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<エピローグ>
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***
婚約発表から二週間。
アマリアが、王城に越す日がやってきた。
婚儀を上げるまでは暫くあるものの、これからは、彼女の身の安全の確保及び王族としての勉強の為、王城に滞在する事となる。
本当なら、婚約発表と同時に移動を済ませたかったのだが、補佐官としての執務がユリアスの婚儀の準備で忙しく、十分な準備が出来なかったのだ。
アマリアが王城に持ち込んだのは、身の回りの僅かな品のみ。
衣類や装飾品は、王族として相応しいものを改めて支度するし、調度品も伯爵家から持ち込めるようなものはない。
精々、母が使用していたと言うレース編み用の編針を持ち込んだ位だ。
レナルドとローワンの連名で贈りたいと、事前に連絡が来ている品がある為、その辺りも調整しながら、準備していく予定となっている。
アマリア本人は特に拘りがなく、また、王族に相応しい格の品と言われてもさっぱり判らず、完全にお任せになってしまっている事が申し訳ない。
婚儀が済めば、ランドールの居室と続き間になっている部屋に住む事となるが、それまでは、王城の貴賓室に滞在する事になる。
各国の貴賓の滞在用に用意されている部屋である為、警備は厳重であるものの、如何せん、王族の居住空間からは離れた場所だ。
いずれ共に住むのだから、本来の部屋に入ってもいいだろう、と、ランドールはアマリアが同じ王城に居ながらも直ぐに駆けつけられない場所に住む事に抵抗したが、様々な点で異例の結婚である事は事実なので、誰からも嘴を挟まれないように完璧な手順を踏むよう、窘められていた。
一日の半分を補佐官室での執務に、残りの半分を王族としての教育に当てる事になるアマリアに、アレクシスが、手元の書面を繰りながら、説明を始めた。
「アマリア様付きの侍女の選定を、現在、エリカ殿が行って下さっていますが、少々決定までお待ち下さい。…まぁ、事情はお判りかと思いますが」
王宮に勤めている侍女は、アマリアにきつく当たっていた者が多い。
こちらにわだかまりはなくとも、彼女達の気持ちの切り替えには時間が掛かるだろう。
「決定するまでは、身の回りのお世話はエリカ殿が、予定管理及び外部との窓口はジェイクが、ランドール殿下の侍従と兼任します」
呼ばれたジェイクが頭を下げるのを確認して、アレクシスが言葉を続ける。
「なお、オルカがアマリア様付きを希望して、王宮侍女の登用試験を受けるそうです。オルカは子爵家の娘ですが、贔屓目を抜きにしても、社交界での人脈は広い方でしょう。実際の採用試験はエリカ殿にお任せしておりますので、私に人事権はありません。ですが、もしも、お側につく事になりましたら、遠慮なくご活用ください」
「まぁ、オルカ様が…」
オルカとは、在位記念式典で人物情報を補強して貰って以来、何かと顔を合わせる機会が多い。
婚約者であるアレクシスよりも、会う頻度が高いのではないかと、申し訳なく思う程だ。
「アマリア様が王城入りしてからのお衣装ですが、ミーシャが張り切っておりますので、ご安心ください。まずは日常的にお召しになる普段着からご用意しております。そちらが一段落した所で、婚儀のお衣装をご用意する予定となっております」
ジェイクが、婚儀の衣装について言及した事で、アマリアが頬を染め、傍らのランドールを見上げた。
ランドールが、表情を和らげて、
「楽しみだな」
と、囁く。
「チートスから派遣される魔術師団ですが、今週中には到着予定となっております。ご婚儀までには、王宮の魔術的防衛の強化が図れる予定です。魔術師団と共に、アーダム・サザーランドも入国します。アイヴァンとアーダムは、今後、サンドラ殿の傘下で魔術師として訓練されます」
