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一章 長年の恋が終わった
前を向いて
しおりを挟むその後三十分ほど椎名《しいな》と別れ、俺はそのまま散歩に、椎名は家へと戻っていった。
なんでも、「まだ帰ってきたばっかりで色々片付けなければいけないからさ!」とのことらしい。久しぶりに帰ってき旧交《きゅうこう》を温めることが出来たのか、出来ていないのか、その判断は難しいところだ。
しかしそれでも久しぶりに彼女の笑顔を見れたこともあって、自分の中で嫌に焼きついていた彼女のあの、痛々しい笑顔は華やかな女の子の笑みに更新することができた。それだけでも俺らにとってはとてもいい出来事だったんじゃないだろうか。
足の向くままに河川敷の方へ向かい、本来の目的である悠里のことを考え直す。
俺の心の中でのあいつはどういう立ち位置なのだろう。
一年の頃に仲良くなって、この二年間近くを一緒に過ごしてきた。
その中で彼女が俺に思いを寄せてくれていたことにも気づかず、俺は実菜のことで精一杯だった。かしその実菜と別れた今、フラットな視線で彼女を見た時児玉《こだま》悠里という少女に対し俺は――。
「魅力的な女の子ではあるな」
言葉にしてみて分かる。少なからず加賀美駿という男子は少なからず児玉悠里という女子に対し魅力を感じているのだ。
それに、彼女の「好き」という言葉に対して嫌だという感情を抱いていないのもまた事実。
それなのであれば……。
「後はもう、俺の気持ち次第だ」
しっかりと考えて、答えを出す。
悠里は今すぐじゃなくていいと言っていた。だからといって彼女の言葉通りに引き伸ばすのは誠実じゃない。
堤防にさわやかな風が吹く。俺はそこに腰掛けじゃぶじゃぶと流れる川の音を聞く。
今の俺のこの悩みは、他の人から見れば贅沢な悩みなのかもしれない。だけど、この選択次第では俺らの関係性すら変えてしまうことになりかねない。
「でもまあ、まずは俺の問題とも向き合わないといけないな」
ある程度自分の中でうっすらとした答えのようなものを決めつつも、その問題の根本たる部分にも思考を巡らす。
俺の浮気がどうのこうのというそもそも今回の原因、それが一体何なのか。
「まったく見当もつかない……」
どれだけ考えても、それらしいような行動として思い当たるものが無い。一体どういう行き違いがあってこんなにややこしい状況になったのだろう……。
先ほどまでは頭の頂点の位置にあった太陽さんも一日の折り返しを告げるかのようにその高さを少しずつ少しずつ下げてくる。時刻を確認すればもう少しで三時というところ。家を出てから二時間と少しくらいだろうか、それだけの時間が経っていた。
いくら時期的に夏とはいえそろそろ時間も時間だ、風も冷たくなってきて鳥肌が立ち始める。
「帰るか……」
結局どれだけ考えても、答えは出なかった。
だからこそハッキリしたこともある。やはりこの問題に関しては実菜と話し合わないことには解決しないということだ。考えてこの結論かよとも思うが、自分にはやはり身に覚えが無いということ、そして話し合わなければ何も分からないこと、これらが分かったという事実の方が重要だ。
それに、この件ではっきりと分かったことは、少なからず俺には未練のようなものがない。しっかりと別れたということのその先を見ている。だからこそ、足踏みはもうやめてそろそろ前に進み出さなければ。
いつまでも過去のことを振り返っているんじゃなくて未来に目を向けて歩き出すことが重要だ。それを今日知ることが出来た。
椎名がそうであったように、俺も俺で踏み出さなきゃ。
家を出た時は重苦しかったような気分も、どこかふっと軽くなったように俺の足取りも重荷が外れたかのように軽いものになっていた。
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