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二章 複雑な恋模様

体育祭の終わり

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 クラス内の興奮冷めやらぬなか、体育祭というイベントを終えた俺は、余韻に浸るためかなかなかクラスを後にしないクラスメイトを横目に教室を後にする。
 体育祭を一つの区切りと決めていた俺にはもう一つの戦いが待ち受けている。

 悠里の告白に対する決着をつける。

 それが今の俺にとって次なる戦いだった。
 あの告白の日から先延ばしにしてきた俺と悠里の関係に名前をつけなければいけない。そうしないと俺も悠里も不透明で名前のつけられない関係性を続けなければならない。

 それは悠里に対してとても不誠実な行いだ。
 だからこそ、俺はこうしてその二人の関係をしっかりと決定づけるという行動をするため今尚クラスメイトと話をしている悠里へ一通のメッセージを送信する。

『都合のいい時間でいいから、テニスコート前まで来て欲しい』
 
 その内容に対し返信が来るのにそう時間はかからなかった。わずか数分後には既読となり、『もう少ししたら行く!』と返信が返って来る。

 それをみて自分の肩に力が入るのがどうしてもわかってしまう。
 これから返事をする。
 それはある意味俺らの今後を変えうるのだ。考えれば考えるほどに自分の体が力んでしまう。

「はあ」

 自然とため息をつく。
 どうしても選択をしなければいけない。その重圧のようなものが重くのしかかるのだ。

 それが良くも悪くも数分数十分後には決まってしまう。
 バクバクとあるいはドクンドクンと心臓が脈打つ、時間が経てば経つほどにその心臓が奏でるリズムが早くなり、耳に聞こえて来るその音量も大きくなって来る。

 すると、それから十分も経たないうちにグラウンド裏の砂利道を歩く、ジャリッジャリッという音があまり音のない校舎裏まで響いて来る。
 その音が近づいて来るにつれ俺のその心臓の律動はさらに加速し、はち切れんばかりに脈打っている。

「駿……?」
 
 ここ最近一番聞いたであろう女の子の声がしっかりと俺の耳まで届く。
 その声に若干の不安のようなものが混じっているのが俺でも分かる。

 流石にこのタイミングでの呼び出しだ、流石の悠里もこの場に呼び出された意味がわかってしまうだろう。
 だからこそ、こんなにもか細い声で俺の名前を呼んだのだろう。

「呼び出して悪い、このタイミングじゃないと言い出すタイミングなさそうだったからさ」
「ううん、大丈夫」
 
 予想通りだったのか、予想外だったのか悠里の反応からは判別がつかないが、それでもその瞬間悠里が息を呑んだことはハッキリとわかった。

「この前聞いた悠里の気持ちに返事をしないとと思ったからさ、時間が空いちゃって悪いけどしっかりと俺の答えを聞いて欲しい」
「わかったよ」
「あの時聞いた悠里の気持ちを、その時の感情に流されるわけでもなく、本当に自分にとって児玉悠里という女子が自分にとってどういう存在であるのかってことを見つめ直したんだ。そうしたら以外にもすんなりと答えが出た」
「うん。教えて欲しい。駿の出した答えを」

 震えるのをなんとか堪えているのが俺の側から見ていても分かる。普段はあんなに明るいはずの悠里に笑顔は見られない。それでも、俺は悠里に対し自分で選んだ答えを告げることに迷いはなかった。

「悠里の気持ちには応えられない」

 そう。これが俺の選んだ悠里の想いに対する返答だった。

「多分、俺が悠里と付き合うことになったらすごい楽しい時間が過ごせるんだろうなって思う。毎日のようにバカやっても、あいつらバカップルだからとか言われて。でもお互いにまんざらでもなくて、ちょっと照れちゃったりしてさ」
 
 あるかもしれなかった日々に想いを馳せる。
 イフの世界。だけど本当に俺も思い描いてしまった悠里との関係。
 だけど、その世界を選ぶことを俺は拒んでしまった。

「だけど、それ以上に俺は悠里との関係の変化が怖い」

 そんな楽しい生活よりも先に俺が考えてしまったことは、悠里との関係の変化だ。
 ここ最近それを感じたことによって大きく関係が変わってしまった。それがきっと別れるってことだ。

「きっと悠里とは、もし仮に別れることがあっても仲良くやっていけるのかもしれない。だけど今それをうまくできていない自分がいるからこそ悠里との関係が大きく変わってしまうのが嫌だ。すごい情けない回答なのかもしれない。それでも俺は悠里と仲のいい関係でありたいと思った」
「そっか。でもよかった」
「よかった……?」

 思いもしない悠里の回答に一瞬耳を疑ってしまう。

「たしかにムカつくこともある。だってそれって本当の意味での告白に対する返事じゃないってことじゃん。ここでの選択だってある意味お互いの関係を変えることになるし……。でもそれ以上に私の存在が駿にとって大きなものだってことだし。それに——」
 
 ふあっと悠里のシャンプーの匂いが香る。

「それに、それくらい駿は私のことが好きってことでしょ?」
「え——?」
 
 思っても見なかった返しに素っ頓狂な声が漏れ出てしまう。
 言われてみるまで考えてもいなかった。そうか、それってつまりそういうことなのか。

「だからさ、駿が私のことを振ったとしても関係が全然変わらなかったら駿の気持ちを変えることもできるってことじゃん!!」

 悲しがるわけでもなくそう言い切った。

「だから、駿が痛々しくも思い描いちゃったバカップル生活を実現できるようにこれからも仲良くしていくことにするよっ! 見てろよ!!」

 言い切ると気持ち良さげに伸びをする。

「じゃあ、帰ろっか!」
「わかった」
「うん!」
 
 夏の終わりを感じさせない、夏の太陽のような笑顔にどこか俺の方が励まされていた。
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