光と音を失った貴公子が望んだのは、醜いと厭われた私の声でした。

緋田鞠

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<プロローグ>

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 ロイスワルズ王国・王都ロイス。
 国王のおわすワルズ城の中庭に建つ小さな離れで、美しい二人の男女が晩餐を取っていた。
 肩先にかかる月光を編んだような美しい銀髪に、蜜色の瞳を持つ男は、誰もが見惚れる整った容貌でありながら、その顔には一筋の感情も浮かんでいない。
 晩餐相手である女は、華やかに結い上げた濃い金髪に細くて白い指先を絡め、嫣然と微笑んだ。
「ランドール様、ロイスに来て早々にお目にかかれて嬉しいですわ。わたくしの為に可愛らしい離れも用意して頂いて、有難く存じます」
 自分の笑みが、相手に与える影響を十分に把握しているのは、彼女が絶世の美姫と褒め称えられているからだ。
「アンジェリカ王女殿下、この度は、どのようなご用件でのご来訪でしょうか。四の月にはまだ早いと思われるのですが。現在、我が国は大きな式典を複数控えており、多忙であるとお伝えした筈です」
 対する男――ランドールには、儀礼的な笑みの欠片もない。
 実際、彼にとって、アンジェリカの訪問は苛立ちこそすれ、歓迎すべき要素はなかった。
 アンジェリカは傾城と謳われ、数多の求婚者が存在するが、同時に、王族らしくない奔放な姫であるとの噂も絶えない人物だ。
 部屋には、ランドールとアンジェリカの他、アンジェリカの侍従が二人、ランドールの側付きが一人、給仕をする為の侍従が一人、密やかに立っている。
 王弟令息であるランドールと、隣国チートスの王女であるアンジェリカの身分を考えれば、異例の少なさだ。
 これは偏に、国賓待遇を求められるであろうアンジェリカの訪問を、出来るだけ秘しておきたかったランドールの思惑による。
 飽くまで笑みを絶やさずに会話しようとするアンジェリカに対し、突然の訪問に怒りすら抱いているランドールは、取り付く島もない。
 幾度も、ランドールの感情を逆撫でするような発言を繰り返していたアンジェリカが、漸く本題に入ったのは、食後の珈琲を一口含んだ後だった。
「結婚…?」
 アンジェリカの言葉に、ランドールの纏う空気が凍る。
「私と、アンジェリカ王女殿下の、結婚、ですか?」
「えぇ、そうです」
 さも、いい考えでしょう?と言わんばかりのアンジェリカに、ランドールは唖然とした表情を見せた。
 ランドールの兄とユルタ王国王女の結婚が決まっている為、大陸の慣習上、ランドールは、他国の王女を娶る事が出来ない。
 今更、王族であるアンジェリカに説く必要のない事を説明しても、彼女は、自分には関係ない、と微笑むだけだ。
 何を言っても手応えのないアンジェリカに、ランドールはこれまで出来るだけ、ロイスワルズとチートスの間に波風を立てぬよう、理性的に振る舞っていた己を後悔した。
「アンジェリカ王女殿下。私は、貴女とは、結婚しない」
 言葉を飾ると伝わらない、いや、彼女にとって良いように受け止められる、と判断して、ただただ事実のみ端的に伝える。
 すると、理解出来ない言葉を聞いたかのように、アンジェリカが小さく首を傾げて戸惑う顔を見せた。
「わたくしを欲しがらない殿方なんて、存在しないわ」
「そうですか、では、私が第一号ですね」
「わたくしが、貴方を欲しいのに?」
「私は、興味がありません」
「わたくし以上に美しい女はいないのよ?」
「何を美しいと感じるかは個人差がありますが、美とは、外見のみを示すものではありませんよ。私にとっては、内面の美こそ大切です」
「…わたくしの内面が、美しくないと仰るの」
 アンジェリカの頬が、強張る。
「ご存知ありませんでしたか?」
 ランドールは、冷たく言い放った。
 次の瞬間。
 アンジェリカの背後に控えていたチートス王国の侍従が、ランドールに向けて何かを投げつけようとするように、手を大きく振りかぶる。
 反射的に両腕で頭を庇おうとしたランドールの視界の隅で、給仕についていた侍従が、こちらに向かって手にしたものを投げたのが見えた。
「!!!」 
 視界を焼き尽くす、溢れんばかりの光。
 目を閉じるのが間に合わず、視界が全て白に染まったかと思うと、一瞬にして、真っ黒に塗り潰される。
 ピキ、と、薄い硝子が割れるような、か細く高い音がした後、耳を劈くような質量を伴った爆発音と共に、ランドールの体が吹き飛ばされた。
 ――…轟音と爆風の直撃を食らったランドールが目を覚ましたのは、それから三日の後。
 彼はその日、光と音を失った。
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