ロイスワルズ王家で話し合った結果、アイヴァンは魔術師として学び、生涯、ロイスワルズ王家に忠誠を誓う事で贖罪とする旨が決定された。
サングラの言葉通り、彼には魔術師の素養があったのだ。
魔法石の鉱脈に乏しいロイスワルズは、チートスと比べて魔術師となれる人材に欠ける。
幾ら、指導者を招聘しても、学べる者がいなくては意味がない。
レナルドやローワンとも話し合い、アンジェリカの出家後もチートスに残っていたアーダムを呼び寄せ、双子を共に魔術師として育成していく事にした。
一見、恩赦に見えるが、魔術師の修行をこの年から始めるのは遅い。
彼らにとって、血反吐を吐く程の厳しいものとなる事は想像に難くない。
だが、アイヴァンとアーダムはこの決定に深く感謝し、ロイスワルズ王家もといランドールに、心からの忠誠を誓った。
いずれは、美貌の双子の魔術師が誕生する事になるだろう。
「あとですね、アイノス家の処分についてご報告します。デレク・アイノスは、私文書偽造の罪により、貴族籍を剥奪。その結果、実家から勘当、当主タイタンは責任を取って引退、長子サミュエルが跡を継ぎます。現状、ミナン領への処罰は特にありませんが、五年の猶予を取って、猶予期間内に領政の改革を行えなければ、領地没収となりました。危機感ゼロの領が、どう変化するか…またはしないか、見ものですね」
アレクシスは、黒い笑みを浮かべた。
アマリアへの態度を腹に据えかねていたのは、アレクシスも一緒だ。
婚約破棄はデレクの独断だったようだが、それに気づかなかったアイノス家そのものの評価が、現在、地に落ちている。
領地運営を任せるに相応しくない、と見られているのだ。
「デレクのその後ですが、因果応報といいますか。勘当された後、親しく付き合っていた食堂の看板娘の元に身を寄せようとしたものの、『貴族でないなら、貴方に価値はない』とバッサリ切り捨てられたようですよ。幸いにも、職場では継続して雇って貰えるようですから、食い詰める事はないでしょう。看板娘がまた、なかなかの悪女でして。無邪気な顔をして、たくさんの男を手玉に取っては貢がせていたそうです。この娘も、被害届が多く届けられたと言う事で、街の警邏隊が捕縛しています」
「…真実の愛とは、軽いものなのですね」
アレクシスの調査で、デレクが婚約破棄した直接のきっかけが、この娘である事は既に判明している。
真実の愛に目覚めた結果の婚約破棄だったのではなかったのか、と、アマリアは苦笑した。
「それは違うな、アマリア。あの者は、偽物の愛を見抜けなかっただけの事だ。俺から貴女への愛を、疑われては困る」
ランドールがアマリアの手を取って、指先に口づけると、アレクシスが白けた目で彼を見る。
アマリアは、幾度触れられても慣れずに、指先を強張らせた。
仲の良さを見せつけ、横槍を入れられないようにする為だ、と嘯いて、ランドールはアマリアと共にいると、折に触れて彼女に触れようとする。
執務中はお控え下さいね、と、羞恥で涙目になったアマリアに咎められ、謝り倒したのはそう遠い話ではない。
「殿下…いいですか、くれぐれも、くれぐれも!ご婚儀の前は、色ぉんな事をお控え下さいね?アマリア様に、ご迷惑をお掛けしませんように。きちんと。き・ち・ん・と、手順を踏みましょうね?」
「心外だな、私が無体をするように見えるか」
「見えるから言ってるんです!アマリア様、大丈夫です、殿下はこう見えて頑丈ですから、もしも危険を感じたら、容赦なく、バシンとやっちゃって下さい」
厳しい口調で、バシン、と擬音をつけながら拳を突き上げる真似をするアレクシスに、アマリアも真面目な顔をして答えた。
「判りました、アレクシス様がそう仰るのでしたら。いざとなったら、バシンといきます」
「…アマリア…貴女までそんな事を…」
がくりと肩を落として、ついでのようにアマリアの肩を抱き寄せようとするランドールの手の甲を、アレクシスが抓んで離す。
「殿下。俺が何年、オルカを待たせているかお判りですか」
氷点下まで冷え込んだアレクシスの声に、ランドールは呻いた。
