光と音を失った貴公子が望んだのは、醜いと厭われた私の声でした。

緋田鞠

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   ***

 アマリアが王城に通うようになって、二週間。
 次第に、ランドールとの息が合ってきたように思う。
 書類をアマリアが読み上げ、ランドールが内容を確認し、問題があれば差し戻す。問題がなければ、ランドールの署名を入れる。
 署名こそ、目が見えずとも手に覚えた感覚で書けるが、位置が判らない為、アマリアがランドールの手に手を添えて署名する位置を教え、墨をつけた硝子ペンを持たせる。
 初めは、ランドールの手に直接触れる事に躊躇していたアマリアだが、彼の目となり耳となり、場合によっては手足になるのが職務であり、飽くまで補助具なのだ、と冷静に徹している。
 いざ、仕事を始めてみると、アマリアが書類を読み上げる速度と、普段、ランドールが執務を進める速度が合わずに、一日で済ませる予定の仕事が思惑通り終了しなかった。
 目で読むよりも、声を出して読み上げる方が、時間が掛かるのは当然の事だ。
 目が見えなくなる前と同じだけの分量を割り振られても、とてもではないが一日で済ませる事の出来るものではない。
 また、元々、声を使う仕事ではないアマリアが書類を読み上げると言う事は、それだけ喉を酷使すると言う事でもある。
 初日の夕方には声が掠れ、ランドールはその時、改めて、相手が生身の人間である実感を得たようだった。
「無理をさせているようだな。焦っていたらしい」
 執務が滞っている事への焦りから、おおよそ現実的ではない予定を組んでしまっていた事に気づいて、ランドールはアマリアに謝罪する。
「申し訳ございません。お聞き苦しいですよね」
「いや、私が無理をさせたのだ。今日はこれまでにしよう」
 幾ら、アマリアの声であれば聞き取れるとは言え、これまでにない執務の方法では、ランドール自身の負担も大きいだろう、と、アマリアは素直に受け入れた。
「殿下、アマリアさんは勿論ですが、殿下もお疲れでしょう。俺が割り振っておいて何ですが、もう少し、仕事量を減らす事は出来ませんか」
 補佐官室とランドールの執務室を行き来しながら、書類の割り振りをしつつ、自身の執務も行っていたアレクシスが、眉を顰める。
 アレクシスの言葉をアマリアが伝えると、ランドールは右手を顎にやり、考え込んだ。
 イアンには国王として、エリクには宰相として、ユリアスには騎士団長として、それぞれ、膨大な量の仕事がある。
 だが、それ以外の仕事が全て、ランドールに回ってきている事も事実だった。
「だが…誰に何を任せればいい?」
「それは…」
 言葉に詰まるアレクシスを見て、アマリアは恐る恐る声を上げた。
「あの…差し出がましいようですが、本日、処理した中で、王宮で行われる茶会の手配が何件かございました。茶会の手配であれば、王妃殿下やリリーナ妃殿下、王女殿下方にも、お手伝い頂けるのではないでしょうか?実際に出席される方々なのですから、会場の装飾や菓子類にも、お好みがあると思うのですが」
 虚を突かれたように、ランドールがアマリアに顔を向ける。
 仮面に覆われているのに、強い視線を感じて、アマリアは覚えず俯いた。
「申し訳ございません、内容について詮索しないというお約束ですのに」
「いや、責めているわけではない。なるほど、そういう視点もあるのか…」
 ロイスワルズの女性王族は、他国を表敬訪問したり、被災地を慰問したり、茶会や夜会の主催者として客をもてなす事を公務として行っている。
 それはそれで大事な仕事なのだが、毎日入っているわけではないから、時間の余裕はある。
 茶会の手配であれば、ランドール配下の補佐官が、参加者の好みや開催時期に合わせ、会場の装飾から茶菓子まで選定し、それを確認した上でランドールが許可していたが、ランドールではなく、主催となる王族に許可を任せるのは、いい案に思える。
