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第三章 シイナの知らない世界

17話

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 あの日の事件以来、シイナは一時的に屋敷の外に出ることを禁じられた。もともとシイナは一人で外に出ることがなかったから、気にする様なことではなかったが、意識して屋敷の中に居続けるのはなかなか大変なんだということを知った。
 中庭や手入れされた庭園に出ることも禁止され、シイナはただ自分の部屋と食堂を行き来する生活を送っていた。
 ジェイクがシイナのことを気にかけて前よりもずっと一緒に過ごしてくれる様になったからまだ耐えられていたが、ずっと一人だったらいろんなことを考えてしまってダメになっていたかもしれない。
 アルベリヒと会う時間はあの日以降、わかりやすく減った。何か調べることややることがある様で、しきりに「すまない」とシイナに謝ってくれた。シイナは寂しい気持ちもあったが、迷惑をかけたくなくて「大丈夫です」と行儀のいい子供を演じた。本当はあの様なことがあったからそばにいて欲しかった。ジェイクが代わりの様にそばにいてくれるが、アルベリヒから与えられる安心感は別物だった。
 そして今日も、シイナは一人部屋で窓の外を見つめていた。小さな小鳥が数匹、窓の外を自由に飛び回っている。ピィピィという甲高い鳴き声が聞こえて目をきゅっと細めて遠くの木の枝を見るとそこには鳥の巣があった。
(あそこで飛んでいるのは、親鳥なんだ)
 そう思うと親鳥が雛のために懸命に餌を探している姿はなんだか微笑ましかった。
(私はあの鳥の巣にいる雛鳥みたいなものなのかな?)
 一人ではどこへもいくことができないところが雛鳥と似ているなと思った。与えられるものをただ受け取って、自分で考えることもしなくなってしまったら、自分は一体何になるのだろうか。
 シイナには知らないことがたくさんある。
 獣人のこと、この国のこと、他の獣人達がどこで何をしているのか、お金のこと、言葉……。
 どれも大切なことなのにシイナはどれも知らなかった。
(どうして、みんな私のことを見てバケモノって言うのかな)
 あの日、シイナのフードが取れた時、周りの人たちはシイナを指差して「バケモノ」と確かに言った。怯える眼差しも憎々しげな眼差しもいろんな感情がこもった視線を浴びせられ、シイナは恐怖で動けなかった。いまだってあれらを思い出すと体が震えそうになる。
 シイナはそっと自分の耳を触った。アルベリヒやジェイクとは違うフサフサとして縦に尖った獣の耳。ふにふにと触るとなんだかくすぐったくてすぐに触るのをやめた。
(どうして、私はみんなと違うのかな)
 シイナは窓辺に腕を乗せ、その上に頭を乗せた。そして静かに目を閉じた。
(私は、なんなんだろう)



 シイナが部屋で一人の時、ジェイクはポートランド家の衛兵がいる詰め所に来ていた。そして扉の入り口で藍色の髪をした目つきの悪い男に行く手を阻まれていた。
「どいてください」
「ガキが来るところじゃない。今すぐ帰れ」
 中に入ろうとすると目つきの悪い男が体をずらしてその道を塞ぐ。ジェイクはこんなことがしたいわけじゃないのに、と段々とイライラしてきた。
「ニュートンさんに会わせてくださいって言ってるじゃないですか!」
「俺も何度も言ってる。今すぐ回れ右して帰れ、と」
 ぐぬぬとジェイクが唇を噛み締める。ジェイクにはどうしてもニュートンに会いたい理由があった。直接会ってお願いしたいことがあったのだ。
「あれー?何してんの?」
 二人して睨み合っていると廊下の向こうから拍子抜けする声が聞こえてきた。ジェイクは心の中でげぇっと舌を出す。
 やってきたのは買い出しに行っていた様子のカインだった。
「レイン、ジェイク虐めてんの?」
「は?誰が?誰を?……勘違いしないでよね。俺はただ、仕事をまっとうしているだけさ。兵士でもないお子様が怪我をしない様に、と心配して帰るように言ってるだけだ」
「だから!ニュートンさんに会わせてくれって言ってるだろ!用があるんだよ!」
「敬語も使えないクソガキに合わせるわけないだろう」
 焦れて叫んだジェイクの言い方にレインと呼ばれた目つきの悪い男はさらに怒りで目を吊り上げた。カインは双方を見比べて「うーん」と唸った。
「まぁ、とりあえず入れてあげたら?俺らが話聞くくらいなら構わないでしょ」
「はぁ?正気か!?」
 レインはぎょっと目を剥く。信じられないと表情が物語っている。カインは胡散臭く笑うだけでレインの言葉をまともに聞いてる様子はなかった。
「ニュートンさんは、今忙しいから、俺らでよかったら話を聞くよ。それで、ニュートンさんに指示を仰いだ方がよければ俺らから話をするよ。これでどう、ジェイク」
「……うぅ、わかった。……わかりました!それでいいです」
 カインの言う通りになるのが気に食わないのか返事を返すまでにしばらく唸っていたが、背に腹は変えられないと思ったのか了承の意を示す。
「はぁ……お前が面倒見ろよ。俺は知らないからな」
「え?なんで?レインが最初にジェイクの対応してたんだからジェイクの話はレインが聞けばいいじゃん。それに俺、荷物片付けなきゃいけないしさ」
 手に抱えていた紙袋を僅かに上に上げる。何が入ってるのかはわからないが、随分とたくさん入っている様だった。
 レインはカインの言葉に開いた口が塞がらない気持ちだった。しかしカインという男はこういう男だったと思い出せば、やり場のない気持ちを遠くへ放り投げることでうまくやり過ごすしかなかった。
「茶は出さないからな。用件だけ話したらすぐに帰れ」
 レインはため息を吐きながらようやくジェイクを詰め所の中に入れてくれた。詰め所は石造りの簡素な建物で、壁には剣や槍などの武器、盾や鎧などの防具が所狭しと並べられていた。手前の部屋には簡素な机が一つと四脚の椅子が置かれていた。
 詰め所の奥には簡単だがトレーニングのスペースがある様で、一人の兵士が黙々とトレーニングをしていた。その他の人は屋敷の警備や訓練に出払っている様で誰もいなかった。
「ほら。早く座れって」
 レインは入り口で立ち竦むジェイクの背中を押した。ジェイクは躓きながらも詰め所の中へと進んでいく。
「それで?なんでただの使用人見習いがニュートンさんに用があるんだよ」
 ぶっきらぼうにレインが尋ねる。カインは本当にレインに任せるつもりなのか荷物を持ってさっさと二階へと消えて行った。
「……俺は」
 ジェイクは意を決したように手に力を込めて話し始めた。
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