いつか愛される時が来るかも

YUKI

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優しさに触れて 前半

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引き止められないかと緊張と痛みで思う様に動かない体、転びそうになりながらも逃げる様に家を出る。
家が見えない距離まで来て、やっと体から余計な力が抜けフラフラとまだ人通りの少ない道を足元ばかりを見ながら歩いていく。


 誰にも会う事なく学校に着いた。
いつもなら校庭や体育館、そこに通じる渡り廊下には朝練に向かう生徒達の挨拶を交わす声がしている筈なのに、今日はキーンと耳鳴りがしそうな程静かだ。

誰もいない教室、開け放されたままの入口の敷居が境界線の様に感じられ、一歩が踏み出せない不思議な感覚に襲われている。
バサバサと閉め忘れた窓で風に煽られたカーテンが勢い良く踊る。
急に音が戻ってきて入口の敷居を跨いで教室に入れた。溜息を吐きながら自分の席に座る。
いつもの学校の喧騒が戻ってきている。
さっき迄の不思議な感覚は何だったんだろう?
昨日の顔への一発はきつかったから、その時に頭でも打ったかな?
まぁ、今迄数えきれない程この身体は、あの男から理不尽な暴力を受け続けてるんだから何処かに異常が出てきても不思議ではない。
あいつは一度も手加減などした事がないんだから。
音が戻ってきて一つ解決しても、春香を苛み続ける痛みは、もう、何処が痛いのかわからない程ズキズキと火傷をした時みたいに身体中を痛みが支配する。
幼稚園に通っていた頃にタバコを押し付けられたあの時の痛みが蘇って来るよ。
あの時は随分と痛くて我慢できず泣いて、アイツの怒りがヒートアップして鬼の形相だった。
痛みには慣れて今は我慢できても恐怖という感情は今もずっと春香を縛りつけ、支配しようとしている。
それもいつか慣れてきて、何も感じなくなるのかなぁ。それならいいなぁ。
 身体の痛みも心の痛みも慣れてしまえば、みんな感じなくなって楽になれるのかなぁ。

 ダラリと椅子に身体を預け、少しぼんやりとしてしまった。

 「全部出来なくても少しだけでも課題をしておこうかな。」

動かない身体、腫れた目元で殆ど見えていない霞んだ視界、壊れたロボットの様に意味の無さない事を無意識に呟いていた。


🔳🔳 🔳🔳 🔳🔳 🔳🔳


 ガタガタと椅子を引く音、おはようと挨拶が飛び交い始め、教室が賑やかになってきた。
無意識のまま課題をやっていた俺の全てが現実の世界に引き戻されていく。


「篠河、おはよう。」

「・・・」

「挨拶ぐらいしろよ!」

 肩を掴まれ、机に伏せて課題をやっていた体を起こされる。

「うるさい!今、忙しいんだ!」

「なんだ、今頃課題やってるのか?」

「ほっといてくれ。」

 掴まれた肩が痛く、手を払い除ける。

「何するんだ!おい!なんだその顔は?」

「うるさい!俺に構うな!」

 周りからの視線が集まる。
 なんで佐野は春香に構うんだ?そっとしておいてくれ、頼むから。
 こんな事で泣きたくないのに、涙が滲んで今にも溢れそうになる。
 佐野を見上げた春香の潤む目に、佐野が息を詰まらせ後ずさる。

「どうしたんだ?そこ、喧嘩か?」

 大きな声で叫び合う俺たちと取り囲む生徒達に、いつの間にか来た担任が声をかけてきた。

 面倒くさい事になるのが嫌で教室から出ようと立ち上がる春香の手を掴み、

「先生、篠河が熱があるみたいなので保健室に連れて行きます。」

「熱があるのに登校したのか?早く連れて行ってやれ。酷い様なら帰って休めよ。」

 佐野は勝手にわかりましたと言い、俯いたまま逃げ出そうとした中途半端な姿勢の春香の手を引き教室を出る。
 これ以上周りからの好奇な目に晒されたく無い春香は、引かれるままでいた。

 朝礼が始まってる廊下は静かで誰とも会わない。

「一人で行けるからもう教室に帰って」

「・・・」

 何も言わずに引っ張られる。
好きな様にさせるしかないと諦め、大きな溜息が出る。
だが、繋がれた手の温もりや、佐野の強引な迄の優しさが少し嬉しいと感じていたりする。
俯き歩く春香の顔に作った笑みでなく、珍しい事に素直な笑みが溢れていた。


🔳🔳 🔳🔳 🔳🔳 🔳🔳


保健室に着いて中を覗くが保健医がいない。

「少し寝るよ。だから、教室に帰って良いよ。ありがとう。」

わざと素っ気なくベットに向かおうとするが、そんな態度の春香に佐野は諦めず構ってくる。

「その顔、手当してないだろ。酷く腫れてる。」

「いいよ、今更何しても変わらない。」

「瞼、切れてるから、今更かもしれないけど消毒ぐらいしていた方が良い。」

「わかった。自分でするよ。」

「自分じゃ見えないだろう。俺がするからその椅子に座れ。」

 これ以上逆らっても時間の無駄だから言われるまま椅子に腰掛ける。

「誰にやられたんだ?」

「・・・」

「他校の奴か?」

「フッ、内緒!痛い!そっとやってくれよ。」

「これ見えてるのか?」

 開かない目を見て辛そうな顔をする。

「なんで佐野が泣きそうな顔してんだ?」

「痛くないのか?顔も少し赤くないか?ホントに熱あるんじゃないのか?」

 あるだろうな、きっと。肩も背中も尻も身体中何処もかしこも痛いのだから。

そっぽを向いて自分に関心を向けない春香からの返事を諦め、

「これ、熱も測れ。」
 と、体温計を差し出してくる。

 仕方なく体温計を受け取り、脇に挟もうと腕を上げかけて痛みに声が出る。

「おい!肩も怪我してるのか?」

「大丈夫だ。大した事ない。」

「嘘を言うな!少し動かしただけで呻いたじゃないか!見せろ!」

 微かな春香の呻きに、シャツを掴みボタンを外し始めた佐野の手を慌てて掴む。

「やめろ!ホントに大丈夫だから」

「ホントに大丈夫なら見せろよ。」

 また、手を伸ばして来るのを避けるのに痛みが走る。

「ほら見ろ、痛いんだろう。」

「解ったから、自分で脱ぐから。なんでお前は俺の服を脱がせたがるんだよ。」

 揶揄いを含んだ春香の言葉に顔を真っ赤に染めた佐野が、

「お前が言う事聞かないからだろう!サッサと自分で脱げば俺が手を出す事は無かったんだ!」

「はいはい、悪かったよ。」

 ワイシャツを脱いだ春香の肩と背中が紫色に変色しているのを見た佐野は何だよこれ・・・と呟き、そっと触れて来る。
ほんのりと暖かい佐野の指が春香の紫に変色した背をなぞる。少し震えてるのがわかる。
そんな労わる様に触れないでほしい。
今の春香にその優しさは辛すぎる。
ビクッと身じろいだ春香に佐野はハッとして手を引っ込め慌てて湿布を探すのに背を向けた。

 そんな佐野を不思議に思い首を傾げていたら、脇に挟んだ体温計がピッピッっと鳴った。


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