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<エピローグ>
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リンデンバーグ王家の第二王子であり、現在はクロッカード公爵家に養子に入ったアーヴァイン・コンラート・クロッカードと、ランドリック侯爵家養女ヴィヴィアン・ランドリックの婚約は、大舞踏会後、四ヶ月経ってから、無事に調った。
王族や大貴族ともなれば、『婚約式』を執り行って、広く社交界に披露する事が一般的だが、二人は、身内だけの会食のみで済ませた。
表向きには、国内最高序列の社交の場である大舞踏会で、既に婚約を公表している為。
アーヴァインの発言を受けて、正式に婚約が調う前にも関わらず、あらゆる思惑の祝いの品が、王家にもランドリック侯爵家にも、既にたくさん届けられている。
ここで、改めて婚約式を執り行ってしまえば、祝いを二重に強要するようなものだ、と、アーヴァインは冗談めかして重臣に語ったらしいが、勿論、本音は別だ。
王太子妃ジゼルは、「アーヴァインがクロッカード公爵家に入るのは、成金貴族出身のヴィヴィアンを王家に入れる事を、陛下がお厭いになったから。王家から離れるのだから、イグナスとナシエルの立場は安寧だ」と理解し、二人の婚約に賛成する立場に回ったのだが、サーラ王女リンジーは、納得しなかったのだ。
サーラから来たお目付け役達に、引きずられるようにして帰国したリンジーは、それからも、何かにつけて、ヴィヴィアンの存在を無視し、アーヴァインに求婚している。
広く招待客を招く形で婚約式を行ってしまえば、何を仕出かそうとするか判らない。
リンジーの父親であるサーラ王弟も、娘が他国の国家行事で仕出かそうとした暴挙と、現実を見ようとしない頑なさにとうとう匙を投げ、彼女は近々、修道院に入れられる。
リンジーが隔離され、安全を確保出来るまでは、ヴィヴィアンを公の場に出すべきではない、と言うのが、アーヴァイン及び、両家の養父であるクロッカード公爵とランドリック侯爵の総意だった。
他にも、問題はある。
ヴィヴィアンを養女に出す事を受け入れた実父スタンリーが、「やはり、ヴィヴィアンはクレメント家の娘として、アーヴァイン殿下に嫁がせます」と言い出したのだ。
スタンリーは、ヴィヴィアンが黒衣の青年貴族と親しくしているとの噂は把握していたものの、その男性が第二王子アーヴァインであるとは、露とも思っていなかった。
だからこそ、簡単にランドリック侯爵の申し出を受け入れたわけだが、アーヴァインがヴィヴィアンに求婚した事で、掌を返した。
スタンリーの目的は明らかで、クレメント家とクロッカード公爵家、ひいては王家との伝手を作る事。
だが、ヴィヴィアンをランドリック侯爵家の養女にしたのは、クレメント家の商売にアーヴァインの名を使わせない為でもある。
下手な事が起きれば、元王子であるアーヴァインの名誉が汚され、ヴィヴィアンの評判も地に落ちる。
この期に及んで、娘の幸せよりも金儲けを優先するスタンリーに、ランドリック侯爵は憤り、保護者として、スタンリーとヴィヴィアンの面会を認めていない。
その為、婚約式にヴィヴィアンの身内として出席したのは、養親となったランドリック侯爵夫妻のみ。
けれど、ヴィヴィアンにとっては、実両親であるクレメント男爵夫妻よりも、まだ出会って半年に満たないランドリック侯爵夫妻の方が、ずっと『親』として、ヴィヴィアンの事を考えてくれているとの実感があった。
家族とは、血の繋がりで決められるものではなく、互いが互いを思いやる気持ちこそが大切なのだろう。
ヴィヴィアンの周辺環境は大きく変わったし、彼女自身の人生の捉え方も随分と変わった。
けれど、変わらないものもある。
幼馴染であるジュノとの関係だ。
ジュノは、アーヴァインの正体に驚き、ヴィヴィアンと結ばれた事を喜び、ヴィヴィアンの手を取って涙を流した。
「公爵夫人なんて、ますます、遠くなっちゃうわね」
「何言ってるの。私は私、変わらないわ。それに、毎月のお茶会は続行よ?あぁ、今度は、リドリー夫人とヤルク夫人も是非、お誘いしたいわね」
「まぁ!二人とも喜ぶわよ」
