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「この時間、こちらのバルコニーは私が借りておりますので、話が漏れる事はありません」
コンラートの言葉は、事実なのだろう。
バルコニーには、カウチと膝掛け、そして氷で冷やした飲み物のボトルが幾つか用意されている。
「手際がいい事。わたくしに断られるとは、お思いにならなかったの?」
「そうですね…予想とは少々異なる流れにはなりましたが、大筋では期待通りです」
飲み物の種類を目で問われたヴィヴィアンは、果実水を指先で示した。
「どうぞ」
カウチに腰を下ろしたヴィヴィアンにグラスを渡すと、コンラートもまた、彼女の隣に腰を掛ける。
「何故、私が勝負しないといけないのか、ですが」
「結構よ。理由を知る必要はありませんわ。わたくしの役割だけ、教えてくださればいいの」
バルコニーの光源は、三か所に掲げられたランタンのみ。
薄暗いバルコニーから、満天の星空が見える。
コンラートには視線を向けず、月を見上げながら、ヴィヴィアンは喉を湿した。
「貴方が必要なのは、『夫と不仲の』、『それなりに見栄えのする』、『若い既婚貴族女性』でしょう?わたくしに何をさせたいのかが判れば、それでいいの」
「…思っていた以上に思い切りがいいのですね」
「違うわ。理由を聞いたら、取引不成立にしにくくなるではありませんか。わたくしはまだ、貴方のお申し入れを受けるとは決めておりませんもの」
「なるほど」
コンラートは、少し考える顔をしてから、一つ頷いた。
「私は、暫くの間、貴方の信奉者になりたいのです。貴方以外の女性は目に入らない、貴方に尽くしたい、そんな男になりたいのですよ」
「わたくしの不遇に心痛め、救い出したいと思うと同時に、人妻だから、容易には想いを打ち明けられない、と言った所かしら?」
「話が早いですね」
「一定期間が経過したら、道ならぬ想いだから、と、身を引く、と」
「そう言う事です。飽くまで、一方的に私が想いを寄せるだけ。貴方の名誉に傷をつける事はないと、お約束します」
全く悪びれずに頷くコンラートに、ヴィヴィアンは暫し、考える。
既に、コンラートは大勢の人前で、ヴィヴィアンへの好意を示している。
コンラートがその姿を見せたい相手が『誰』なのかは不明だが、勝負は始まっている、と言うからには、相手に伝わる目算があるのだろう。
「政略結婚で娶った妻と離縁したい、との理由ではないですわよね?泥沼は、ごめん被ります」
「私は、未婚です」
「ならば、意に添わぬ婚約から逃れたい、とか、そう言う事なのでしょうけれど…わたくしが相手で、お相手は納得なさるかしら?」
ヴィヴィアンは、自分がそれなりに目立つ容姿である自覚はある。
リンデンバーグで一般的な色合いは、茶色の髪に明度の低い青や灰色の瞳だ。
色素が薄い方が美しいとされ、髪色なら金、瞳の色なら明るい青が好まれる。
だからこそ、貴族には金髪が多いのだ。
そんな人々の中で、ヴィヴィアンは銀髪に珊瑚色の瞳。
隣国カナル出身の母譲りの色だが、リンデンバーグでは極めて珍しい。
同じ母を持つきょうだいの中でも、唯一、ヴィヴィアンだけが継いだ色だった。
「と言うと?」
「貴方のように見目麗しい殿方が信奉する女性、と言う設定に説得力があるのかしら、と言う事です。人の好みはそれぞれですけれど、縁談を回避するだけの説得力がないといけないのでしょう?」
「ご心配なさらず。全てを踏まえた上で、貴方に話を持ち掛けているのですから。実際に近くでお話して、期待以上のお美しさと頭の回転の早さに、感動している所です」
「まぁ、お上手ですこと」
ヴィヴィアンは、自分の商品価値を落さないように美容を意識しているし、身に付けるドレスも洗練されているから、一見すれば美人の範疇だろう。
