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一章 長年の恋が終わった
答え
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「ごめん……駿……」
もっと他にもいいたい言葉はあるのかもしれない。だけど振り絞った声で、彼女の口元から紡がれたのはその言葉だった。
「もういいよ……もういい、俺の方こそ迂闊な行動をとったことはごめん……」
先ほどから正樹は黙り込んでいる。正樹も正樹で遠因の一つに自分があったと思っているのだろう。
正樹は他人に厳しくもの言えるタイプの人間だ。それだけに自分に対してもそれ以上に厳しくあろうとする。それ故に今回の一件は自分にとって傷を負う結果になったに違いない。
確かに問題はそこにもあるのかもしれない。でも、本質はそうじゃないだろう? と心が訴えかける。
正樹がその時に二人をその場に呼んだからでも、美織と二人きりになったからでもない。
この問題の本質は、俺と実菜の関係にある。
だからこそ俺はこれから苦しくもあるが彼女に対して伝えなければいけない言葉がある。
「あのさ実菜、お前はこの話し合いを通して、どう思った?」
「……」
数秒の沈黙の後真一文字に結ばれた形の良い唇が開かれる。
「私は、しっかりと向き合う必要があったと思ってる。感情に任せて駿に酷いことをした。だけど、だけどもしチャンスが貰えるなら――」
潤んだ瞳が訴えかける。
だけどごめん。俺は今からその必死な訴えかけに対して残酷な答えを返すことになってしまう。
「――ごめん。その希望には応えられない」
「――――!?」
断られると思っていなかったのか、必死なその瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。ぼろぼろぼろぼろと大きな粒が制服のスカートに落ちて染みを作っている。
ひっくひっくと嗚咽の音が強くなり、周りと比べて音の無いこの部屋に小さな音を響かせる。
彼女の泣き姿を見ることにここまで心を苦しめることになるとは思わなかったけれど、自分の中で決めたこの答えを今は変えることは無い。それだけは確実に言えることだ。
「どうしても……無理なの?」
涙を必死に堪えて何とか声を紡ぎ出す。
後悔や悔恨といったような感情が感じ取れる。だけど、そんな彼女に対して俺が返す言葉は変わらない。
「うん……ごめん」
部屋の中に静寂が生まれ、その静寂に耐えかねたのか、静かに……本当に静かに実菜は立ち上がる。
「ごめん、お金は明日返すから……今日は先に帰る……」
「ああ」
俺に代わって正樹が応えた。
――バタン、それが俺らの時間、四年間という本当に長い時間を……関係を……本格的に終わらせる音となった。
無機質なドアが、もう戻ることの無い関係を示しているかのように感じて、少しだけ涙が浮かんできた。
別にこの涙の理由は未練があったからとかじゃない。
終わりを告げる辛さ、それを受け止めた彼女の強さ、四年間分の時間への感謝……複雑な感情がごっちゃ混ぜになって、涙となって現れた。
「そういう結論に至ったんだな」
「……あぁ……」
実菜の前で流してしまえば彼女の抱える未練のようなものを引き出してしまうように感じた、なんとか耐え切ったが、どうやらここが限界らしい。
抱え込んだ一杯一杯の感情から今ようやく解放された。その感情は涙となって俺の体の外側に出て行く。
「お前も頑張ったな」
「すまん……」
彼女が嫌いになったとか、そういう理由じゃない。言葉にしてうまく説明することが難しい感情ではあるが、なんとなくそれは悲しみに近かったのだと思う。
自分の誠意を信じてもらえなかった、話を聞いてもらえない。そんな精神的なもの。
どれだけ物理的な距離が近くても、俺らの心の距離感が埋まっていなかったことがわかる。そんな状態で俺らの関係を続けることが不可能だ。
「良い悪いは無いと思うけど、お前の出した答えは間違ってなかったと思ってる」
「そうかな……」
「ああ」