確実に私怨が入っているが、それも仕方ないだろう。
「…く…っ」
アレクシスが結婚出来ないのは、補佐官室の仕事が多忙なせい。
そして、婚約者との充実した時間と円満な関係の必要性を、理解していなかったランドールのせいだ。
アマリアと言う婚約者を得た今、愛する者と過ごせない時間の辛さは、よく判る。
顔を合わす事、言葉を交わす事、その手に触れる事。
それが、どれだけ精神衛生上、重要な役割を果たしている事か。
正式に婚約者として王城に迎えられた今、気持ちが浮き立って留まる事がない。
手の届く所にアマリアがいると思うと、抱き寄せたくて、声を聞きたくて、仕方がない。
もしも、もっと早くに理解出来ていたのなら、何としてでもアレクシスに家庭を持たせただろうに。
こんな所で、仕返しを受けるとは。
「判ってはいるが…漸く、王城に呼び寄せる事が出来たのに…。アマリアに、何をしてやればいいのか…」
見た事がない程に情けない顔をするランドールに、アマリアが微笑する。
「ランドール様。私は今、とても幸せですよ?」
これから、リリーナに王族としての心構えを教わりがてらお茶をする予定が入っている為、アマリアは、執務中に纏っているお仕着せではなく、手触りの良い生地でミーシャが仕立てた茶会用のドレスを身に着けている。
それは、アマリアが嘗てトゥランジア家で着ていた物よりも、数段上等なものだったが、彼女は着る物がどれだけ変わっても、ランドールに対する態度を変える事はない。
ランドールが、婚礼準備品として装飾品やドレスをどれ程贈ろうと、心から喜び感謝を示すが、舞い上がる事はない。
庭で摘んだ一輪の花も、夜会用に誂えた髪飾りも、学術的な書物も、アマリアにとっては等しく、ランドールが彼女の為に心を配ってくれた大切な贈り物なのだ。
「アマリア…!」
思わずアマリアを抱き締めようとするランドールを、背後からアレクシスとジェイクが羽交い絞めにした。
「殿下!春までの辛抱ですから…っ」
アレクシスの悲鳴に、ランドールが渋々と頷く。
春は、もう直ぐそこ。
END
婚約発表から二週間。
アマリアが、王城に越す日がやってきた。
婚儀を上げるまでは暫くあるものの、これからは、彼女の身の安全の確保及び王族としての勉強の為、王城に滞在する事となる。
本当なら、婚約発表と同時に移動を済ませたかったのだが、補佐官としての執務がユリアスの婚儀の準備で忙しく、十分な準備が出来なかったのだ。
アマリアが王城に持ち込んだのは、身の回りの僅かな品のみ。
衣類や装飾品は、王族として相応しいものを改めて支度するし、調度品も伯爵家から持ち込めるようなものはない。
精々、母が使用していたと言うレース編み用の編針を持ち込んだ位だ。
レナルドとローワンの連名で贈りたいと、事前に連絡が来ている品がある為、その辺りも調整しながら、準備していく予定となっている。
アマリア本人は特に拘りがなく、また、王族に相応しい格の品と言われてもさっぱり判らず、完全にお任せになってしまっている事が申し訳ない。
婚儀が済めば、ランドールの居室と続き間になっている部屋に住む事となるが、それまでは、王城の貴賓室に滞在する事になる。
各国の貴賓の滞在用に用意されている部屋である為、警備は厳重であるものの、如何せん、王族の居住空間からは離れた場所だ。
いずれ共に住むのだから、本来の部屋に入ってもいいだろう、と、ランドールはアマリアが同じ王城に居ながらも直ぐに駆けつけられない場所に住む事に抵抗したが、様々な点で異例の結婚である事は事実なので、誰からも嘴を挟まれないように完璧な手順を踏むよう、窘められていた。
一日の半分を補佐官室での執務に、残りの半分を王族としての教育に当てる事になるアマリアに、アレクシスが、手元の書面を繰りながら、説明を始めた。
「アマリア様付きの侍女の選定を、現在、エリカ殿が行って下さっていますが、少々決定までお待ち下さい。…まぁ、事情はお判りかと思いますが」