けれど、うっかりすると、おっさん化してしまうリスク持ちだ。
年齢だけは重ねているが、恋愛の『れ』の字も知らないヴィヴィアンに、コンラートのような、百戦錬磨に見える男性が心酔すると言う設定は、難易度が高く見える。
だが、コンラートがヴィヴィアンで事足りると言うのならば、そこはヴィヴィアンが考慮すべき点ではないのか。
「貴方の存在を利用させて頂く交換条件なのですが。宝石やドレス、ましてや私とのデートでは、対価にならない、と仰いましたね」
「えぇ。欲しい物は自分で買うし、デートに興味はないもの」
「ならば、『自由』を差し上げる、と言うのはいかがでしょう」
「…『自由』?」
聞き馴染みのない言葉だ。
いや、辞書的な意味合いは知っている。
ただ、ヴィヴィアンには生まれた時から、『自由』などなかっただけで。
「貴方の仰る『自由』とは?」
「貴方をそこから解放します。ブライトン伯爵夫人と言う地位からも、クレメント男爵令嬢と言う地位からも」
予想通り、コンラートはヴィヴィアンの事を事前に調査していたらしい。
ヴィヴィアンはコンラートの事を何も知らないのに、一方的に背景を把握されている事を不快に思う。
だが、質問したら、深入りする事になってしまう。
必要以上に他人の事情に踏み込むのは、面倒だ。
「私には、その力があります」
「つまり…夫と離婚して、実家にも戻らずに済むようにしてくださる、と言う事?」
「えぇ」
「…でも、それだけでは足りないわ。リンデンバーグの女性の社会進出は、まだまだ進んでおりませんもの。夫に離縁された貴族女性が一人で暮らせる程、この国は甘くありません。だったら、名ばかりの妻であっても、誰かの庇護下にある方が『自由』よ」
トビアスと離婚してクレメント家に戻ったとしても、今度はまた別の政略結婚に送り込まれるだけの事。
トビアスはヴィヴィアンに興味がないから、放っておいてくれるが、下手に色ボケ老人の後妻にでも送り込まれると面倒だ。
だが、実家との縁を切ってしまえば、それはそれで、ヴィヴィアンにとって大きな支障がある。
「貴方は、クレメント商会の役員の一人ですね?貴方の目利きで取引を始めた商品が、幾つも売れ筋になって商会の売り上げに貢献している。そこから得た役員報酬を、貴方はブライトン伯爵の私欲に提供している筈だ」
「…」
リンデンバーグ王国では、貴族女性が自らの手で金銭を得るのは、外聞が悪いとされる。
その為、ヴィヴィアンがクレメント商会の役員である事は、トビアスも知らない。
愛人の為に無心している金の出所を考える事すら、あの男はしないのだが、コンラートはそこまで調べているらしい。
容易には表に出ない情報を得られるこの男は、何者なのだろう。
「そこまでご存知なら、お分かりでしょう?例え、夫と離縁したとしても、実家に戻ればまた別の政略結婚に使われるだけ。実家と縁を切れば、わたくしの収入は断たれる。『自由』など、程遠いわ」
「ご自分で商会を立ち上げればいい」
「無理よ。父が許す筈がない。潰されるわ」
「この国ならば、そうでしょう。ですが、サーラなら?サーラは、リンデンバーグよりも女性の社会進出が進んでいます」
ヴィヴィアンはこの時、漸く、コンラートの顔を見た。
「…貴方、サーラ人なの?」
「いいえ、リンデンバーグ人ですよ。ただ、サーラでは十年ほど暮らしていました。先日、帰国したばかりです。あちらに伝手もありますから、移住も商会立ち上げも、ご協力出来るかと」
ヴィヴィアンは、にこやかな顔を崩さないコンラートを見つめたまま、暫し、考える。
正直に言ってしまえば、リンデンバーグへの思い入れはない。
隣国とは言え、サーラまでは容易に行き来出来ない距離だから、この国で築いて来た人間関係は置いていかないといけない。
