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第四章 魔法とは

28話

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 初めての魔法の授業を受けてからシイナは魔法のことで頭をいっぱいにさせた。
 ジョナソンが言うように魔法は魔法を使う人の想いの強さで大きく変わる。それはアルベリヒが使った魔法やジョナソンが使う魔法を見てなんとなく理解はできた。
 だけどシイナは自分がどんな魔法を使いたいのか、より具体的に思い浮かべることができなかった。
 アルベリヒの魔法のように優しく、温かい魔法を使いたいと思う。ジョナソンの魔法のように美しい魔法を使いたいと思う。
 そう思うのに、シイナはなかなか魔法をコントロールすることができなかった。
 アルベリヒに相談をしてみた日もあったが、アルベリヒはどちらかというと天才肌で、感覚で魔法を使っていたため、シイナにはその感覚を理解することは難しかった。その代わり、アルベリヒはシイナに魔法の力の流れを考えるように、と言われた。
 シイナがアルベリヒの手を握りながら魔法を使おうとした日のように、どこから力が流れ、どこへ向かっていくのか、その一筋の道筋をしっかりと作ってはどうか、というのがアルベリヒの考えだった。
 その助言を受けたシイナはさっそくそれを実践してみせた。
「だ、大丈夫ですか、お嬢さま」
 中庭でジェイクが見守る中シイナは手を前に突き出して立っていた。むむむっと唸るように眉間に皺を寄せて手に力を込める。しかしいくらシイナが唸っても魔法は発現する様子はなかった。
 そんなシイナの様子をジェイクはハラハラとした様子で見守っていた。
 ジェイクはあいにく魔法の才がない。試したことがないわけではなかったが、うんともすんともこれっぽっちも何かが起きることはなかったのだ。それ以来、ジェイクは魔法を使うことを諦めていた。
 その話をシイナにすると、シイナはジョナソンから聞いた話を思い出しながら伝えた。曰く、魔法の素質は誰の中にもあるのだ、ということを。
 その言葉にジェイクはそんなわけないと眉を顰めたが、習ったことを嬉しそうに話すシイナに水を差すわけにもいかず、ただ黙って話を聞いていた。
「大丈夫かな……」
 シイナを見守りながらジェイクは地面に座り込む。シイナは変わらず眉間に皺を寄せながら魔法を発現させようとしていた。やがて手を上げ続けることに疲れたのか、がっくりと肩を落としながら手を下ろす。
「ジェイク……」
 シイナは泣きそうな顔でジェイクに助けを求める。しかし残念なことにジェイクも魔法についてはさっぱりだったため、シイナを慰めることしか出来そうになかった。
「だ、大丈夫ですよ!お嬢さまならきっと出来ます!」
 何の根拠もない励ましだが、シイナの気持ちは少しだけ上を向いたのかもう一度腕を伸ばしてチャレンジをする。
 シイナは深呼吸をしてその力の流れを改めて考える。
(そういえば、魔法の力はどこから生まれるんだろう)
 ふと思った疑問だった。
 ジョナソンは素質があれば誰でも使えると言った。その素質とは一体何を指すのだろうか。
 アルベリヒは魔法の道筋をたてるようにと言った。その道筋の始まりは一体どこにあるのだろうか。
 シイナはゆっくりと手を下ろして考え込む。
 仮に、魔法を使う力を魔力と呼んで、魔力を素質として置き換えるのなら、その素質の始まりはどこに当たるのか。
 心臓だろうか?頭だろうか?