少しずつ。少しずつ。
友人、と呼べる人を、増やしていこう。
面倒だから、と言う言葉を言い訳にして、閉じ籠っていた狭い世界から、広い世界を覗いてみたい。
ヴィヴィアンが思っていたよりも、世界はずっと、優しいのだから。
***
「そう言えば、ヴィヴィアン。前から聞きたかったんだが」
「なぁに?」
季節は移り変わり、二人が出会ってからもう直ぐ一年。
正式に婚約者となってから初めての夜会に、アーヴァインとヴィヴィアンは初めて、最初から連れ立って会場を訪れていた。
これからは、偶然を装って会場で落ち合う必要もない。
相変わらず、アーヴァインは黒の礼装を着ているが、刺繍に銀が入っていたり、カフスボタンに翡翠が使われていたり、と細部にヴィヴィアンの監修が入るようになり、男振りに一層の磨きが掛かっていた。
女性だけでなく、男性もまた、思わず目を奪われる美丈夫振りだ。
夜の神の隣に立つのは、正に月の女神。
淡いクリーム色の総レースのドレスは、胸下で切り替えられ、足元にすとんと流れ落ちている。
大きくスカートを膨らませないドレスは、流行とはかけ離れたものだったが、曲線的な体のラインを持つヴィヴィアンのスタイルを、際立たせていた。
大きく開けられた胸元を飾るのは、銀細工にメレダイヤをふんだんに散りばめた首飾り。
素材こそ銀だが、銀線を薔薇の形に加工した首飾りは、レースのように繊細で、ヴィヴィアンの白い肌によく映えている。
モンドリアの銀山の情報を得てから、ヴィヴィアンが懇意の宝飾職人を送り込んでいた、とアーヴァインが知ったのは、最近の事。
新しいデザインの提案は、概ね、好意的に受け入れられ、銀線細工の注文を増えて来ている。
一人ずつでも目立つ彼等が、二人並んでいれば、人々の注目を浴びるのは当然の事だ。
掛けられる祝福の言葉に、にこやかに返礼するのに疲れ、少し休憩を、と、バルコニーに出て一息吐いた所で、アーヴァインが尋ねたのが、
「何で突然、夜会に出るようになったんだ?」
と言うものだった。
「うん?」
「いや、一年前まで、ヴィヴィアンは必要最低限の夜会にしか出ていないだろう?お茶会も、バレント男爵夫人との個人的なものだけだし」
何でそんな事まで知っているのだろう、と思いながらも、アーヴァインの、もとい、彼の部下の情報収集能力は凄い。
流石、王家直属。
「だが、去年は積極的に夜会に参加していたよな。それも、一人で。だからこそ、俺の目に留まったわけだし」
「あ~…」
暫く忘れていた『計画』に、ヴィヴィアンは思わず、遠い目になった。
「それ、聞いちゃう?」
「聞いたらまずかったか?隠し事…は、まぁ、ゼロは無理にしても、出来るだけヴィヴィアンの事を知りたい、と思うのは、我儘か?」
こう言う時のアーヴァインは、ご主人の顔色を窺う犬のような目をしている、と、ヴィヴィアンは思う。
そして、アーヴァインにそんな顔をされると、何でも許したくなってしまう。
「初めは、あの環境から連れ出せるような力を持った相手を探してるのかと考えていたんだが、その割に、自分から動く事もないし、つまらなさそうな顔をしてたからな。俺が声を掛けてからは、俺の目的に付き合ってくれてたんだろうと判るんだが…そもそも、何の為に出席してたんだ?」
興味津々です、と書いてあるアーヴァインの顔から、ヴィヴィアンはそっと目を逸らした。
こうなったら、アーヴァインは、しつこ…粘り強い。
「えーと……うしの、為…」
「ん?聞こえなかった」
「おっさん化防止の為!」
「……は?」
『おっさんかぼうし』。
音声が脳内で上手く変換出来なくて、アーヴァインはきょとんと目を見開いた。
「つまり…?」
「あ~……だから、前にちらっと話した事があるでしょう?『女』でいる為には、特定の誰かでなくていいから、ドキドキしたり、ときめいたり、きゅんっとする事が大事なんだ、って話を友人にされた、って」
「ん?…あぁ、あったな。武術大会の時か」
「正確には、このまま、女を捨てた生活をしてると、将来、おっさんになっちゃうわよ、って脅されたのよ」
「おっさん…」
頭の中で漸く、『おっさん化防止』と変換出来て、アーヴァインは複雑な顔をした。
目の前には、アーヴァインが月の女神と呼ぶ美しいヴィヴィアンの姿。
彼女が、おっさん化する?