それを前提に考えても、ジュノ以外の人間の事は、割とどうでもいい、と思っている自分がいる。
実の家族ではあるが、娘に意思などないと考えている父も、流されるままに生きて来てメソメソしている母も、ミニチュア版父である兄達も、どうでもいい。
嫁いだ姉達は、嫁ぎ先でよくして貰っているのだから、十分だろう。
ジュノだって、彼女自身の家族があるのだから、いつまでもヴィヴィアンの事を心配させておくのはよくない気がする。
「…判ったわ。この取引、乗りましょう」
「良かった。何としても説得しようと思っていましたが、英断に感謝します」
改めて、と、コンラートがグラスを掲げ、二人は、取引成立の乾杯をした。
「では、これから私達は、取引終了まで協力者と言う事で。よろしくお願い致します」
「えぇ。…その前に、一ついいかしら?」
「何でしょう」
「その、取って付けたような話し方を止めてくださらない?まだるっこしいのは、嫌いなの。本来の貴方でいいわ」
コンラートは、片眉を器用にクイ、と上げると、溜息を吐く。
「人が折角、格好をつけていると言うのに」
「人前では、格好つけてくださってかまわなくてよ」
「なら、君も飾らずに接してくれ、ヴィヴィアン」
不意に名を呼ばれて、ヴィヴィアンは肩を竦める。
いい声で呼び捨てられる自分の名は、どうにも刺激が強い。
「了解。共犯者だものね」
コンラートは、先程までの上品な微笑みとは打って変わって、ニィ、と口端を吊り上げ、野性的な笑みを浮かべると、グラスを口に運んだ。
「期間は、そうだな、一先ず、大舞踏会まで。夜会で会う度に、君にまとわりつく俺を、適当にあしらっている姿を見せてくれればいい。お父上やご夫君に何か言われたら、『お話しているだけ』、『交際を申し込まれたわけでもないのに、お断りするなんて自意識過剰』とか何とか誤魔化して。また、状況の変化に応じて、細かく打ち合わせていこう」
「えぇ」
こうして、二人の秘密裡の取引が、始まった。
コンラートの言葉は、事実なのだろう。
バルコニーには、カウチと膝掛け、そして氷で冷やした飲み物のボトルが幾つか用意されている。
「手際がいい事。わたくしに断られるとは、お思いにならなかったの?」
「そうですね…予想とは少々異なる流れにはなりましたが、大筋では期待通りです」
飲み物の種類を目で問われたヴィヴィアンは、果実水を指先で示した。
「どうぞ」
カウチに腰を下ろしたヴィヴィアンにグラスを渡すと、コンラートもまた、彼女の隣に腰を掛ける。
「何故、私が勝負しないといけないのか、ですが」
「結構よ。理由を知る必要はありませんわ。わたくしの役割だけ、教えてくださればいいの」
バルコニーの光源は、三か所に掲げられたランタンのみ。
薄暗いバルコニーから、満天の星空が見える。
コンラートには視線を向けず、月を見上げながら、ヴィヴィアンは喉を湿した。
「貴方が必要なのは、『夫と不仲の』、『それなりに見栄えのする』、『若い既婚貴族女性』でしょう?わたくしに何をさせたいのかが判れば、それでいいの」
「…思っていた以上に思い切りがいいのですね」
「違うわ。理由を聞いたら、取引不成立にしにくくなるではありませんか。わたくしはまだ、貴方のお申し入れを受けるとは決めておりませんもの」
「なるほど」
コンラートは、少し考える顔をしてから、一つ頷いた。
「私は、暫くの間、貴方の信奉者になりたいのです。貴方以外の女性は目に入らない、貴方に尽くしたい、そんな男になりたいのですよ」
「わたくしの不遇に心痛め、救い出したいと思うと同時に、人妻だから、容易には想いを打ち明けられない、と言った所かしら?」
「話が早いですね」
「一定期間が経過したら、道ならぬ想いだから、と、身を引く、と」