「アレクシス。次に母上が主催される茶会の申請書はあるか?」
「こちらに」
 アレクシスに手渡された書類をアマリアが読み上げると、ランドールは一つ頷いた。
「母上に、この流れで仕事が出来そうかお尋ねしてみよう。問題ないようであれば、王妃殿下方にも依頼しやすいだろう」
 リリーナは、息子からの依頼に快く応えた。
 以来、少しずつ、他の者に任せられそうな仕事を見つけては割り振っていき、ランドールの元に回ってくる書類は、以前の七割程まで減っている。
 アマリアも、喉が疲れにくく、ランドールが聞きやすい声量が判って来たし、初日の提案以来、ランドールが何かとアマリアの意見を尋ねてくれるのも嬉しい。
 無理は禁物だから、と、小休憩を挟みながら仕事をするようになったからか、
「殿下の顔色が良くなった…!」
と、アレクシスが喜んでいたのも嬉しい。
 最初のうちは迷子になり掛けては、立番の騎士に道案内を乞うていたものの、二週間経てば、執務室までの道は問題なく行けるようになった。
 王宮に勤め始めて、職場に向かうのがこれ程楽しいのは、初めてかもしれない。
 自分が役に立っている、と言う実感を、肌で感じられている。
 執務室までの廊下を辿りながら、僅かに頬が緩んだ時。
 前方から数人の足音がして、アマリアは壁際に下がって頭を下げる。
 王城内には、限られた人間しか入る事が出来ない。
 その限られた人間の殆どが、侍女であるアマリアよりも身分の高い人物だ。
 石の廊下に固く高く響く音は、女性特有の踵の高い靴によるものだろう。
 通り過ぎるのを頭を下げたまま待っていたアマリアの前で、コツ、と足音が止まる。
「あなた」
 若い娘の声に、アマリアは面を上げた。
 視界に、柔らかそうな素材で出来た薄紅色のドレスが映る。
「はい」
「見ない顔ね。新しい侍女を入れた、とは、誰からも聞いていないのに。…まぁ、王族の侍女にしては冴えないけれど」
 目の前に立っていたのは、大人へと変わりつつある年頃の少女だった。
 雪のように白い肌に、大きな菫色の瞳が輝き、ふっくらとした唇は赤く色づいている。
 だが、その愛らしい顔に似合わずきつい口調でアマリアの容姿を揶揄すると、追従するように少女の背後に立つ女官達からもくすくすと笑う声が聞こえた。
「一体、何処の所属なのかしら」
 王城に住む者として、不審な人物は気になるだろう、と思いつつ、どのように説明しようかとアマリアは考えを巡らせた。
「おや、エイダ殿下。どうなさいましたか?」
「アレク!」
 国王夫妻の第五王女エイダ。
 先日、十六歳になったばかりの若き王女の名を、背後から現れたアレクシスが呼ぶと、エイダの意識はアマリアから逸れたようだった。
「ランディお兄様に会いに行ったのよ。でも、お忙しいとかで、取り次いで貰えなかったわ。急に茶会の手配を任されたから、お兄様に話を聞いて貰おうと思ったのに」
 ぷく、と頬を膨らませて不満を表明するエイダに、アレクシスは困ったように笑った。
「申し訳ございません、殿下。ランドール殿下は今、陛下の在位記念式典と、ユリアス殿下のご結婚の儀で、本当にご多忙なのですよ。王宮に行く余裕すらない位、お仕事漬けなんです。エイダ殿下の事は、常に気にしてらっしゃるのですが。…茶会の手配に、何か問題でも生じましたか?茶会担当の補佐官を寄越しましょうか」
「あぁ、うぅん、それは大丈夫。内容を見て、問題なければ署名するだけでしょう?急に、これまで聞いた事のない仕事が来たから、驚いただけ。いつもなら、ランディお兄様がなさってるじゃない」
「ランドール殿下がご多忙故に、王族の皆様にもご協力頂いているのですよ。このままでは、殿下がお体を壊してしまうかもしれませんので、俺が殿下に泣いてお願いしました」
「まぁ!アレク、貴方、泣いたの?」
「はい、泣きましたよ~」
 おどけたように、アレクシスが笑う。
「殿下に休んで頂けないと、俺も休めませんしね」