おっさん、って、あの、おっさんだろう?
「もう少し、俺にも判るように、だな…」
「だからね?どれだけ美容にお金を掛けようと、寄る年波には勝てないじゃない。なのに、ジュノは何だか、前よりも綺麗になったのよ。理由を聞いたら、その…夫婦円満だからだ、って惚気られて」
少し赤い頬で言う『夫婦円満』とはつまり、そう言う事だ。
「でも、私には、そう言う相手はいなかったし。面倒だから探す気もなかったし。だったらせめて、人の恋愛模様を見てドキドキしたり、王道ラブストーリーの舞台を見てときめいたり、凛々しい騎士様を見てきゅんっとしたり、心を潤すものを探しなさい、って半ば強制的に…だって、幾ら何でも、おっさんになるのは嫌だもの」
「おっさん、なぁ…」
呆れたような声になるのは、仕方がない。
けれど。
「じゃあ、ヴィヴィアンはもう、大丈夫だな」
「え」
「俺がいるんだから」
そう言うと、アーヴァインは、ニヤリ、と男くさい笑みを浮かべた。
ヴィヴィアンの正面に立つと、彼女の顔を、吐息が掛かる程近くから、覗き込む。
「ドキドキ、ときめき、きゅんっ、だったか?」
「…アーヴァイン?」
アーヴァインの大きな手の甲が、意外な程の繊細さで、ヴィヴィアンの頬を撫でた。
「どうだ?ドキドキするか?」
「な、に」
問われた瞬間、ばくん、と大きく鼓動が波打って、ヴィヴィアンの頬が、カッと熱くなる。
「ヴィヴィアン。俺の月の女神」
俯きそうになった顔を、アーヴァインの固い指先が顎に添えられて、そっと持ち上げられる。
「君に、生涯の愛と忠誠を」
ふわり、と鼻先を掠めるアーヴァインの香水の香り。
そのまま、柔らかな熱を唇に押し当てられて、ヴィヴィアンは思わず、目を閉じる。
「愛してる」
一度離れた唇は、小さくそう告げて、口づけは深いものへと変わっていった。
少し強引な程に強く抱き締める腕が、抵抗を許さない。
くたりと力の抜けたヴィヴィアンの腰をしっかりと抱き寄せると、アーヴァインは真っ赤になったヴィヴィアンの耳殻に、ちゅ、と口づける。
「返事は?」
「、ぇ」
「俺の事を、どう思ってる?」
「ぁ…」
思えば、はっきりと好意を口にした事はなかった。
ヴィヴィアンは、熱に浮かされたような頭で、
「…好きよ…」
と口にして、自分で言った言葉に、首元まで赤く染める。
あぁ。
これが、満たされる、と言う事か。
ドキドキして、ときめいて、きゅんっとして。
確かに、この人の事を、胸が痛くなる位に想っている。
「貴方がいると、心が満たされるの。これが、幸せって事かしら」
「奇遇だな。俺も今、そう思ってた」
居場所がない、と途方に暮れていた迷子達は、互いの傍らを己の居場所と定めた。
人生とは困難の連続で、穏やかに過ごせる日々だけではない。
けれど、例え、どれ程苦しくとも、心を預けられる人が、共にいてくれるのであれば。
きっと、「良い人生だった」と笑って逝ける。
密やかな誓いを、月だけが聞いていた。
END
王族や大貴族ともなれば、『婚約式』を執り行って、広く社交界に披露する事が一般的だが、二人は、身内だけの会食のみで済ませた。
表向きには、国内最高序列の社交の場である大舞踏会で、既に婚約を公表している為。
アーヴァインの発言を受けて、正式に婚約が調う前にも関わらず、あらゆる思惑の祝いの品が、王家にもランドリック侯爵家にも、既にたくさん届けられている。
ここで、改めて婚約式を執り行ってしまえば、祝いを二重に強要するようなものだ、と、アーヴァインは冗談めかして重臣に語ったらしいが、勿論、本音は別だ。