「そう言う事です。飽くまで、一方的に私が想いを寄せるだけ。貴方の名誉に傷をつける事はないと、お約束します」
全く悪びれずに頷くコンラートに、ヴィヴィアンは暫し、考える。
既に、コンラートは大勢の人前で、ヴィヴィアンへの好意を示している。
コンラートがその姿を見せたい相手が『誰』なのかは不明だが、勝負は始まっている、と言うからには、相手に伝わる目算があるのだろう。
「政略結婚で娶った妻と離縁したい、との理由ではないですわよね?泥沼は、ごめん被ります」
「私は、未婚です」
「ならば、意に添わぬ婚約から逃れたい、とか、そう言う事なのでしょうけれど…わたくしが相手で、お相手は納得なさるかしら?」
ヴィヴィアンは、自分がそれなりに目立つ容姿である自覚はある。
リンデンバーグで一般的な色合いは、茶色の髪に明度の低い青や灰色の瞳だ。
色素が薄い方が美しいとされ、髪色なら金、瞳の色なら明るい青が好まれる。
だからこそ、貴族には金髪が多いのだ。
そんな人々の中で、ヴィヴィアンは銀髪に珊瑚色の瞳。
隣国カナル出身の母譲りの色だが、リンデンバーグでは極めて珍しい。
同じ母を持つきょうだいの中でも、唯一、ヴィヴィアンだけが継いだ色だった。
「と言うと?」
「貴方のように見目麗しい殿方が信奉する女性、と言う設定に説得力があるのかしら、と言う事です。人の好みはそれぞれですけれど、縁談を回避するだけの説得力がないといけないのでしょう?」
「ご心配なさらず。全てを踏まえた上で、貴方に話を持ち掛けているのですから。実際に近くでお話して、期待以上のお美しさと頭の回転の早さに、感動している所です」
「まぁ、お上手ですこと」
ヴィヴィアンは、自分の商品価値を落さないように美容を意識しているし、身に付けるドレスも洗練されているから、一見すれば美人の範疇だろう。
けれど、うっかりすると、おっさん化してしまうリスク持ちだ。
年齢だけは重ねているが、恋愛の『れ』の字も知らないヴィヴィアンに、コンラートのような、百戦錬磨に見える男性が心酔すると言う設定は、難易度が高く見える。
だが、コンラートがヴィヴィアンで事足りると言うのならば、そこはヴィヴィアンが考慮すべき点ではないのか。
「貴方の存在を利用させて頂く交換条件なのですが。宝石やドレス、ましてや私とのデートでは、対価にならない、と仰いましたね」
「えぇ。欲しい物は自分で買うし、デートに興味はないもの」
「ならば、『自由』を差し上げる、と言うのはいかがでしょう」
「…『自由』?」
聞き馴染みのない言葉だ。
いや、辞書的な意味合いは知っている。
ただ、ヴィヴィアンには生まれた時から、『自由』などなかっただけで。
「貴方の仰る『自由』とは?」
「貴方をそこから解放します。ブライトン伯爵夫人と言う地位からも、クレメント男爵令嬢と言う地位からも」
予想通り、コンラートはヴィヴィアンの事を事前に調査していたらしい。
ヴィヴィアンはコンラートの事を何も知らないのに、一方的に背景を把握されている事を不快に思う。
だが、質問したら、深入りする事になってしまう。
必要以上に他人の事情に踏み込むのは、面倒だ。
「私には、その力があります」
「つまり…夫と離婚して、実家にも戻らずに済むようにしてくださる、と言う事?」
「えぇ」
「…でも、それだけでは足りないわ。リンデンバーグの女性の社会進出は、まだまだ進んでおりませんもの。夫に離縁された貴族女性が一人で暮らせる程、この国は甘くありません。だったら、名ばかりの妻であっても、誰かの庇護下にある方が『自由』よ」
トビアスと離婚してクレメント家に戻ったとしても、今度はまた別の政略結婚に送り込まれるだけの事。
トビアスはヴィヴィアンに興味がないから、放っておいてくれるが、下手に色ボケ老人の後妻にでも送り込まれると面倒だ。
