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一章 長年の恋が終わった

美織の隣

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「おい、何でこんなギスギスした状況になってるんだよ」
「うちらが来るまでに何があったの……」
「……いや……特に何もなかった」
「……ほんとに言ってるの?」
「うん……」

 こそこそ話のように俺ら三人は固まって話す。

 そう、マジで何もなかった。逆に言うとこの気まずさのようなものは何もなかったが故のものなのかもしれない。
 美織みおりが俺らが別れたことについてある意味無邪気に問いかけ、そして実菜みながそれに答える。そこで出来上がった気まずい雰囲気に耐えかねて俺はトイレに逃げ出したのだ。

 悩みに悩んでトイレを出た瞬間、珍しいことに時間よりも早く来たこいつらと遭遇したというわけだ。
 そして今に至る。
 遠巻きに二人の様子を見るがなんともいえない空気感のまま相対して座っている。

「とりあえずこのままって訳にはいかねえだろ、ほら行くぞ」

 俺と悠里は顔を見合わせて頷いた。


「あ、三人とも一緒だったんだね!」
「トイレから出たら、丁度バッタリ会ってな」
「そうなんだよねっ!」
「それじゃあ、みんな集まったって事だし行こうぜ」
「まぁお前ら待ちだったんだけどな?」
「細かいことはいいんだよ」

 話を強引に終わらせると俺らはショッピングセンターの中ではなく外へ出る。そう、そもそも今日の目的地はここではない。ゲームセンターなのだから。

 ゲームセンターまではバスで行くことになる。というのも学生の身分だからもちろん車なんてものはないし、だからといって親の力を借りるのも忍びない。となれば次にあがる選択肢がバスとなるのも俺らの住む地域であれば妥当だろう。

 集合時間から十分後にゲーセンのある辺りに向かうバスが来る。後から来た二人が五分は遅れる想定での集合時間だったので意外にも待ち時間が出来た。

「時間もあるし、バス乗ってから悩まんようにあらかじめ席に座るメンバー決めとこうぜ」
「そうだな」

 割とこういうときの正樹は頼りがいがある。普段からこうだといいのに。

「じゃあ俺と正樹で――」
「それじゃあ、つまらんのでグッパーな」
「俺、何か悪いことしましたかね」

 否定的な意見もでなかったこともあり結局正樹の案が採用されることになる。
 ただ、俺の心に少しだけダメージを負った。


「隣だね!」
「おう、少しの間よろしくな」
「うんっ!」

 片道十五分のバス旅、相方となったのは美織だった。
 正直、あの状況の中で一番避けたかったのは実菜と隣同士になることだったのである意味じゃありがたいことではあるんだけど……。

 纏わりつくようなじーっとした視線が俺の後頭部に突き刺さる。
 俺と美織が座る二人がけの席の三つ分くらい後ろ、最後列にその他三人が並ぶように座っている。

「そういえばさっ」
「んっ?」

 ヒソヒソ話に切り替えたのか声を小さく、そしてなるべく俺の耳元で美織が囁く。その囁き声がどこか色っぽくてぞわっとする。

「本当に二人は別れたの?」

 “別れた”、その言葉を聞いて胸の奥がずきんとする。もう認めなくちゃいけないのに、その言葉に対する耐性みたいなものが未だにつかない。

「ああ、本当だよ」

 だから俺はあえて「別れたよ」とは答えなかった。
 別にそれはそこに未練があったからとか、そういうわけじゃなくて、別れたよとどれだけ頭で思い込んでいたって、心が彼女でいたときのことを覚えている。

 そんな心の少しばかりの抵抗のようなものがその言葉を口にすることが拒んだ。いつか、海が凪ぐように俺の心にも「別れた」と言って心が乱れない日が来るのだろうか……。
 今はまだ、俺の心は荒れた海のように感情の起伏が波となってザバーンと音を立てている。

「そっか、答えてくれてありがと」
「いや、俺もいい加減心に整理をつけないといけないし……」
「私は別に、無理に整理をつける必要がないと思うな」
「それは、どういうこと?」

 それを聞いたのは単純な疑問だった。

「誰だって、嫌なことを無理やりやろうとしても上手くなんていかないでしょ? 何かのためにやろうって目標があるならいいのかもしれないけどさ、駿くんはそうは見えないし。なにより、意識しないようにするために無理やり整理したんじゃ、その整理のために見たくないもの、思い出したくないものを見ることになっちゃうと思う」

 今の俺の表情を言葉で表すとしたら、唖然が一番適当だと思う。
 彼女の言っていることに気づいていなかったからだ。

「だから、私は自然に思い出さなくなるまでそのままでいてもいいと思う」

 にこっと、俺を肯定してくれるような優しい笑みで俺を見つめる。

「でも、どうやって」
「誰か、別な誰かと恋をすればいいんじゃないかな?」

 やっぱり美織もそう言うのか……。

「それに、もう既に駿君を好きな誰かが君を狙ってるかもしれないよ?」

 油断しきっていた俺の耳元で、美織は確かにそう呟いた……。
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