王太子妃ジゼルは、「アーヴァインがクロッカード公爵家に入るのは、成金貴族出身のヴィヴィアンを王家に入れる事を、陛下がお厭いになったから。王家から離れるのだから、イグナスとナシエルの立場は安寧だ」と理解し、二人の婚約に賛成する立場に回ったのだが、サーラ王女リンジーは、納得しなかったのだ。
サーラから来たお目付け役達に、引きずられるようにして帰国したリンジーは、それからも、何かにつけて、ヴィヴィアンの存在を無視し、アーヴァインに求婚している。
広く招待客を招く形で婚約式を行ってしまえば、何を仕出かそうとするか判らない。
リンジーの父親であるサーラ王弟も、娘が他国の国家行事で仕出かそうとした暴挙と、現実を見ようとしない頑なさにとうとう匙を投げ、彼女は近々、修道院に入れられる。
リンジーが隔離され、安全を確保出来るまでは、ヴィヴィアンを公の場に出すべきではない、と言うのが、アーヴァイン及び、両家の養父であるクロッカード公爵とランドリック侯爵の総意だった。
他にも、問題はある。
ヴィヴィアンを養女に出す事を受け入れた実父スタンリーが、「やはり、ヴィヴィアンはクレメント家の娘として、アーヴァイン殿下に嫁がせます」と言い出したのだ。
スタンリーは、ヴィヴィアンが黒衣の青年貴族と親しくしているとの噂は把握していたものの、その男性が第二王子アーヴァインであるとは、露とも思っていなかった。
だからこそ、簡単にランドリック侯爵の申し出を受け入れたわけだが、アーヴァインがヴィヴィアンに求婚した事で、掌を返した。
スタンリーの目的は明らかで、クレメント家とクロッカード公爵家、ひいては王家との伝手を作る事。
だが、ヴィヴィアンをランドリック侯爵家の養女にしたのは、クレメント家の商売にアーヴァインの名を使わせない為でもある。
下手な事が起きれば、元王子であるアーヴァインの名誉が汚され、ヴィヴィアンの評判も地に落ちる。
この期に及んで、娘の幸せよりも金儲けを優先するスタンリーに、ランドリック侯爵は憤り、保護者として、スタンリーとヴィヴィアンの面会を認めていない。
その為、婚約式にヴィヴィアンの身内として出席したのは、養親となったランドリック侯爵夫妻のみ。
けれど、ヴィヴィアンにとっては、実両親であるクレメント男爵夫妻よりも、まだ出会って半年に満たないランドリック侯爵夫妻の方が、ずっと『親』として、ヴィヴィアンの事を考えてくれているとの実感があった。
家族とは、血の繋がりで決められるものではなく、互いが互いを思いやる気持ちこそが大切なのだろう。
ヴィヴィアンの周辺環境は大きく変わったし、彼女自身の人生の捉え方も随分と変わった。
けれど、変わらないものもある。
幼馴染であるジュノとの関係だ。
ジュノは、アーヴァインの正体に驚き、ヴィヴィアンと結ばれた事を喜び、ヴィヴィアンの手を取って涙を流した。
「公爵夫人なんて、ますます、遠くなっちゃうわね」
「何言ってるの。私は私、変わらないわ。それに、毎月のお茶会は続行よ?あぁ、今度は、リドリー夫人とヤルク夫人も是非、お誘いしたいわね」
「まぁ!二人とも喜ぶわよ」
少しずつ。少しずつ。
友人、と呼べる人を、増やしていこう。
面倒だから、と言う言葉を言い訳にして、閉じ籠っていた狭い世界から、広い世界を覗いてみたい。
ヴィヴィアンが思っていたよりも、世界はずっと、優しいのだから。
***
「そう言えば、ヴィヴィアン。前から聞きたかったんだが」
「なぁに?」
季節は移り変わり、二人が出会ってからもう直ぐ一年。
正式に婚約者となってから初めての夜会に、アーヴァインとヴィヴィアンは初めて、最初から連れ立って会場を訪れていた。
これからは、偶然を装って会場で落ち合う必要もない。
