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第四章 魔法とは

29話

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「はぁー……」
 ジョナソンは目の前の光景に目を疑う。そして疑いながらもこれは紛れもない事実であることを認めざるおえなかった。
 目の前ではジョナソンの腰ほどにも満たない小さな子供が一面に花畑を作ってみせた。そして嬉しそうに笑いながらジョナソンの言葉を待っている。
 まさかこの間の今日でしっかりとした魔法を、しかも創造の魔法を使えるようになるとは思わなかった。
 創造の魔法とはその名の通りゼロから一を生み出す魔法のことを指す。この間、ジョナソンがシイナに見せた魔法は、そういう意味では創造の魔法ではなく既存するものからその生命を誕生させただけで、魔法使いなら誰でもできる基本中の基本の魔法だった。
 だけど創造の魔法は魔法の中でも上級魔法とも言える。何故なら何もない場所からモノを生み出すからだ。どんな人間にも無から有を生み出すことは相当の労力と魔力が必要となる。魔法使いの中でも、一生を賭けてもその魔法の習得ができない者もいるほど、創造の魔法は難しい魔法なのだ。
 それを魔法を初めて扱う子供が難なくやってのけたのだ。
 目の前で咲き乱れる花々は元から地面に種が埋まっていたわけではない。目の前の子供が一から創造し、咲かせた花達だ。
 これでは魔法使い泣かせもいいところだった。
「これじゃあ、ダメ、ですか?」
 何も話さないジョナソンに目の前の子供、シイナは喜びから一転不安そうな顔を見せる。ジョナソンはゆっくりと花畑からシイナの方に目を向ける。
「いいや。合格だ。それも文句なしの」
 ジョナソンはシイナの方に足を向ける。シイナはジョナソンの言葉にまた嬉しそうに顔を輝かせた。
「お前、どこかで魔法、習ったことあるのか?」
 自分で尋ねておきながらそれはないなと首を横に振る。もしもどこかで習ったことがあるならこの間の時にすでにこれをやってのけただろう。
「魔法も、初めてです」
 シイナはきょとんとした顔で答えた。ジョナソンは口の中で「そうだよなぁ」と噛み締めるように呟く。
 ジョナソンは目の前の少女の底なしの力を前に何を教えればいいのかわからなくなる。これならすぐにジョナソンの力量を超えるのが目に見えてわかったからだ。
 ジョナソンは心の中で頭を抱える。魔法を使ったことのない子供に何をどうやって教えればいいんだと不貞腐れるような気持ちからこんな秘めた力を持っている子供をどう扱えばいいのかわからない気持ちになる。
 この力は諸刃の剣だ。
 シイナの考え、心の持ちよう、そして魔法に対する扱い次第ではシイナが使う魔法は多くの人間を傷つけることだってできる。シイナの心がいつまでも純粋で綺麗なままだとは限らない。シイナの心が欲に負けた時、シイナならどんなことでもその魔法でやることができるだろう。
 その可能性に至り、ジョナソンは眉間に皺を寄せる。この少女の取り扱いは十分に気をつける必要があると心に刻み込む。
 だけどそんなジョナソンの心のうちなんて知らないようにシイナは頬を赤らめながら嬉しそうに呟く。
「魔法は美しく、清らかなもの。みんなを幸せにする素敵な力」
 それはアルベリヒと初めて魔法を使おうとした時にアルベリヒと話していたことだった。
 シイナの呟きにジョナソンはハッとする。ジョナソンはこの少女の行く末を考えるあまり悪い想像ばかりしていた。だけど、この少女はそんな先のことを考えず、目の前の、今この瞬間の誰かの幸せだけを考えていた。
 ジョナソンは軽く頭を振って考えを切り替える。
 どれだけこの先のことを案じたって仕方がのないことだ。それよりもこの少女の純粋な心を守っていく方がよっぽど建設的と言えた。
「私の魔法は、みんなを幸せにできますか?」
 シイナはジョナソンの袖を軽く引っ張る。心配そうに不安そうに、シイナはジョナソンに尋ねる。
 みんなの幸せ。
 ジョナソンはその言葉から初めて魔法を使った時のことを思い出した。今でこそ色んな魔法が使え、先生の真似事をしているジョナソンであったが、ジョナソンにだってシイナのような時期があった。
 ジョナソンは初めての魔法を病気の妹のために使った。その時も病弱で外に出ることのできない妹のために、小さな植木鉢に小さな花を種から芽吹かせるという基礎中の基礎の魔法を使ってみせた。
 妹の喜ぶ顔が見たくて。
 ただその一心でジョナソンはその魔法を何度も練習した。
 その時のジョナソンは目の前の少女のように純粋に妹の幸せを祈っていたに違いない。
 その祈りが、願いが、ジョナソンの始まりとも言えた。
 今のジョナソンはどうだろうか。
 今の自分は帝国魔法騎士団の団員として主に研究に勤しんでいるが、国からの命令があればこの力を使って多くの人を傷つけることもある。それこそ先王の時代は少女の仲間であろう獣人達に向けて何度も魔法を使った。それが魔法使いとしての使命だったから。請われればどんな魔法だって使った。研究のためにその魔法を実戦で使ったことだってあった。
 今更自分の身の振り方を後悔するつもりも弁明するつもりもなかったが、せめてこの少女には魔法の本質を忘れないでほしいと思った。
 魔法とは人々を幸せにしたいという願いであることを。
「ちびっ子、お前は、みんなを幸せにできるよ。お前の魔法ならきっと」
 ジョナソンはふっと笑ってシイナの頭をわしゃわしゃと掻き乱す。突然のことにシイナは驚いていたが、ジョナソンの言葉に嬉しそうに微笑んだ。
「よし!それじゃあ、本格的に魔法について教えてやるよ!」
 しばらくして満足したのかジョナソンはシイナの頭から手を離し、腰に手を当てる。その言葉にシイナは瞳を輝かせる。そして元気よく「はい!」と返事をした。
 ジョナソンはこの少女の行く末を見守るのも悪くないと、今ならそう思えた。



 その日はジョナソンに魔力のコントロールや簡単な魔法について習った。そしてその習ったことを寝る前にアルベリヒに嬉しそうに語って聞かせた。
 きっとアルベリヒはすでに知っていることだろうけれど、初めての魔法にシイナは興奮した様に話していた。
 そして夜も更けた頃、アルベリヒに促されてシイナは眠りについた。アルベリヒもそれを確認してそっと部屋から出ていった。
 シイナはしばらく横になって寝ていたが、ふとした時にパッと目が覚めた。そして魔法の感覚を思い出しては頬が緩むのを抑えられなかった。
 それほど魔法を使うということがシイナにとっては新鮮で、心躍らせるものだったのだ。
 興奮冷めざらぬ様子のシイナはゆっくりと体を起こした。そして小さな手をお椀の様にするとその手の中に小さな光を生み出した。これは日常生活で使う様な簡単な魔法の一種だった。シイナの心に合わせて弱く光ったり強く光ったりするそれをシイナはニコニコと見つめていた。
 コンコン。
 突如響いたノックの音にシイナははっと体を硬直させる。驚いた拍子に心が乱れ、コントロールを失った魔法はその場に霧散した。
 誰だろうと思いながら扉の方を見る。シイナは布団から降りて扉を開けに行く。
 とたとたと軽い音を立てて扉に近づいて開けると、その向こうには一人の見知らぬメイドが立っていた。シイナはそのメイドを不思議そうに見上げた。
 そのメイドの表情は能面の様に無表情で怖いくらいだった。

 
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