王宮に勤めている侍女は、アマリアにきつく当たっていた者が多い。
こちらにわだかまりはなくとも、彼女達の気持ちの切り替えには時間が掛かるだろう。
「決定するまでは、身の回りのお世話はエリカ殿が、予定管理及び外部との窓口はジェイクが、ランドール殿下の侍従と兼任します」
呼ばれたジェイクが頭を下げるのを確認して、アレクシスが言葉を続ける。
「なお、オルカがアマリア様付きを希望して、王宮侍女の登用試験を受けるそうです。オルカは子爵家の娘ですが、贔屓目を抜きにしても、社交界での人脈は広い方でしょう。実際の採用試験はエリカ殿にお任せしておりますので、私に人事権はありません。ですが、もしも、お側につく事になりましたら、遠慮なくご活用ください」
「まぁ、オルカ様が…」
オルカとは、在位記念式典で人物情報を補強して貰って以来、何かと顔を合わせる機会が多い。
婚約者であるアレクシスよりも、会う頻度が高いのではないかと、申し訳なく思う程だ。
「アマリア様が王城入りしてからのお衣装ですが、ミーシャが張り切っておりますので、ご安心ください。まずは日常的にお召しになる普段着からご用意しております。そちらが一段落した所で、婚儀のお衣装をご用意する予定となっております」
ジェイクが、婚儀の衣装について言及した事で、アマリアが頬を染め、傍らのランドールを見上げた。
ランドールが、表情を和らげて、
「楽しみだな」
と、囁く。
「チートスから派遣される魔術師団ですが、今週中には到着予定となっております。ご婚儀までには、王宮の魔術的防衛の強化が図れる予定です。魔術師団と共に、アーダム・サザーランドも入国します。アイヴァンとアーダムは、今後、サンドラ殿の傘下で魔術師として訓練されます」
ロイスワルズ王家で話し合った結果、アイヴァンは魔術師として学び、生涯、ロイスワルズ王家に忠誠を誓う事で贖罪とする旨が決定された。
サングラの言葉通り、彼には魔術師の素養があったのだ。
魔法石の鉱脈に乏しいロイスワルズは、チートスと比べて魔術師となれる人材に欠ける。
幾ら、指導者を招聘しても、学べる者がいなくては意味がない。
レナルドやローワンとも話し合い、アンジェリカの出家後もチートスに残っていたアーダムを呼び寄せ、双子を共に魔術師として育成していく事にした。
一見、恩赦に見えるが、魔術師の修行をこの年から始めるのは遅い。
彼らにとって、血反吐を吐く程の厳しいものとなる事は想像に難くない。
だが、アイヴァンとアーダムはこの決定に深く感謝し、ロイスワルズ王家もといランドールに、心からの忠誠を誓った。
いずれは、美貌の双子の魔術師が誕生する事になるだろう。
「あとですね、アイノス家の処分についてご報告します。デレク・アイノスは、私文書偽造の罪により、貴族籍を剥奪。その結果、実家から勘当、当主タイタンは責任を取って引退、長子サミュエルが跡を継ぎます。現状、ミナン領への処罰は特にありませんが、五年の猶予を取って、猶予期間内に領政の改革を行えなければ、領地没収となりました。危機感ゼロの領が、どう変化するか…またはしないか、見ものですね」
アレクシスは、黒い笑みを浮かべた。
アマリアへの態度を腹に据えかねていたのは、アレクシスも一緒だ。
婚約破棄はデレクの独断だったようだが、それに気づかなかったアイノス家そのものの評価が、現在、地に落ちている。
領地運営を任せるに相応しくない、と見られているのだ。
「デレクのその後ですが、因果応報といいますか。勘当された後、親しく付き合っていた食堂の看板娘の元に身を寄せようとしたものの、『貴族でないなら、貴方に価値はない』とバッサリ切り捨てられたようですよ。幸いにも、職場では継続して雇って貰えるようですから、食い詰める事はないでしょう。看板娘がまた、なかなかの悪女でして。無邪気な顔をして、たくさんの男を手玉に取っては貢がせていたそうです。この娘も、被害届が多く届けられたと言う事で、街の警邏隊が捕縛しています」
「…真実の愛とは、軽いものなのですね」