だが、実家との縁を切ってしまえば、それはそれで、ヴィヴィアンにとって大きな支障がある。
「貴方は、クレメント商会の役員の一人ですね?貴方の目利きで取引を始めた商品が、幾つも売れ筋になって商会の売り上げに貢献している。そこから得た役員報酬を、貴方はブライトン伯爵の私欲に提供している筈だ」
「…」
リンデンバーグ王国では、貴族女性が自らの手で金銭を得るのは、外聞が悪いとされる。
その為、ヴィヴィアンがクレメント商会の役員である事は、トビアスも知らない。
愛人の為に無心している金の出所を考える事すら、あの男はしないのだが、コンラートはそこまで調べているらしい。
容易には表に出ない情報を得られるこの男は、何者なのだろう。
「そこまでご存知なら、お分かりでしょう?例え、夫と離縁したとしても、実家に戻ればまた別の政略結婚に使われるだけ。実家と縁を切れば、わたくしの収入は断たれる。『自由』など、程遠いわ」
「ご自分で商会を立ち上げればいい」
「無理よ。父が許す筈がない。潰されるわ」
「この国ならば、そうでしょう。ですが、サーラなら?サーラは、リンデンバーグよりも女性の社会進出が進んでいます」
ヴィヴィアンはこの時、漸く、コンラートの顔を見た。
「…貴方、サーラ人なの?」
「いいえ、リンデンバーグ人ですよ。ただ、サーラでは十年ほど暮らしていました。先日、帰国したばかりです。あちらに伝手もありますから、移住も商会立ち上げも、ご協力出来るかと」
ヴィヴィアンは、にこやかな顔を崩さないコンラートを見つめたまま、暫し、考える。
正直に言ってしまえば、リンデンバーグへの思い入れはない。
隣国とは言え、サーラまでは容易に行き来出来ない距離だから、この国で築いて来た人間関係は置いていかないといけない。
それを前提に考えても、ジュノ以外の人間の事は、割とどうでもいい、と思っている自分がいる。
実の家族ではあるが、娘に意思などないと考えている父も、流されるままに生きて来てメソメソしている母も、ミニチュア版父である兄達も、どうでもいい。
嫁いだ姉達は、嫁ぎ先でよくして貰っているのだから、十分だろう。
ジュノだって、彼女自身の家族があるのだから、いつまでもヴィヴィアンの事を心配させておくのはよくない気がする。
「…判ったわ。この取引、乗りましょう」
「良かった。何としても説得しようと思っていましたが、英断に感謝します」
改めて、と、コンラートがグラスを掲げ、二人は、取引成立の乾杯をした。
「では、これから私達は、取引終了まで協力者と言う事で。よろしくお願い致します」
「えぇ。…その前に、一ついいかしら?」
「何でしょう」
「その、取って付けたような話し方を止めてくださらない?まだるっこしいのは、嫌いなの。本来の貴方でいいわ」
コンラートは、片眉を器用にクイ、と上げると、溜息を吐く。
「人が折角、格好をつけていると言うのに」
「人前では、格好つけてくださってかまわなくてよ」
「なら、君も飾らずに接してくれ、ヴィヴィアン」
不意に名を呼ばれて、ヴィヴィアンは肩を竦める。
いい声で呼び捨てられる自分の名は、どうにも刺激が強い。
「了解。共犯者だものね」
コンラートは、先程までの上品な微笑みとは打って変わって、ニィ、と口端を吊り上げ、野性的な笑みを浮かべると、グラスを口に運んだ。
「期間は、そうだな、一先ず、大舞踏会まで。夜会で会う度に、君にまとわりつく俺を、適当にあしらっている姿を見せてくれればいい。お父上やご夫君に何か言われたら、『お話しているだけ』、『交際を申し込まれたわけでもないのに、お断りするなんて自意識過剰』とか何とか誤魔化して。また、状況の変化に応じて、細かく打ち合わせていこう」
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