「もう!アレクったら、悪い人ねぇ」
 クスクスと機嫌良く笑うエイダの様子を見て、アレクシスが、
「ところで、」
と、話題を変える。
「彼女が、どうかしましたか?」
 アマリアを目で示しながら尋ねると、あぁ、と、エイダは頷いた。
「これまで、王城で見た事のない侍女だから、所属を聞いただけ」
「左様でしたか。彼女は、補佐官室付として勤めているのです。ランドール殿下が王城の執務室をお使いなので、こちらに来ているんですよ」
「補佐官室付?…お兄様の侍女って事…?」
「いいえ、ランドール殿下の侍女ではありません。殿下がご多忙と言う事は、補佐官室もめちゃくちゃ忙しいって事ですからね、色々と日常の些事が疎かになっているのです。その為の侍女ですよ。それにしてもエイダ殿下は、王城付きの侍女を全て覚えてらっしゃるのですか?流石です」
「それは…こんなに背が高くて赤い髪の目立つ侍女なら、これまでにいたかどうか位、判るわ」
「あぁ、確かに綺麗な髪色ですよね」
 ニコニコと笑うアレクシスに毒気を抜かれたのか、エイダは鼻白んだ顔をして、背後の女官達に扇子で移動の指示を出した。
「アレク、じゃあ、わたくし、もう部屋に帰るわ。ランディお兄様によろしくお伝えしてね」
「はい、必ずお伝えします」
 足音が遠ざかってから、漸く、アマリアは顔を上げた。
 女官三人を連れたエイダの後ろ姿が、廊下の彼方に見える。
 黄金のような豊かな巻き毛は、窓のない中廊下でも、輝いていた。
 ロイスワルズ人の中でも小柄に見えるが、十六と言う年から考えると、もう少し背が伸びるだろうか。
「ふぅ」
 溜息が聞こえて、アマリアはハッとアレクシスに意識を戻した。
「まぁ、いつかは事情を知らない王族の方に遭遇すると思いましたが…初っ端がエイダ様ですか」
 今の所、ランドールの状態を知っているのは、国王であるイアンと、ランドールの家族のみ。
 王妃マグダレナとその娘達には、知らせていない。
 蚊帳の外と言うわけではないのだが、事情を知る人間が一人増えれば、意図的に流さなくとも、何処からか情報が洩れやすくなる事を、経験上、知っているからだ。
「取り敢えず、執務室へどうぞ」
 アレクシスに促されて、アマリアは部屋に入った。
 今後、同様の事を聞かれた場合、先程のアレクシスと同じように回答しなくてはならない、と、頭の中で反復していると、
「あぁ、殿下はまだ、お戻りじゃないですね」
 アレクシスの声に、部屋の主が不在な事に気づく。
「お出掛けなのですか?」
「いえ、隣の応接間で、宮廷魔術師殿と魔術医療師殿の定期診察です。直ぐにいらっしゃると思いますから、先に本日分の仕事を整理しておきましょう」
 アレクシスに促されるまま、書類の整理を始めると、アレクシスが意味深な顔でアマリアに問い掛けた。
「エイダ様の事を、アマリアさんはご存知ですか?」
「エイダ王女殿下ですか?いえ…先程、初めてお目に掛かりました。お名前しか存じ上げておりません」
「そうですよね。まだ成人したばかりで、表に出るような公務も済ませていらっしゃらないですし。俺は、殿下の乳兄弟として幼い頃からご一緒してますから、エイダ様がお生まれになった頃からの付き合いなのですが」
 思案気に首を傾げると、アレクシスはアマリアに向き直る。
「アマリアさんには、まだ暫く、王城に出入りして頂かないといけません。今日の事で、エイダ様に個人として印象づいたでしょうから、今後、それが理由で何か問題が発生しないとも限りません。ここだけの話、として、幾つか情報を押さえておいて頂いていいですか?」
「問題…ですか?」
 首を傾げるアマリアに、アレクシスは頷く。
「エイダ様は、国王ご夫妻の五人のご息女の中でも年の離れた末娘でいらっしゃいます。姉君達にも、殿下ご兄弟にも、大変可愛がられて何不自由なく育ちました。末っ子らしいと言いますか、真っ直ぐなご気性で、自己肯定感が高く、ご自分の感情にとても素直なのです」
