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一章 長年の恋が終わった

告白

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「んっ……」

 艶かしい声と共に俺の口元から悠里の体温が消える。
 離れていく瞬間、再度柑橘の匂いが香った。

「なあ――悠里っ――?」
「好きなの」

 いつに無く真剣な表情に、ここで何かを聞くのは野暮なのだと理解する。すべては彼女の行動が示してくれている。だから今はただ、悠里の心のうちを自らが語ってくれるのを待つ他無い。

 沈黙の時間がやけに長い。一秒……二秒……三秒……こんなに長かったっけ。だけど俺らの瞳と瞳は重なったまま、何かを訴えあっている。

 バスはとっくに見えなくなってしまって、この場に残されたのが俺ら二人だけなのだとしっかりと理解させられる。正樹も実菜も美織も、頼りになるメンバーはここには居ない。

「この前さ、空き教室で一緒にご飯食べたじゃん? その時さ、めちゃくちゃ嬉しかったんだ。なんていえばいいのかな……やっと私はこの人を好きな人として見れるんだって思ったから」

 もう、ゲーセン内の大きい音は聞こえない。耳が大きい音から解放されたからなのか、悠里の綺麗な声がいつにも増してよく聞こえる。

「好きな人ってどういうこと?」

 その言い方ではまるでそれまでは見ていなかったと聞こえるし、それならじゃあなんで今こんな行動に出たのかの説得力のようなものに欠けていた。

「私さ、一年の頃にはもう駿のことが気になってたんだ。だけどさ、やっぱり駿には実菜ちゃんが居て……このままそういう目線で駿を見ちゃったらもう友達としてみることが出来ないって思っちゃった。だから私の思いは胸の奥に秘めて誰にも見せないようにしようって思ってた」

 悠里のその染め上げた頬の色が、あの日の空き教室の姿と重なる。

 あの日悠里が俺に向けていった「うち……とか」という台詞。あれは冗談なんかじゃなくて本心からの台詞だった。いや、ちゃんと考えさえすれば見抜けていてもおかしくない。なのにあの日俺はあの場をごまかしたせいで悠里の想いに蓋をさせてしまうことになった。

「ごめんね、あの日真剣に駿の話を聞いてたけど実は内心嬉しかった。やっと私にもチャンスが巡ってきたんだなって。だから私はもう決めたの、駿のこと、友達だってことにして自分の気持ちを隠さないって、ちゃんと好きな人だって思って駿にアピールしようって」

 ドクンバクンと高鳴る心臓の音がこいつにまで届くんじゃないかって不安になる。
 俺はこれまで告白ってものを受けたことが無い。
 真正面からの真剣な彼女の想いにただただ胸を奪われていた。


――だけど、今はまだこの彼女の想いに答えを出してはいけない。それだけは分かる。


 今応えてしまったらそれは好きだからとか、嫌いだからとかじゃなくただ単純に自分の心の穴の空いた部分を悠里で埋めようとしているだけだから。
 それは誠実じゃない。

「あのさ、悠里――」
「まだ、答えを出さなくてもいいよ」

 まるで分かっているかのように悠里は微笑む。

「どうせ今答えを出したら不誠実だとか思ってるんでしょ? だからまだ待ってほしいとか、そういうつもりなんでしょ? これを言うって決めた時から駿はそういうだろうなって思ってたから……だから今はまだ聞かない」

 晴れ渡った青空のようにすっきりとした悠里の笑顔、その優しい微笑みに甘えてしまうことに少しだけ胸が痛む。

「それに、そういう誠実であろうとしてくれるところが好きだから……」

 好きって言葉で再度顔を赤くする。

「ありがとう。ちゃんと悠里の気持ちに対して答えを出すから」
「うんっ!」

 ようやく元気な悠里に戻った。さっきのような表情も素敵だけど、やっぱり悠里はこうやって元気な姿が一番似合っている。

「それじゃあ、さすがにあいつらにも悪いから、さっさと次のバスに乗って帰ろうな」
「うん、心配かけちゃっただろうし……」

 明るかった表情に少しだけ影が差す。さっきの教訓を生かすべく俺はサッと悠里の頭を撫でる。

「でも駿と二人きりになれたからそれはそれで釣り合いは取れてるかな!」

 本当にこいつって奴は……。後で一回正樹に叱って貰おう……。

「はあ、ったくお前って奴は……」

 そういう俺もつられるようにして笑っていた。


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