもしれんし、魔法陣よりもディーンの魔力に惹かれたのが原因かもしれん。いずれにせよ、ニーナが聖女である、と確信を持てる者は誰もいない。同時に、聖女ではない、と確信を持てる者もいない」
ヒースが話し終わると同時に、ディーンが椅子に座っていたニーナの手を引き、立ち上がらせる。
そして、彼女の背に手を添えて隣に立たせると、ぐるりと周囲を睥睨した。
「さて、ニーナは落ち人だろうか、聖女だろうか」
しん…と室内が静まる中、誰かがコクリと喉を鳴らす音が、やけに大きく響く。
「…どちらでも問題ない、と言いたいですが…アイルとの情勢を考えれば、『聖女』として扱われる事を危惧なさるお気持ちは判ります。五百年前のように、聖女の意見とされるものが国を動かしかねない」
ヒースの側近の言葉に、皆が頷いた。
「聖女召喚を企てたのがガンズネル宰相の陣営である事が、大きな懸念ですね。ニーナ様と聖女を結びつける要素が漏れれば、召喚者であるガンズネル宰相こそがニーナ様の後見人に相応しいと言い出しかねません。バートランド殿下を唆していたようですが、ガルダの宝であるニーナ様に危害を加えた事を理由に、アイルに侵攻しかねない人です」
「いや、幾ら宰相でも、ジェラルディン殿下の許可なくニーナ様の庇護者になる事はできないでしょう」
議論が白熱していく様子を、ニーナは唖然として見守っていた。
彼等は誰一人、ニーナが真実を明かさなかった事を責めなかった。
事情を隠していた事で、ガルダ王家が不利益を被るとも言わなかった。
ニーナを差し出す事で、穏便に二国間の協議を進めようと提案する事もなかった。
そして今、ニーナを守る為に知恵を出し合っている。
「どうして…」
ぽつり、とニーナが呟くと、ディーンが小さく笑った。
「言っただろう?皆、君の事が好きなんだ。勿論、一番君を好きなのは僕だけど」
ディーンが嬉しそうに言う姿に気づいたヒースが、
「ディーン。もしや、漸く、ニーナに受け入れて貰えたのか?」
と尋ねる。
「はい。どうにか、受け入れて貰えました」
誇らし気に胸を張るディーンに、ニーナの方が気恥ずかしくなる。
「そうか。それは良かった」
ヒースはしみじみと言うと、パンパン、と手を叩いて、人々の注意を集めた。
「アイルとの会合まで、時間がないからな。まず、我々の目的と今の状況を整理したい。最大の目的は、アイルとの和平を維持する事。こちらから攻め込む事も、アイルに攻め込まれる事も絶対に回避せねばならん。ラヴィル計画の成立は、二の次だ。不成立になる事でガンズネル公に揚げ足を取られる可能性はあるが、魔法石の証拠があれば更迭できよう。婚姻外交の申し出は、ジェシカ王女の受け入れのみならば考慮する。ニーナを手離す選択肢はない」
「花嫁の交換以外で、バートランド殿下に納得して頂く方法はあるでしょうか?」
「…最も確実な方法としては、ニーナが嫁げる身ではない、と明確にする事だが…」
ちら、とヒースがニーナに視線を送る。
「婚約…いや、結婚の方が確実ではあるが…」
「兄上、幾ら何でも、そんな急に…っ!ニーナに無理強いはしない約束でしょう!」
慌ててヒースを止めるディーンを見ながら、ニーナは、
「あの、」
と挙手をした。
「ラヴィル計画が、現在の形で成立しなくてもいいんですよね?」
「あぁ」
「なら、ラヴィル計画を取り下げればいいんです。そうすれば、花嫁の交換をしなくては計画を進められない、と言うアイル側の意見を封じられます」
「まぁ、そうだな。だが、計画が頓挫した事で、難癖をつけられる可能性は高い。落ち人であっても強引に連れ去ろうとしている相手が、聖女ならば諦めるとは思えんのだが…」
「ちょっと私に考えがあるんです。任せて貰えませんか?」
突然、掛けられた言葉にニーナが顔を上げると、そこには息を切らしたディーンとヒース、そして、彼等の側近達の姿があった。
「緊急事態だと聞いたから、大急ぎでやって来たのに…ニーナ、まさか、昨日の約束を反故にして、オリアナと逃げるとは言わないよね?」
オリアナが、即座にディーンに場所を譲る。
ディーンはオリアナ同様、ニーナの前に跪くと、懇願するようにその手を取った。
「ニーナ?」
「逃げ…たくはないけど、でも、」
「でも、は聞かないよ。何があったのか教えて」
いつになく強い口調のディーンに、ニーナは躊躇うように口を噤んだ後、周囲にちらりと視線を巡らせる。
「…ちょっと、耳貸して」
「ん?」
跪いたままのディーンの耳元に、ニーナがおもむろに顔を寄せる。
その距離は、親密な関係でないと許されないもので。
「ちょ、ニーナ?!」
