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小さな願い

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あの事件があって龍也には夜遊びがバレてしまい、登下校には迎えに来るしバイトまでの時間にもゲーセンに行こうや飯食いに行こうとか煩くなってしまった。
「龍也、たまには一海とデートでもしてこいよ。俺なら大丈夫だから。」
「大丈夫ってどこに行くつもりだ?今日頻繁にLINE入っていたよな。」
「あれは関係ないよ。早めにバイト行くだけだから誰とも遊びに行く事ないよ。」
疑わしそうにしていたけど、一海からのラインに嬉しそうに今日は先に帰って行った。
久しぶりに一人での帰り道、いつの間にか夏も終わり熱い日がまだ続くけど公園の散歩道などで赤蜻蛉とか見ると秋の足音が聞こえてきそうだ。
退院したあの日、駆けつけた亮さんに寂しさのあまり甘え、俺だけ一方的に何度もイカされ、疲れて気を失うように眠り朝を迎えた俺はベッドで綺麗にされた体で一人目が醒めた。恥ずかしく情けなくどんな顔で亮さんに会えば良いのかわからず、それでもバイトは休めないとそっと店のドアを開けたのに、亮さんは何もなかった態度で俺は泣きたくなった。だから、悔しくて俺も平気な顔で店に出て、いつもと変わらず揶揄われながらも笑顔で過ごし、夜のベッドでは、一度味わった温もりを思い出しては、自分の体を抱きしめ寂しさや虚しさに耐えた。
忘れたくてなんでも良いから一生懸命できるものが欲しくて毎日部活に行き、バイトまでの時間や週末に料理学校と習い事を入れた。朝晩の食事、お弁当も作れるようになってきて思い出す事も少なくなってきていた。
それでもたまにセフレと週末とかに朝までベッドで過ごす事はやめられない。
高科の事もあり、執着しなさそうな相手ばかりを選んだ。それでも色々と巻き込まれて内緒で危ない目にも何度かあったけどバレずに自分で対処できていた。
だから自分を過信していたつもりもないけど面倒事に巻き込まれてしまった。
授業も終わり珍しく一人で帰っていた。
たまに会うセフレから会いたいとラインが入っていた。
他のセフレよりは会っていたかもしれない。食事とか映画とかただ会って遊ぶだけの時もあり、恋人の話で相談を受けたり、俺の愚痴を真剣に聞いてくれたりもしていた。
俺には珍しくセックス込みの友達関係に近い存在、仕事も弁護士と珍しい相手でもある。
初めて会った時に名刺を渡され挨拶をされた時はかなりびっくりした。身元を隠す人が多いこの世界で、律儀にどういう関係でお願いしたいかを話す友成祐介と名乗る彼を俺は快く思えた。
だから高科みたいなことにはならないと思っていた。
待ち合わせの場所に見慣れた車を見つけ後ろの席に乗り込む。
彼の拘りらしいが助手席は彼氏のものらしく俺は一度も座ったことがない。
そんなに好きなのに何故俺とと最初は警戒マックスで会わない方向で話していた。
でも、思い悩む祐介さんと話すうちにベッドでの会話より食事をしたりお互いの悩みを話し合ったりするだけでも楽しかった。
祐介さんの話は殆どが彼氏の話で会ったことがないのに俺まで親しい友人のような感じになっていた。
今回も体の弱い彼が発作を起こし入院した事で何か俺に聞いて欲しくなったのだろう。
「祐介さん、真一さんに何かあったんですか?」
「弘樹、俺はどうしたら良いのかわからないんだ。」
少し沈黙の後、苦しそうに話す祐介さんの様子にいつもと違う空気を感じた。
「どこか落ち着ける場所でゆっくり話そう。俺では解決できないだろうけど、聞くぐらいできるから。」
「ありがとう。弘樹いつもすまない。」
街から外れ山道を走り続け着いた所はかなり立派な和の店、俺なんかが足を踏み入れてはいけないような店だった。
「いらっしゃいませ、友成様。ご案内させて頂きます。」
暫く廊下を進んだ先に案内された部屋は個室の落ち着いた洗練された俺には場違いな所だった。
「祐介さん、凄い店だね。俺、こんな格好だけど良かったのかな?」
緊張する俺を優しい笑みを浮かべ席を薦めてくれる。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だから。ここは、商談とかによく使ってる店だから気楽にしていると良いよ。」