相変わらず、アーヴァインは黒の礼装を着ているが、刺繍に銀が入っていたり、カフスボタンに翡翠が使われていたり、と細部にヴィヴィアンの監修が入るようになり、男振りに一層の磨きが掛かっていた。
女性だけでなく、男性もまた、思わず目を奪われる美丈夫振りだ。
夜の神の隣に立つのは、正に月の女神。
淡いクリーム色の総レースのドレスは、胸下で切り替えられ、足元にすとんと流れ落ちている。
大きくスカートを膨らませないドレスは、流行とはかけ離れたものだったが、曲線的な体のラインを持つヴィヴィアンのスタイルを、際立たせていた。
大きく開けられた胸元を飾るのは、銀細工にメレダイヤをふんだんに散りばめた首飾り。
素材こそ銀だが、銀線を薔薇の形に加工した首飾りは、レースのように繊細で、ヴィヴィアンの白い肌によく映えている。
モンドリアの銀山の情報を得てから、ヴィヴィアンが懇意の宝飾職人を送り込んでいた、とアーヴァインが知ったのは、最近の事。
新しいデザインの提案は、概ね、好意的に受け入れられ、銀線細工の注文を増えて来ている。
一人ずつでも目立つ彼等が、二人並んでいれば、人々の注目を浴びるのは当然の事だ。
掛けられる祝福の言葉に、にこやかに返礼するのに疲れ、少し休憩を、と、バルコニーに出て一息吐いた所で、アーヴァインが尋ねたのが、
「何で突然、夜会に出るようになったんだ?」
と言うものだった。
「うん?」
「いや、一年前まで、ヴィヴィアンは必要最低限の夜会にしか出ていないだろう?お茶会も、バレント男爵夫人との個人的なものだけだし」
何でそんな事まで知っているのだろう、と思いながらも、アーヴァインの、もとい、彼の部下の情報収集能力は凄い。
流石、王家直属。
「だが、去年は積極的に夜会に参加していたよな。それも、一人で。だからこそ、俺の目に留まったわけだし」
「あ~…」
暫く忘れていた『計画』に、ヴィヴィアンは思わず、遠い目になった。
「それ、聞いちゃう?」
「聞いたらまずかったか?隠し事…は、まぁ、ゼロは無理にしても、出来るだけヴィヴィアンの事を知りたい、と思うのは、我儘か?」
こう言う時のアーヴァインは、ご主人の顔色を窺う犬のような目をしている、と、ヴィヴィアンは思う。
そして、アーヴァインにそんな顔をされると、何でも許したくなってしまう。
「初めは、あの環境から連れ出せるような力を持った相手を探してるのかと考えていたんだが、その割に、自分から動く事もないし、つまらなさそうな顔をしてたからな。俺が声を掛けてからは、俺の目的に付き合ってくれてたんだろうと判るんだが…そもそも、何の為に出席してたんだ?」
興味津々です、と書いてあるアーヴァインの顔から、ヴィヴィアンはそっと目を逸らした。
こうなったら、アーヴァインは、しつこ…粘り強い。
「えーと……うしの、為…」
「ん?聞こえなかった」
「おっさん化防止の為!」
「……は?」
『おっさんかぼうし』。
音声が脳内で上手く変換出来なくて、アーヴァインはきょとんと目を見開いた。
「つまり…?」
「あ~……だから、前にちらっと話した事があるでしょう?『女』でいる為には、特定の誰かでなくていいから、ドキドキしたり、ときめいたり、きゅんっとする事が大事なんだ、って話を友人にされた、って」
「ん?…あぁ、あったな。武術大会の時か」
「正確には、このまま、女を捨てた生活をしてると、将来、おっさんになっちゃうわよ、って脅されたのよ」
「おっさん…」
頭の中で漸く、『おっさん化防止』と変換出来て、アーヴァインは複雑な顔をした。
目の前には、アーヴァインが月の女神と呼ぶ美しいヴィヴィアンの姿。
彼女が、おっさん化する?
おっさん、って、あの、おっさんだろう?