「バートランド殿下に、聖女だってバレた」
「え」
顔を真っ赤にしたディーンが、ニーナの告げた言葉に一瞬にして真顔になると、厳しい顔でヒースを振り返る。
「兄上…ニーナの素性がアイルにバレたようです」
「何?」
「素性」と言う、流すには問題のある言葉を聞いて、側近達の纏う空気がぴり、と緊張したが、落ち着き払ったヒースの姿に、取り敢えず、状況を見守る事にしたらしい。
「ニーナ。何があった?」
ヒースの問い掛けに、ニーナはワンピースドレスの隠しに仕舞っておいた魔法石を出した。
「これを、聞いて欲しいのですが」
「音声保存の魔法石か?君の侍女に貸与してあった筈だが」
「オリアナに借りました。王宮の中庭で、バートランド殿下とガンズネル宰相が、人目を避けるように会ってる所を見つけて…」
すべてを言わずとも、ニーナが何を求めて会話を保存したのか理解したらしく、ヒースは無言で魔法石を受け取ると、保存していた会話を再生する。
『ガンズネル殿、聞いていた話と違うではないか』
『一体、何について仰っているのでしょうか、バートランド殿下』
流れ始めた声がしっかりと互いの名を呼んでいるのを聞いて、ヒース達は素早く目を交わし合った。
声のみならば、似ているだけだと言い逃れする事もできるけれど、はっきりと名を呼ばれていれば証拠能力として高い。
『ですが、そうは言っても所詮、娘です。バートランド殿下のお情けを頂けば、これ以上、ジェラルディン殿下に縋る事はできますまい。ジェラルディン殿下もまた、ただ毛色が変わっている娘に興味をお持ちであるだけの事。汚れた娘には見切りをつけましょう。そうなれば、婚姻外交としては成功かと』
『…やはり、それしかないか。無理矢理組み敷くのは趣味ではないのだが…』
ディーンが表情を消して握り締めた拳に、ニーナがそっと手を重ねた。
『バートランド殿下。ラヴィル計画は、歴史に残る偉業となりましょう。その際、史書に残るのは落ち人の存在です。落ち人を妃に迎えてこそ、バートランド殿下の御名が永世、残っていくのです。どうか、ご決断を』
この場にいる者でアイル語を理解できないのはオリアナだけだが、ヒース達の険しい表情を見て、彼女も不安そうな顔をしている。
「…ガンズネルめ。やはり、アイルと通じていたか…」
低くヒースが呟く間も、音声は再生され続けている。
『ニーナ嬢、奇遇だね』
『誰かと思えば…バートランド殿下でしたか。驚かさないでください』
ニーナが流暢なアイル語で返答している事に気づいたのだろう。
ヒースとディーン以外が、ハッとした顔でニーナの顔を見た。
『ニーナ嬢』
『…何でしょうか』
『それは、わざとかな?口づけをねだってるの?私は君を妃に欲しいと言ってるのに、どうして、煽るような事をするんだい?』
『バートランド殿下の勘違いです』
『勘違い?そうかな?…じゃあ、さっき、君は一体、何を聞いた?』
『……何を言ってるのか、判りません』
『いや、君は判ってる筈だよ。だって私は今、アイル語で話してるんだからね』
見られている事に気づいていながら、ニーナは顔を上げる事ができない。
今度はディーンが、ニーナの手に手を重ねる。
『おかしいよね。ガルダに来て一年、漸くガルダ語の日常会話ができるようになった、と言う触れ込みの君が、アイル語ぺらぺらなんてさ。…君、落ち人じゃないだろう?』
『わ、たしが、異世界から落ちて来た事は、トアーズ博士が、証明を…』
『聞いたよ、君には魔力がない、だから異世界人なのは確実、って。でもさ…ガルダを訪れる異世界人は、落ち人だけとは限らないよね?』
「落ち人ではない、異世界人……まさか…」
ウルヴスが、唸るように言葉を絞り出した。
「これから話す事は、正真正銘、事実のみだ。それを聞いて、どう判断するかは各自に委ねる」
そう切り出したのは、立ち上がったディーンだった。
不安そうに彼を見つめるニーナの顔を見遣り、彼女の手をぎゅっと握る。
大丈夫だと、励ますように。
「ニーナがこの世界に来たのは、昨年の天月節の事だった」
ディーンは淡々とした口調で、ニーナが隠遁していたディーンの居室に突然現れた事、最初の一言目からガルダ語で会話できた事を説明した。
「落ち人はこちらの言葉を話せない、と兄上に指摘されるまで、僕はニーナが聖女である可能性に気づかなかった。幾つか理由はあるけれど、最たる理由は、彼女が僕の部屋に現れたからだ。僕の部屋では、魔法が使えない。当然、召喚魔法なんて行えない。だから、ニーナと聖女が結びつかなかったんだ。とは言え、僕の部屋に落ちて来た、と素直に公表したら、どんな問題が発生するか判らないからね。少しだけ、出会いを細工させて貰った」