アレクシスの調査で、デレクが婚約破棄した直接のきっかけが、この娘である事は既に判明している。
真実の愛に目覚めた結果の婚約破棄だったのではなかったのか、と、アマリアは苦笑した。
「それは違うな、アマリア。あの者は、偽物の愛を見抜けなかっただけの事だ。俺から貴女への愛を、疑われては困る」
ランドールがアマリアの手を取って、指先に口づけると、アレクシスが白けた目で彼を見る。
アマリアは、幾度触れられても慣れずに、指先を強張らせた。
仲の良さを見せつけ、横槍を入れられないようにする為だ、と嘯いて、ランドールはアマリアと共にいると、折に触れて彼女に触れようとする。
執務中はお控え下さいね、と、羞恥で涙目になったアマリアに咎められ、謝り倒したのはそう遠い話ではない。
「殿下…いいですか、くれぐれも、くれぐれも!ご婚儀の前は、色ぉんな事をお控え下さいね?アマリア様に、ご迷惑をお掛けしませんように。きちんと。き・ち・ん・と、手順を踏みましょうね?」
「心外だな、私が無体をするように見えるか」
「見えるから言ってるんです!アマリア様、大丈夫です、殿下はこう見えて頑丈ですから、もしも危険を感じたら、容赦なく、バシンとやっちゃって下さい」
厳しい口調で、バシン、と擬音をつけながら拳を突き上げる真似をするアレクシスに、アマリアも真面目な顔をして答えた。
「判りました、アレクシス様がそう仰るのでしたら。いざとなったら、バシンといきます」
「…アマリア…貴女までそんな事を…」
がくりと肩を落として、ついでのようにアマリアの肩を抱き寄せようとするランドールの手の甲を、アレクシスが抓んで離す。
「殿下。俺が何年、オルカを待たせているかお判りですか」
氷点下まで冷え込んだアレクシスの声に、ランドールは呻いた。
確実に私怨が入っているが、それも仕方ないだろう。
「…く…っ」
アレクシスが結婚出来ないのは、補佐官室の仕事が多忙なせい。
そして、婚約者との充実した時間と円満な関係の必要性を、理解していなかったランドールのせいだ。
アマリアと言う婚約者を得た今、愛する者と過ごせない時間の辛さは、よく判る。
顔を合わす事、言葉を交わす事、その手に触れる事。
それが、どれだけ精神衛生上、重要な役割を果たしている事か。
正式に婚約者として王城に迎えられた今、気持ちが浮き立って留まる事がない。
手の届く所にアマリアがいると思うと、抱き寄せたくて、声を聞きたくて、仕方がない。
もしも、もっと早くに理解出来ていたのなら、何としてでもアレクシスに家庭を持たせただろうに。
こんな所で、仕返しを受けるとは。
「判ってはいるが…漸く、王城に呼び寄せる事が出来たのに…。アマリアに、何をしてやればいいのか…」
見た事がない程に情けない顔をするランドールに、アマリアが微笑する。
「ランドール様。私は今、とても幸せですよ?」
これから、リリーナに王族としての心構えを教わりがてらお茶をする予定が入っている為、アマリアは、執務中に纏っているお仕着せではなく、手触りの良い生地でミーシャが仕立てた茶会用のドレスを身に着けている。
それは、アマリアが嘗てトゥランジア家で着ていた物よりも、数段上等なものだったが、彼女は着る物がどれだけ変わっても、ランドールに対する態度を変える事はない。
ランドールが、婚礼準備品として装飾品やドレスをどれ程贈ろうと、心から喜び感謝を示すが、舞い上がる事はない。
庭で摘んだ一輪の花も、夜会用に誂えた髪飾りも、学術的な書物も、アマリアにとっては等しく、ランドールが彼女の為に心を配ってくれた大切な贈り物なのだ。
「アマリア…!」
思わずアマリアを抱き締めようとするランドールを、背後からアレクシスとジェイクが羽交い絞めにした。
「殿下!春までの辛抱ですから…っ」
アレクシスの悲鳴に、ランドールが渋々と頷く。
春は、もう直ぐそこ。
END
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