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第8話 お二人さんと入学式 2
しおりを挟む「絆、今の暮らしはどうだい?」
買い物に向かっている最中のことだった。
「まあまあ楽しいよ」
父さんはちらっとこちらに目を向ける。そういう細かな所作の部分は父親に似ているのだなと再認識する。
「当たり前だけど、俺は心配してたんだよ」
「まあ、そりゃあ一人暮らしを始めれば心配にもなるよね」
「んー、まあ、それもそうなんだけど」
なんだか煮え切らない解答だった。
運転しながらというのもあり父さんの返事は間をおいてから返って来る、その少しの間の静寂がどこかいつかの光景と重なる。
「一人暮らしはあまりかな、絆は俺よりもしっかりしてるから」
父さんは「あはは」と頭を掻いている。
何というか言葉を探しているといった様子だ。
「絆は、なんていうかな。親しき人を作らないようにというか。紫子さんが亡くなってから自分の間合いにあまり誰も入れないっていうかそういう部分があったからさ、いきなり女の子と二人で住むことになったから心配だったというか」
父さんの言いたいことがなんとなく分かった。
多分父さんのそれはあっているのだ。
自分の理解する自分よりも、誰かから見た自分の方が正確に自分の事を見ている。
もちろん俺は自分の中で無意識のうちに他人と距離をとっていた。
「でも、こっちに来て少し変わったな絆は。どこか表情が明るくなったというかやわらかくなった。前まではどこかお前の笑顔はどこか作ったもののように感じたから」
そこまでは思っていなかったが、父さんが言うのだから間違いないのだろう。
こっちに来て変わったか……それはどこかの誰かのせいだろうな。とか考える。
自分とは似ているようで似ていない、根っこの部分は似ているのに方向性が違うというか、そういう“あいつ”の性格に知らず知らずのうちに巻き込まれたことで偽るとか偽らないとかそういうことを考える暇も無かったのかもしれない。そういった点を考えると父さんの考えている変化というのも納得がいく。癪だが……。
「もちろんだけど、絆だけでなく茉莉ちゃんのことも心配はしていたけど」
そっちは多分俺と住むことで俺に何か知らされないかという部分だろうからとりあえず流し気味に「そうだよね」と言っておいた。
普段近くのスーパーにいくのだが今日は折角車があるのだし、少しばかり遠めにある大きいショッピングモールまでやってくる。
そもそもここに来るのを提案したのは父さんでもある。
意外にも父さんはウインドウショッピングが好きで、こういう大きい店には行きたがる。
俺もそれに似たのか色々見て回るのは嫌いじゃない。
目的の食材は後回しにして中の色々なお店を見る。
そこで俺の目に入ったのはキッチン用品の便利グッズであったり、料理用品などが打っている店だ。
俺は最近包丁に困っていた。
家にあるのが古めな包丁で若干切れ味が鈍っている。そのため砥石を買うか、新しい包丁を買うべきか、はたまた両方買うか……悩ましい。
「調理道具欲しいなら父さんが買ってあげるよ」
「え? いいの?」
突然の申し出に驚いた。
「まあ、料理してもらうわけだし調理道具くらいね! それに多分家にあるのは母さんが前まで使っていた奴だろうし自分用を持っているのか持っていないのかでも料理のしやすさって違うと思うし」
「そう言ってくれるならお言葉に甘えようかな」
そうと決まればまずは包丁だ。慎重に選ぼう。
普段使いする物だし三徳包丁でいいだろう。あれもいいなこれもいいなと考えてしまう。そして迷った末に刀身からもち手の部分までがオールステンレスとなっている物を選んだ。
「ふふっ」
「……ん?」
「いや、なんかその調理道具を選んでいる時の姿が、昔の紫子さんと重なって」
「そうなの?」
「昔紫子さんが、僕が使っていた包丁を持って使いにくいから自分にあった物を買うといいだしてね……。だから、なんかその時の紫子さんと似ていて」
父さんはなんだか嬉しそうな顔をしていた。
そっか、昔から使っていたのは母さんが自分で選んで買っていた物だったのか。
「あと、砥石もお願い!」
「わかったよ、後はいいのかい?」
とりあえず一回考えてみるがとりあえず必要そうな物はなさそうだ。
「大丈夫」
「分かったそれじゃあ会計してくるね」
「ありがとう、父さん」
そっか、母さんが……なんだか不思議な感覚に包まれていた。
「はい、これ」
「ありがと」
なんか今日は色々ある日だな……。
買い物を済ませ家に帰って来る。
時刻は丁度四時、家を出てから二時間三時間がたつ。
家に帰ってくれば何故かテーブルに垂れている茉莉と楽しそうな春奈さんがいた。
両家ともに言えることだが、久しぶりの親子水入らずの時間だったのではないだろうか。
少なからず俺は久しぶりの親子の時間は有意義だったと感じている。そう考えると俺の入学式のためとは言え時間を作って来てくれた父さんを含め、春奈さんのためにも料理に力を入れよう。
先ほど買ってきた包丁を入れ物から取り出す。予想通り手に馴染む。
「よし、仕込みを始めるか」
「楽しみにしてるよ」
「私は作っているところ見学しようかしら!」
「疲れた……、帰ってくるの遅いよ絆……」
一体茉莉にはなにがあったのだろう。
現在の調理の進み具合といえば豚汁は完成、煮物は火を止め、少し冷まして味を吸わせる。から揚げは揚げるだけ。これだけ進んでいればほとんど終わったといってもいいだろう。時計を見れば丁度一時間くらいが経っていた。
最初の方は春奈さんが近くで調理の姿を眺めていたのだけど、なにやら父さんと春奈さんは「買い忘れがあるから近くのスーパー行って来る」と言って出かけていった。大人がいきなり買いものに行くってことだし酒でも買いにいったのだろう。
ご飯のスイッチを押し、一旦休憩。
別に好きでやっているとは言え、朝から入学式だったり買い物に出かけたりと気付けば結構な疲労感だ……少し休もう。
ソファに腰掛け、いつかと同じように沈み込む。まるでソファと一体化するような感覚を覚える。
少し目を閉じたが最後、眠りの波が一気にやってくる。
茉莉は隣でスマホを弄っていた。
「なあ、茉莉……ご飯炊けたら起こして……」
「うーん」
そのまま俺は眠気の波に身を委ねて、眠りの闇に落ちた。
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