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アネモネの花言葉
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「う、うう。う、ぐす、うぅー。」
プチプチ、と、市販の頭痛薬を銀色のプラスチックのシートからから取り出して、無糖のペットボトルの紅茶で流し込んだ。好きなメーカーの好きな飲み物のはずなのに、味があまりしない気がする。何錠飲んだっけ。これもう二箱目だ。
なんだか涙が止まらない。冷や汗も止まらない。手も震えてるみたいだ。でも、今はこうして頭をふわふわさせて、誤魔化していないと頭がおかしくなりそうで、どうしようもなく絶望してしまいそうだから許して。いや、頭はもしかしたら最初からおかしかったかな。もうどうでもいいや。気持ち悪い。私、気持ち悪い。勘違い女。
一人自室で何でこんな惨めに平日真夜中にこんな惨めな行いをしているんだろう。
Tシャツから伸びた私の腕がふと目に入る。
日常的にカミソリで傷をつけ続けてきた両腕は、無数の線のような傷があって、茶色くボコボコとケロイド状になって汚れている。汚い。本当に汚い。
目の前にある等身大サイズの姿見鏡には、ローテーブルの前で泣き腫らした私の酷い顔がちょうど見えた。
ゴミ箱に薬のシートが入っていた青いパッケージや空っぽになった銀色のシートを、私の憎しみや悲しさ、醜くて卑屈な心ごと放り出すように投げ入れたけど、当たり前だがそんなことで私の負の感情は消えなかった。それでこの感情が消えるなら今こんなことはしてない。
「ひ、く。うぅ、うー。」
私には好きな女の人がいた。二個上で、背が高くて、足がすらっとしたモデルみたいな人。つり目がちな瞳。ダークブラウンの艶やかで綺麗な長い髪、粗野なようで大人な感じの、女性にしては低いトーンの耳触りの良い声。ダウナーな雰囲気。
昔から男性は苦手で、女性が恋愛的な意味で好きだった、俗に言うレズの私は、バイト先で出来た同性の友達の紹介でたまたま知り合った最初こそ私より8cm背が高くて、口調もなんだか乱暴な風の彼女のことが少し怖かったけれど、話していくうちに案外気立ての良い、面倒見が良くて情深く私に接してくれた彼女。
要領が悪く、根暗で卑屈で、もう何年も鬱や不眠でメンタルクリニックに通ってる、化粧とカラーコンタクトがフル装備でないとろくに外には出られないと自分で思うようなブスメンヘラ。二十歳で週1.2回の品出しバイトしかしていないフリーター。二重と鼻の整形もしてる。
そんな私にも彼女は良くしてくれた。彼女が私の頭をくしゃっと撫でて、私の好きなあのアルトっぽい声色で私の名前を呼んだり、何か褒めてくれたり、とにかく優しく話してくれると酷く救われた気分になれた。
整形の話だって、外食になんとなく誘われた際つい打ち明けた時も、なんでもないように受け取って、別に気にしてないような感じだった。
そういうさっぱりしたところがむしろありがたかった。
おびただしい数のリストカットの傷痕がうっかりバレた時も、彼女は顔色一つ変えないで、落ち着いた様子で私の話を聞いてくれた。無理にやめろとは言わないけれど、やり過ぎないで、化膿すると悪いから消毒と手当はちゃんとしろと言ってくれた。
あんな腕を見たら普通距離を置く人が大半だったのに。
ああ、吐きそうだ。確かに彼女は、私好みのキツめの美人顔で、性格もやや粗暴だがこんな私を人間として尊重してくれるような天使のような人だ。
でも、私は調子に乗ってた。こんな下卑た人間が、天使と恋なんか出来るわけ無いのに、一人舞い上がっていた。私には確かに彼女のような人間が、命綱同然のように必要だったと思う。だからこそ家族と心療内科の先生以外には初めての真の理解者のように感じてたし、性的な意味でも好きになれた。
でも、なんでこんな大事なこと忘れてたんだろう。
私に優しい人は、私以外の人にだって大概良くしてる。
私は、今日、19時頃、見た、見てしまった。
男の人と手を繋いだあの人。ニコニコして、すごく楽しそうだったあの人。一瞬、男の人とキスをしたあの人。
最初は、とても憤った。返して欲しいと思った。
でもその後、すっと頭からつま先まで冷えていくような感覚になって、思い直した。
最初から、私が一人、一方的になっていただけだ。私の世界にあの人がいないのはもう考えられないけど、あの人の世界には私はいなくても、あの人の世界は回っていくものだったんだ。
そこからは、ゾンビみたいに家の近くのコンビニで無糖の紅茶を数本買って、お風呂に入って、調子が悪いと言い訳をお母さんにしてご飯も食べず、ここまでに至る。
「あ、う。ぐす、うぅ。」
涙ぐみながら、肩にかかったブランケットを手繰り寄せる。
もうすぐ二箱目の薬も空になるけど、まだ頭痛薬は三箱ある。
この吐き気が精神的ショックによるものか、薬のオーバードーズに対する拒否反応かよく分からない。ぐるぐると、脳みそが掻き回されるような感覚がする。手が冷たい。
もしかしてこれ救急車とか入院沙汰になっちゃうかな。そうしたらあの人はお見舞いに来るかな。でも何話すの?今更。
もう、全部どうでもいいや。今日、死んでしまったらそれまでだ。もう私は、こんな馬鹿げた非生産的行為で自分を慰めるしか出来ないんだから。好きにさせて。こんな時くらい。