「落ち人は、偶然、この世界に落ちて来る存在。聖女は、こちらの世界の人間が呼び寄せる存在。ニーナが落ち人として初めて会議場に現れた日、私は聖女召喚の大魔法を行使した人間について問うたが、誰も知っていると言う者はいなかった。だが、実際には異世界人研究をしているダン・トアーズが、召喚魔法を行使したとニーナに告白している」
ヒースの言葉に、場がざわつく。
「トアーズとは、ガンズネル宰相が後見をしている、あのスワグ人ですか」
「あぁ。トアーズによれば、召喚魔法が成功した手応えはあった、しかし、界を渡った所で手から逃れたのを感じた、との事だ。それが何故かは判らん。召喚に使用した素材の劣化が原因かもしれんし、魔法陣よりもディーンの魔力に惹かれたのが原因かもしれん。いずれにせよ、ニーナが聖女である、と確信を持てる者は誰もいない。同時に、聖女ではない、と確信を持てる者もいない」
ヒースが話し終わると同時に、ディーンが椅子に座っていたニーナの手を引き、立ち上がらせる。
そして、彼女の背に手を添えて隣に立たせると、ぐるりと周囲を睥睨した。
「さて、ニーナは落ち人だろうか、聖女だろうか」
しん…と室内が静まる中、誰かがコクリと喉を鳴らす音が、やけに大きく響く。
「…どちらでも問題ない、と言いたいですが…アイルとの情勢を考えれば、『聖女』として扱われる事を危惧なさるお気持ちは判ります。五百年前のように、聖女の意見とされるものが国を動かしかねない」
ヒースの側近の言葉に、皆が頷いた。
「聖女召喚を企てたのがガンズネル宰相の陣営である事が、大きな懸念ですね。ニーナ様と聖女を結びつける要素が漏れれば、召喚者であるガンズネル宰相こそがニーナ様の後見人に相応しいと言い出しかねません。バートランド殿下を唆していたようですが、ガルダの宝であるニーナ様に危害を加えた事を理由に、アイルに侵攻しかねない人です」
「いや、幾ら宰相でも、ジェラルディン殿下の許可なくニーナ様の庇護者になる事はできないでしょう」
議論が白熱していく様子を、ニーナは唖然として見守っていた。
彼等は誰一人、ニーナが真実を明かさなかった事を責めなかった。
事情を隠していた事で、ガルダ王家が不利益を被るとも言わなかった。
ニーナを差し出す事で、穏便に二国間の協議を進めようと提案する事もなかった。
そして今、ニーナを守る為に知恵を出し合っている。
「どうして…」
ぽつり、とニーナが呟くと、ディーンが小さく笑った。
「言っただろう?皆、君の事が好きなんだ。勿論、一番君を好きなのは僕だけど」
ディーンが嬉しそうに言う姿に気づいたヒースが、
「ディーン。もしや、漸く、ニーナに受け入れて貰えたのか?」
と尋ねる。
「はい。どうにか、受け入れて貰えました」
誇らし気に胸を張るディーンに、ニーナの方が気恥ずかしくなる。
「そうか。それは良かった」
ヒースはしみじみと言うと、パンパン、と手を叩いて、人々の注意を集めた。
「アイルとの会合まで、時間がないからな。まず、我々の目的と今の状況を整理したい。最大の目的は、アイルとの和平を維持する事。こちらから攻め込む事も、アイルに攻め込まれる事も絶対に回避せねばならん。ラヴィル計画の成立は、二の次だ。不成立になる事でガンズネル公に揚げ足を取られる可能性はあるが、魔法石の証拠があれば更迭できよう。婚姻外交の申し出は、ジェシカ王女の受け入れのみならば考慮する。ニーナを手離す選択肢はない」
「花嫁の交換以外で、バートランド殿下に納得して頂く方法はあるでしょうか?」
「…最も確実な方法としては、ニーナが嫁げる身ではない、と明確にする事だが…」
ちら、とヒースがニーナに視線を送る。
「婚約…いや、結婚の方が確実ではあるが…」
「兄上、幾ら何でも、そんな急に…っ!ニーナに無理強いはしない約束でしょう!」
慌ててヒースを止めるディーンを見ながら、ニーナは、
「あの、」
と挙手をした。
「ラヴィル計画が、現在の形で成立しなくてもいいんですよね?」
「あぁ」
「なら、ラヴィル計画を取り下げればいいんです。そうすれば、花嫁の交換をしなくては計画を進められない、と言うアイル側の意見を封じられます」
「まぁ、そうだな。だが、計画が頓挫した事で、難癖をつけられる可能性は高い。落ち人であっても強引に連れ去ろうとしている相手が、聖女ならば諦めるとは思えんのだが…」
「ちょっと私に考えがあるんです。任せて貰えませんか?」
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