 先程、声を掛けられた時にも、自分の行動に間違いはない、と、エイダの声は自信に満ちているように聞こえた。
 自分に自信がないアマリアからすると、眩いばかりだ。
「そして、エイダ様は、中でも殿下が好きで好きで大好きなんですよ。殿下は、兄として慕ってくれていると思ってるみたいですけど…まぁ、過去のあれやこれやと俺が知ってる諸々の話を総合するに、かなり本気で殿下の配偶者の座を狙っていると思われます」
「従兄妹でしたら、ご結婚も可能ですものね」
「そう言う事ですね。なので、殿下の周囲にご令嬢の影を見ると、思いがけない行動を取られる事があるのです」
「それは仕方ないと思います。殿下は文武両道で美しく、人品共に素晴らしいお方ですもの。そんな方が身近にいて、慕わないわけがありません」
 にこやかに、アマリアが答える。
「エイダ王女殿下も、とても美しい方です。殿下のお傍には、釣り合いの取れる方を、と願うのは当然ではないでしょうか。私にお声を掛けられたのは、王城内で見掛けない侍女だとお気づきになったからです。とても目配りをされている、しっかりした王女殿下で、臣として誇らしく思います」
 エイダに悪感情を持っても不思議ではない言葉を掛けられたアマリアの、意表を突く発言に、アレクシスは面白そうに口元に笑みを浮かべた。
「アマリアさんも、ランドール殿下に憧れてたりしないんですか?まぁ、執務中の殿下って、結構鬼ですけど」
「心より、尊敬しております。僅かでもお支えする事が出来ているのであれば、光栄です」
「尊敬、ねぇ…本当に憧れではなく?殿下の周囲のご令嬢は、皆様、殿下の視界に入ろうと奮闘してらっしゃいます。その中でアマリアさんは、常にお傍にいられるという意味で、一歩先んじてるんですよ」
 敢えて意地の悪い質問をしたアレクシスに、アマリアは、思いがけない言葉を聞いたようにきょとんとする。
「ご安心下さい、アレクシス様。私は、身の程を弁えております。成就するしないに関わらず、何方かを愛しく思う気持ちは大切でしょう。貴族として、家の為の結婚も大切でしょう。でも、今の私には、どちらも縁のないものですから。王族の皆様のご結婚は、私のような地方貴族では想像もつかない思惑があるのでしょうが、私自身は、殿下には心から望まれる方とご結婚して頂きたいと思っております。家柄の釣り合いも、政略も大事ですけれど…その先ずっと、共に暮らすお相手なのですから、お互いを思い合える方と添って頂きたいです。ですから、そのお相手がエイダ王女殿下なのであれば、心より祝福致します」
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「…私は、エイダ王女殿下に妬心を抱かれるような者では…」
「繰り返しますが、エイダ様がどうお考えになるか、なのです。補佐官室付の侍女がいる、と言う事を知ったエイダ様が、どう動かれるか判りません。殿下は体が回復するまで、エイダ様と顔を合わせる事が出来ませんが、なかなか面会出来ない事に業を煮やしたエイダ様が、貴女を通じて、何とか殿下と接触しようと試みるかもしれません。貴女の代わりに、子飼いの侍女を送り込んで情報を得ようとするかもしれません。王城に限らず、王宮は、そう言う場所なんです。こちらの都合で引き込んだ上に、面倒事に巻き込みそうで申し訳ないのですが、出来る限り、一人にならないように。昼食も、これまでは使用人の食堂まで行ってらしたようですが、俺達と一緒に応接間で取るように手配しましょう…あぁ、殿下に相談して、王城内に部屋を用意させた方がいいですね」
 話しているうちに、色々な可能性に思い当たったらしい。
「え?」
 アマリアが戸惑うと、アレクシスは申し訳なさそうに眉を下げた。
「うん、ちょっと、甘く考えてました。殿下の補助をどうすれば出来るかばかりで…状況を、十分に配慮出来てませんでした。貴女の事は信頼していますが、侍女である貴女であれば与しやすいと考えて、身分を嵩に着て情報を得ようとする者もいないとは限りませんから。貴女と、殿下の安全の為なのです。ご協力下さい」