「もう少し、俺にも判るように、だな…」
「だからね?どれだけ美容にお金を掛けようと、寄る年波には勝てないじゃない。なのに、ジュノは何だか、前よりも綺麗になったのよ。理由を聞いたら、その…夫婦円満だからだ、って惚気られて」
少し赤い頬で言う『夫婦円満』とはつまり、そう言う事だ。
「でも、私には、そう言う相手はいなかったし。面倒だから探す気もなかったし。だったらせめて、人の恋愛模様を見てドキドキしたり、王道ラブストーリーの舞台を見てときめいたり、凛々しい騎士様を見てきゅんっとしたり、心を潤すものを探しなさい、って半ば強制的に…だって、幾ら何でも、おっさんになるのは嫌だもの」
「おっさん、なぁ…」
呆れたような声になるのは、仕方がない。
けれど。
「じゃあ、ヴィヴィアンはもう、大丈夫だな」
「え」
「俺がいるんだから」
そう言うと、アーヴァインは、ニヤリ、と男くさい笑みを浮かべた。
ヴィヴィアンの正面に立つと、彼女の顔を、吐息が掛かる程近くから、覗き込む。
「ドキドキ、ときめき、きゅんっ、だったか?」
「…アーヴァイン?」
アーヴァインの大きな手の甲が、意外な程の繊細さで、ヴィヴィアンの頬を撫でた。
「どうだ?ドキドキするか?」
「な、に」
問われた瞬間、ばくん、と大きく鼓動が波打って、ヴィヴィアンの頬が、カッと熱くなる。
「ヴィヴィアン。俺の月の女神」
俯きそうになった顔を、アーヴァインの固い指先が顎に添えられて、そっと持ち上げられる。
「君に、生涯の愛と忠誠を」
ふわり、と鼻先を掠めるアーヴァインの香水の香り。
そのまま、柔らかな熱を唇に押し当てられて、ヴィヴィアンは思わず、目を閉じる。
「愛してる」
一度離れた唇は、小さくそう告げて、口づけは深いものへと変わっていった。
少し強引な程に強く抱き締める腕が、抵抗を許さない。
くたりと力の抜けたヴィヴィアンの腰をしっかりと抱き寄せると、アーヴァインは真っ赤になったヴィヴィアンの耳殻に、ちゅ、と口づける。
「返事は?」
「、ぇ」
「俺の事を、どう思ってる?」
「ぁ…」
思えば、はっきりと好意を口にした事はなかった。
ヴィヴィアンは、熱に浮かされたような頭で、
「…好きよ…」
と口にして、自分で言った言葉に、首元まで赤く染める。
あぁ。
これが、満たされる、と言う事か。
ドキドキして、ときめいて、きゅんっとして。
確かに、この人の事を、胸が痛くなる位に想っている。
「貴方がいると、心が満たされるの。これが、幸せって事かしら」
「奇遇だな。俺も今、そう思ってた」
居場所がない、と途方に暮れていた迷子達は、互いの傍らを己の居場所と定めた。
人生とは困難の連続で、穏やかに過ごせる日々だけではない。
けれど、例え、どれ程苦しくとも、心を預けられる人が、共にいてくれるのであれば。
きっと、「良い人生だった」と笑って逝ける。
密やかな誓いを、月だけが聞いていた。
END
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ふたりを取り巻く世界が暖かく、
輝き初めて良かったです。
私も幸せな気持ちになりました😃💕
ありがとうございました😆💕✨
ヴィヴィの変化…良いですね!
友人を増やすのもいいし、今までしてこなかった自己主張をもっとするのも良い。
変わらずのジュノとの関係…今度はヴィヴィも恋バナが出来るよ😁
もっと深い話も(笑)
ヴィヴィ、ア-ヴァインにドキドキ、ときめいて、きゅんして、愛されて、どんどん綺麗になって下さい💘
オッサン化の未来はもうない(笑)
「君に、生涯の愛と忠誠を」
カッコイイ!ア-ヴァイン、決める所決めますよね。
ちょっと強引な所もグッ!👍
お互いがどれだけ得難い存在か。互いの隣で、時にはわがままを、時には安らぎを、愛し愛されて…。
完結お疲れ様でした😊
とても面白かったです!
ア-ヴァインとヴィヴィのからみ、キュンキュンしてました(笑)
素敵な物語ありがとうございました🌸
素敵などきどき、ときめき、きゅんをありがとうございました。
最後に最大のきゅんをいただきました!