プチプチ、と、市販の頭痛薬を銀色のプラスチックのシートからから取り出して、無糖のペットボトルの紅茶で流し込んだ。好きなメーカーの好きな飲み物のはずなのに、味があまりしない気がする。何錠飲んだっけ。これもう二箱目だ。
なんだか涙が止まらない。冷や汗も止まらない。手も震えてるみたいだ。でも、今はこうして頭をふわふわさせて、誤魔化していないと頭がおかしくなりそうで、どうしようもなく絶望してしまいそうだから許して。いや、頭はもしかしたら最初からおかしかったかな。もうどうでもいいや。気持ち悪い。私、気持ち悪い。勘違い女。
一人自室で何でこんな惨めに平日真夜中にこんな惨めな行いをしているんだろう。
Tシャツから伸びた私の腕がふと目に入る。
日常的にカミソリで傷をつけ続けてきた両腕は、無数の線のような傷があって、茶色くボコボコとケロイド状になって汚れている。汚い。本当に汚い。
目の前にある等身大サイズの姿見鏡には、ローテーブルの前で泣き腫らした私の酷い顔がちょうど見えた。
ゴミ箱に薬のシートが入っていた青いパッケージや空っぽになった銀色のシートを、私の憎しみや悲しさ、醜くて卑屈な心ごと放り出すように投げ入れたけど、当たり前だがそんなことで私の負の感情は消えなかった。それでこの感情が消えるなら今こんなことはしてない。
「ひ、く。うぅ、うー。」
私には好きな女の人がいた。二個上で、背が高くて、足がすらっとしたモデルみたいな人。つり目がちな瞳。ダークブラウンの艶やかで綺麗な長い髪、粗野なようで大人な感じの、女性にしては低いトーンの耳触りの良い声。ダウナーな雰囲気。
昔から男性は苦手で、女性が恋愛的な意味で好きだった、俗に言うレズの私は、バイト先で出来た同性の友達の紹介でたまたま知り合った最初こそ私より8cm背が高くて、口調もなんだか乱暴な風の彼女のことが少し怖かったけれど、話していくうちに案外気立ての良い、面倒見が良くて情深く私に接してくれた彼女。
要領が悪く、根暗で卑屈で、もう何年も鬱や不眠でメンタルクリニックに通ってる、化粧とカラーコンタクトがフル装備でないとろくに外には出られないと自分で思うようなブスメンヘラ。二十歳で週1.2回の品出しバイトしかしていないフリーター。二重と鼻の整形もしてる。
そんな私にも彼女は良くしてくれた。彼女が私の頭をくしゃっと撫でて、私の好きなあのアルトっぽい声色で私の名前を呼んだり、何か褒めてくれたり、とにかく優しく話してくれると酷く救われた気分になれた。
整形の話だって、外食になんとなく誘われた際つい打ち明けた時も、なんでもないように受け取って、別に気にしてないような感じだった。
そういうさっぱりしたところがむしろありがたかった。
おびただしい数のリストカットの傷痕がうっかりバレた時も、彼女は顔色一つ変えないで、落ち着いた様子で私の話を聞いてくれた。無理にやめろとは言わないけれど、やり過ぎないで、化膿すると悪いから消毒と手当はちゃんとしろと言ってくれた。
あんな腕を見たら普通距離を置く人が大半だったのに。
ああ、吐きそうだ。確かに彼女は、私好みのキツめの美人顔で、性格もやや粗暴だがこんな私を人間として尊重してくれるような天使のような人だ。
でも、私は調子に乗ってた。こんな下卑た人間が、天使と恋なんか出来るわけ無いのに、一人舞い上がっていた。私には確かに彼女のような人間が、命綱同然のように必要だったと思う。だからこそ家族と心療内科の先生以外には初めての真の理解者のように感じてたし、性的な意味でも好きになれた。
でも、なんでこんな大事なこと忘れてたんだろう。
私に優しい人は、私以外の人にだって大概良くしてる。
私は、今日、19時頃、見た、見てしまった。
男の人と手を繋いだあの人。ニコニコして、すごく楽しそうだったあの人。一瞬、男の人とキスをしたあの人。
最初は、とても憤った。返して欲しいと思った。
でもその後、すっと頭からつま先まで冷えていくような感覚になって、思い直した。
最初から、私が一人、一方的になっていただけだ。私の世界にあの人がいないのはもう考えられないけど、あの人の世界には私はいなくても、あの人の世界は回っていくものだったんだ。
そこからは、ゾンビみたいに家の近くのコンビニで無糖の紅茶を数本買って、お風呂に入って、調子が悪いと言い訳をお母さんにしてご飯も食べず、ここまでに至る。
「あ、う。ぐす、うぅ。」
涙ぐみながら、肩にかかったブランケットを手繰り寄せる。
もうすぐ二箱目の薬も空になるけど、まだ頭痛薬は三箱ある。
この吐き気が精神的ショックによるものか、薬のオーバードーズに対する拒否反応かよく分からない。ぐるぐると、脳みそが掻き回されるような感覚がする。手が冷たい。
もしかしてこれ救急車とか入院沙汰になっちゃうかな。そうしたらあの人はお見舞いに来るかな。でも何話すの?今更。
もう、全部どうでもいいや。今日、死んでしまったらそれまでだ。もう私は、こんな馬鹿げた非生産的行為で自分を慰めるしか出来ないんだから。好きにさせて。こんな時くらい。
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