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「ジークムント様、エアハルト伯爵が懇意にしていたと思しい教会が見つかりました」
 マティアスに指示を与えてから一ヶ月。
 とうとう、エアハルト伯爵と繋がりのありそうな教会が見つかった。
 バーデンホスト家の王都での屋敷は、王城から西方面にある。
 教会は、バーデンホスト邸から大人の足で三十分程の場所。
 幼い子供を連れていたら、もっと時間を要するだろうが、余りに近場では危険と言う事だろうか。
「…レニを、連れていくべきだろうな」
「鍵だけでは、証明に不足かと」
 レニにとって、残酷な事実が残されているかもしれない。
 けれど、躊躇いつつも話を切り出した所、レニは、
「私も、お供させてください」
と、言い切った。
「…マルグリット夫人は、教会へ逃げ込むと言う手段を選ばなかったんだ。レニが望む真実があるかは判らない」
「承知しております。けれど、ジークムント様も、真実をお知りになったからこそ、前に進まれたのでしょう?」
「うん…そうだね」

 まだ、馬車に慣れないレニを連れて、揺られる事二時間強。
 マティアスに案内された教会は、古びた…忌憚なく言えば、随分と傷みの激しい所だった。
 エアハルト伯爵は、自身の財産を全て、教会に寄付したと、マルグリット夫人の手紙には記されていた。
 その財があれば、教会の修復など、容易そうなものだが。
「だからこそ、こちらの教会の調査は後回しになってしまったのですが…」
 申し訳なさそうに、マティアスが言う。
 前提となる情報が、エアハルト伯爵が寄付した教会、と言うだけなのだから、羽振りの良さそうな場所から当たるのが自然だ。
 私がマティアスでも、同じ事をした。
 事前に約束を取り付けていた為、直ぐに教会長が出て来て、人の目につかない応接室に案内してくれる。
 レニの顔を見て、一瞬、目を眇めた気がするが、気のせいかもしれない。
「ようこそおいでくださいました」
「お時間を頂き、感謝致します」
「全ては、神の思し召しです」
 温和そうな顔をした総白髪の教会長は、並んでソファに腰を下ろした私とレニ、そして背後に控えるマティアスの顔を順繰りに見て、
「どのようなご用件でしょう」
と、端的に切り出した。
「妻が、母親から譲られたものの中に、このような鍵がありまして」
 ハンカチで包んで持って来た鍵を見せると、教会長は軽く首を傾げた。
「…それで、何故、こちらの教会に?」
 あぁ、容易に明かしてくれる筈もない、か。
「妻の母は、マルグリット・バーデンホスト侯爵夫人。ウィリ・エアハルト伯爵のご令嬢です。マルグリット夫人は十二年前に他界しておりますが、事情により、こちらの鍵を発見したのは、つい最近の事です」
 教会長が無関係ならば、こちらの情報を与え過ぎるのは危険だ。
 だが、彼が学院時代からエアハルト伯爵と親しくしていた、と知っていれば、別の話。
「…」
 教会長は、じっとレニの顔を見ていたが、ふ、と小さく笑った。
「…あぁ、マルグリットによく似ている」
「教会長、では」
「えぇ、その鍵は、エアハルト伯爵との契約の証です」

 帰りの馬車の中。
「本当に良かったの?」
 レニに尋ねると、レニは、きょとんと目を見開いた後、頷いた。
「お祖父様は、その方がお喜びになるでしょう」
 レニが、エアハルト家の孫娘であると確信した教会長が持って来てくれたのは、膨大な量の資料と、金塊だった。
 エアハルト伯爵は、何処でも換金出来る金塊に財産を替えて、教会に預けていたのだ。
 バーデンホスト家から娘と孫が脱出する事が出来たら、これらを逃亡資金として渡して欲しい、と、教会長は依頼されていた。
 彼は、エアハルト伯爵とは旧知の仲で、マルグリット夫人の誕生から彼女を見守り続けた人物だった。
 エアハルト伯爵は、教会での清貧生活ではなく、新天地に母子を送り出す事を願っていた、と彼は言った。
 何処で行き違いがあったのかは、判らない。
 もしくは、マルグリット夫人は父の希望を理解した上で、バーデンホスト侯爵から離れない事を選択したのかもしれない。
 資料には、予想通り、マルグリット夫人とバーデンホスト侯爵の婚約が結ばれるまでの経緯や、娘の持参金の金額とバーデンホスト家の借財の総額、エアハルト家が如何にして陥れられたのかの詳細が記されていた。
 エアハルト家の断罪は、二十年以上前の話。
 マルグリット夫人が亡くなったのも、十二年前の話。
 古い話ではあるが、バーデンホスト侯爵の罪が消えたわけではない。
 従兄上に相談した上で、バーデンホスト侯爵家の処遇が決まる事だろう。
 教会長が持って来たものの中に、厚みのある封筒があった。
「…こちらは?」
「マルグリットが亡くなった際に、密かに切り落とした髪が一房、収められています」
 教会長は、エアハルト伯爵との関係を秘したまま、近在の教会として、バーデンホスト家と繋がりを持っていた。
 可能ならば、マルグリット夫人と子を助け出したいと思っていたが、本邸内部に入れる機会もなく…漸く呼ばれたのは、マルグリット夫人の臨終の床だった。
 マルグリット夫人は、声を発する事も出来ない程に衰弱していたが、その様子の異様さに、教会長は疑問を抱いた。
「私も、神に仕える仕事柄、幾つもの命を見送って参りました。けれど、マルグリットの窶れようは…ただの病気には見えなかった。何より、彼女の夫は、死に逝く妻の枕元にもいない。これは何かあるのでは、と、密かに髪を遺しておいたのです」
 マルグリット夫人が書き残したように、毒を盛られ続けていたならば、髪を調べる事で、証拠となるかもしれない。
 レニを、旧友エアハルト伯爵の孫と認めた教会長は、全てを彼女に渡そうとしたが、レニは、金塊の受け取りを拒否した。
「こちらは、祖父から教会長様への寄付だと、母の手紙にありました。それ以外の…祖父の遺した資料や遺髪は頂きたいですが、こちらはどうぞ、お納めください」
「ですが、これは、ウィリが、」
「長年に渡り、秘密を守り続けてくださった事に、感謝致します」
「私は、」
 教会長は、唇を震わせた。
 友人の命が危険と判りながら、守れなかった絶望。
 生まれた時から見守っていた友人の娘を、救えなかった後悔。
「有難うございます。これらの資料で、エアハルト伯爵家とマルグリット夫人の名誉を、回復する事ができます」
 私が、レニを援護するように言葉を重ねると、教会長は涙の滲む目で、力強く頷いた。
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