 ランドールの安全の為。
 そう言われてしまえば、アマリアには何も言う事が出来ない。
 その時、左隣の扉を叩く音がして、初老の顎髭を長く伸ばした男性が顔を出す。
「アレクシス殿、そのご令嬢かな?守護石を持っていたのは」
「はい、そうです。こちらが、アマリア・トゥランジア伯爵令嬢です。アマリアさん、あの方は、宮廷魔術師のハイネ・サングラ殿です」
「初めてお目に掛かります、アマリア・トゥランジアと申します」
「ご丁寧にどうも、サングラです。少し、貴女の力をお借りしたいのだが、いいですかな?」
「私でよろしければ、何なりと」
「では、応接間に。アレクシス殿、トゥランジア嬢をお借りするよ」 
 サングラの後について応接間に行くと、長椅子に横たわるランドールと、彼の目元に手を当てている黒衣の男性がいた。
 ランドールの目元からは、魔法石の仮面が外されているが、代わりに光を遮る為なのか黒い布で目隠しされている。
 男性の手が淡く発光しており、何らかの治療中なのだろうと思われた。
「さて、トゥランジア嬢」
「はい、サングラ様」
「殿下にご報告したいのだが、貴女の声をお借りしたい。よろしいか?」
「はい、承知致しました」
 アマリアは、長椅子に横たわるランドールの頭側から近づいて跪き、声を掛ける。
「おはようございます、殿下。サングラ様より、殿下にご報告がございます。よろしいでしょうか?」
「判った、頼む」
 目線でアマリアがサングラに頷くと、彼はアマリアに聞こえる程度の小声で話し始めた。
 アマリア以外の声が雑音混じりに聞こえるランドールへの配慮だろう。
 それを、そのまま、アマリアが伝えていく。
「宮廷魔術師としての、最終報告を致します。現場で発見された魔法石は、粉々に粉砕されておりましたが、成分鑑定の結果、二種の別の魔法陣が刻まれたものと断じました。証言と状況から、アイヴァンなる侍従が攻撃の魔法石を使用し、それを守護石が包み込んで衝撃を和らげた、と言う結論に変更ありません。また、アンジェリカ王女、侍従のアーダムは、本件とは無関係と認定、アイヴァン一人の犯行と結論づけます。これにより、アンジェリカ王女、アーダム、護衛騎士二名は、チートスへの帰国を認め、近日中に帰国する事になります。アイヴァン自身は、本件に関して、黙秘を続けております」
 黙って聞いていたランドールが、先を促すように、
「チートス国王への伝達内容は、どうなっている?」
「チートス王族の侍従が、殿下を害そうとした事に変わりはないので、相応の謝罪は頂きたい、と言うやんわりした表現になっているようです。また、他国人と言えど、起こした事件の内容が内容なので、処分内容については抗議を受け付けない旨も伝えております」
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 伝えながら、アマリアは自分の名が出た事に動揺を隠せない。
 守護石の持ち主がアマリアだった、とアンジェリカに知られた事は、何か問題があるのではないのか、不安だった。
「とは言え、事件から既に三週間余り。これ以上、他国の王族を留め置くのは限界だろうと、陛下のご決断です」
「判った。他に何かあるか」
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 焦って言うアマリアを、ランドールは片手を上げて留める。
「それでは、私の気が済まん。ちょっと時間をくれ。何か、考えてみる」
「トゥランジア嬢、好意は素直に受け取っておきなさい」
 片目を瞑ってサングラが微笑むのを、ぎこちない笑みでアマリアは受けた。
「それでは…あの、楽しみにしております」
 ようやっと答えると、ランドールが嬉しそうに、あぁ、と頷いた。
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