「商談に使うって事は防音とかなんか色々あるのか?」
「弘樹、映画の見過ぎだ。そんな店あるわけないだろう。普通の店だよ。ただ、見聞きした事は絶対外に漏らさないって徹底した教育がされているだけだよ。」
やっぱり凄い店だったと祐介が何気なく言った話だけでそう思った。
「軽く食べよう。弘樹は甘いものはあまり食べてるの見た事ないね。嫌いなのかな?」
「洋菓子があまり好きじゃない、特にクリーム系が苦手だ。」
「それなら和菓子は大丈夫なんだな。」
嬉しそうに微笑む祐介にホッと安堵する。
「和菓子は割と好きかもしれない。抹茶系は特に好きだよ。母親が少し茶道にハマってたことがあるからよく相手をさせられた。」
「今は誘われないの?」
「死んだからな、もっと相手をしてあげればよかったと。でも、もう終わった事だ気にしないでくれよ。」
「弘樹、そんな寂しく笑わないでくれ。思い出すような事言って悪かった。ごめんよ。」
そう謝る祐介さんは俯いたまま黙ってしまった。
彼氏に何か悪いことがあったのか?推し黙る祐介さんの姿が凄く悲しみに包まれている感じがした。
「失礼します。お決まりになってますか?」
お声がけの後のお伺いに重い空気が少し和らいだ。
「入っていいよ。」
祐介さんの返事に静かに入ってくる人、落ち着いた物腰のとても綺麗な女性だった。
「お勧めの和菓子とお茶をたててくれるかな。」
「かしこまりました。こちらでたてますか?」
「いや、済ましてからでいいよ。」
「かしこまりました。では、失礼いたします。」
姿形だけでなく一つ一つの動きがとても綺麗で見惚れてしまった。
「珍しいね。弘樹が女性にそんな視線を向けるなんて。」
「ふっ、やきもちですか?それこそ祐介さんこそ珍しい。」
「そうだね、綺麗な人だろう?洗練されたプロの仕事って感じだろう。弘樹の勉強にもなったんじゃないかな?」
「うん、勉強になるよ。ありがとう。」
「弘樹、今日は無理を言って悪かったね。バイトもあるだろうから間に合うように帰すから安心して。」
「大丈夫だから。話せるようになった?」
「そうだね。少し落ち着いたよ。弘樹と会うとかなり楽になるんだ。何故だろうね、君はまだ子供で僕はもう立派な大人なのにね。」
「大人だとか、子供だとか関係ないよ。こんな俺でも役に立つなんて光栄だよ。」
「弘樹、君は優しい。優しすぎるよ。」
運ばれてきた和菓子とお茶をいただきながらたわいのない話に和らいだ空気の中、祐介さんは唐突に溢した言葉に俺は何も言葉が出なかった。
「真一の余命がひと月になったよ。もう、退院する事はないそうだ。」
そんな悲しい知らせに何でもない普通の連絡事項のように告げないでほしい。
それにそんな悲しい笑みを浮かべて俺を見るな。
体が勝手に動き俺は祐介さんを抱きしめていた。辛い宣告なのに泣けない祐介さんを俺は昔の自分と重ねてしまった。
受け止めたように見えるがほんとうは受け止められていないのだとわかる。
「祐介さん、真一さんは知ってるの?」
腕の中で首を振る祐介さんから離れて席に戻り俯く姿になんて声をかければ良いのかわからない。
亮さんならなんて言ってあげるんだろう?
俺には凄く長く感じた沈黙は祐介さんの言葉で崩れた。
「弘樹、残された時間をどう過ごせばいいんだろう。真一に告げた方が良いのだろうか、わからないんだ。」
「正しい答えなんてきっと無いんだと思うけど、もし俺が真一さんの立場なら言ってほしい。知った上で有意義な時間を二人で過ごしたいと思う。」
俺の答えが正しいなんてこれっぽっちも思わない。それでも俺の考えが祐介さんの勇気になればいいと思うだけ。
祐介さんの中ではもう結論は出ているんだ。ただ一歩を踏み出す勇気がないだけ。
俺が少しだけ背中を押せたらいいのにと、俺の言葉に少しだけ晴れやかな笑顔を見せる祐介さんを見て俺も笑顔を向ける。
そして、できれば真一さんに会いたいとも思った。向こうはきっと好きな人とベッドを共にした男なんて会いたくないだろうがだ。
俺の小さな願い、祐介さんは貴方を心から愛していると彼には当たり前の言葉だろうけど、二人の間には俺は入れないのだと言ってあげたい。
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