結局この日、俺らが借りたこの部屋はカラオケの本分を果たすことなく二時間という時間を終えた。
もっと他にもいいたい言葉はあるのかもしれない。だけど振り絞った声で、彼女の口元から紡がれたのはその言葉だった。
「もういいよ……もういい、俺の方こそ迂闊な行動をとったことはごめん……」
先ほどから正樹は黙り込んでいる。正樹も正樹で遠因の一つに自分があったと思っているのだろう。
正樹は他人に厳しくもの言えるタイプの人間だ。それだけに自分に対してもそれ以上に厳しくあろうとする。それ故に今回の一件は自分にとって傷を負う結果になったに違いない。
確かに問題はそこにもあるのかもしれない。でも、本質はそうじゃないだろう? と心が訴えかける。
正樹がその時に二人をその場に呼んだからでも、美織と二人きりになったからでもない。
この問題の本質は、俺と実菜の関係にある。
だからこそ俺はこれから苦しくもあるが彼女に対して伝えなければいけない言葉がある。
「あのさ実菜、お前はこの話し合いを通して、どう思った?」
「……」
数秒の沈黙の後真一文字に結ばれた形の良い唇が開かれる。
「私は、しっかりと向き合う必要があったと思ってる。感情に任せて駿に酷いことをした。だけど、だけどもしチャンスが貰えるなら――」
潤んだ瞳が訴えかける。
だけどごめん。俺は今からその必死な訴えかけに対して残酷な答えを返すことになってしまう。
「――ごめん。その希望には応えられない」
「――――!?」
断られると思っていなかったのか、必死なその瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。ぼろぼろぼろぼろと大きな粒が制服のスカートに落ちて染みを作っている。
ひっくひっくと嗚咽の音が強くなり、周りと比べて音の無いこの部屋に小さな音を響かせる。
彼女の泣き姿を見ることにここまで心を苦しめることになるとは思わなかったけれど、自分の中で決めたこの答えを今は変えることは無い。それだけは確実に言えることだ。
「どうしても……無理なの?」
涙を必死に堪えて何とか声を紡ぎ出す。
後悔や悔恨といったような感情が感じ取れる。だけど、そんな彼女に対して俺が返す言葉は変わらない。
「うん……ごめん」
部屋の中に静寂が生まれ、その静寂に耐えかねたのか、静かに……本当に静かに実菜は立ち上がる。
「ごめん、お金は明日返すから……今日は先に帰る……」
「ああ」
俺に代わって正樹が応えた。
――バタン、それが俺らの時間、四年間という本当に長い時間を……関係を……本格的に終わらせる音となった。
無機質なドアが、もう戻ることの無い関係を示しているかのように感じて、少しだけ涙が浮かんできた。
別にこの涙の理由は未練があったからとかじゃない。
終わりを告げる辛さ、それを受け止めた彼女の強さ、四年間分の時間への感謝……複雑な感情がごっちゃ混ぜになって、涙となって現れた。
「そういう結論に至ったんだな」
「……あぁ……」
実菜の前で流してしまえば彼女の抱える未練のようなものを引き出してしまうように感じた、なんとか耐え切ったが、どうやらここが限界らしい。
抱え込んだ一杯一杯の感情から今ようやく解放された。その感情は涙となって俺の体の外側に出て行く。
「お前も頑張ったな」
「すまん……」
彼女が嫌いになったとか、そういう理由じゃない。言葉にしてうまく説明することが難しい感情ではあるが、なんとなくそれは悲しみに近かったのだと思う。
自分の誠意を信じてもらえなかった、話を聞いてもらえない。そんな精神的なもの。
どれだけ物理的な距離が近くても、俺らの心の距離感が埋まっていなかったことがわかる。そんな状態で俺らの関係を続けることが不可能だ。
「良い悪いは無いと思うけど、お前の出した答えは間違ってなかったと思ってる」
「そうかな……」
「ああ」
結局この日、俺らが借りたこの部屋はカラオケの本分を果たすことなく二時間という時間を終えた。
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