『魔法は願いだ』
 ジョナソンの言葉を思い出し、シイナはハッとする。
 ジョナソンは魔法を願いと呼んだ。
 それならば、魔法は、魔力は、その素質は、きっとシイナの心に存在するのではないか。
 そのことに気がつくと胸の内が呼応するように暖かくなったような気がした。
 ジョナソンは難しく考えてはいけないと言っていた。考えすぎてしまえば、心は乱れる。乱れた心では魔法は使えない。ジョナソンが言っていたことはそういうことだ。
 シイナは憑き物が落ちたようにすっきりとした頭で再度魔法を使おうと手を伸ばす。そしてどんな魔法をがいいかと考える。
 心の底から湧き上がるこの力を、どんな形で世界に生み出してあげればいいだろうか。
 そう考えているとシイナの心から力が腕を伝って手に集まる。淡い光がだんだんと力強い光へと変わっていく。
 それを見ていたジェイクはシイナの様子が変わったことに気がついて思わず腰を浮かした。そしてシイナを中心に巻き起こる力の渦を本能的に感じて思わず唾を飲み込む。
 シイナの手に集まった光はシイナの手を離れて宙に浮く。そして音もなく弾けた。キラキラと舞い散る光の筋を目で追う。
 その光はゆっくりと地面に落ち、何もなかった地面に若く、力強い芽を産み出した。その芽はすくすくと育ち色とりどりな花を咲かす。そしていつの間にかシイナの前方には小さく綺麗な花畑が出来ていた。
 シイナは自分の手から起きた奇跡を呆然と見つめていた。そしてゆっくりとジェイクの方を見る。
 ジェイクも硬直していた体をぎこちなく動かし、花畑とシイナを交互に見つめる。そしてすぐに興奮したようにシイナに駆け寄った。
 シイナの手を取り嬉しそうに笑いかける。
「すごいです!すごいですよ、お嬢さま!」
「わ、私……私……!」
 シイナも興奮しているようでうまく言葉を喋れていなかった。だけど二人して手を握り合い、ぶんぶんと上下に振って興奮と喜びを分かち合う。
「これが魔法なんですね!とっても素敵です!」
 ジェイクが花畑とシイナを見比べて、シイナの手を壊れものを扱うかのように優しく撫でる。この手からこんなに美しいものが生まれたのかと思うと、魔法とはなんて素敵なものなのだろうと思った。
 シイナも魔法が使えたことを嬉しそうに喜ぶ。
「そうだ!旦那様にも報告しましょう!」
「え?」
「きっと旦那様もお嬢さまのこと褒めてくださいますよ!」
 ジェイクの提案にシイナが戸惑っているとジェイクがシイナの手を離し、屋敷に向かって走り出した。
「ちょっと待っててくださいね!すぐに呼んできます!」
 そんなに簡単にアルベリヒを呼びつけていいのかとシイナは不安に思ったが、興奮しているジェイクは気にしていない様子だった。シイナが止める暇もなく走り去っていったジェイクの後ろ姿を見送る。
 そしてその姿が見えなくなったあとで、改めて自分が使った魔法を思い出す。
 シイナは魔法を使う時ジョナソンの魔法を思い浮かべていた。ジョナソンが使った生命を誕生させる魔法はとても美しく、儚く、それでいて綺麗だった。それはシイナが思い描く魔法にぴったりだった。だから、ジョナソンのように花を咲かせられたらいいと思ったが、小さな花畑ができるほどの花が咲くとは思っていなかった。
 シイナは手を握って開いてを繰り返す。まるでその力を確かめるように。心のうちに渦巻く力の本流を感じる。
 これが魔法。
 これが願い。
 シイナはにやけそうになる顔を必死に堪えた。それでも嬉しくて、頬は緩む。
 そうこうしているとジェイクに連れられたアルベリヒが中庭に顔を出した。途中でいろんな人に声をかけたのか、ナナやアンナ、ニカ、ニュートンやカインまで中庭にやってきていた。
 大所帯で現れたみんなをシイナは驚いたように見つめる。ジェイクは興奮したように「あそこだよ!あそこの一面!あれ全部お嬢さまが咲かせたんだ!」と言っていた。シイナよりも興奮した様子を見せるジェイクにナナ達は苦笑いを浮かべる。だけどシイナが咲かせた花達を見ると自分のことのように嬉しそうに微笑んでくれた。
「シイナがやったのか」
 近くまできたアルベリヒが当然のように膝をつく。シイナは同じ目線になったアルベリヒに嬉しそうに微笑んだ。その嬉しそうな様子にアルベリヒも微笑みかけ優しく頭を撫でる。
「すごいですねー」
 カインが感心したように呟いた。そして隣でニュートンが頷いている。
「とてもシイナ様らしい魔法ですね」
 ニュートンもアルベリヒの後ろからシイナに微笑む。シイナはみんなから褒められて誇らしい気持ちになった。
 そしてもっと色んな魔法を使ってみたいと思った。その魔法でみんなを幸せにしたい、そう考えた。
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