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土の章

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 とりあえず、調整が終わったのでアリアちゃんにその旨を伝えに行く。





「アリディア、ちょっといいかしら?さっきの孤児院に手伝いに行く話なんだけど」





「はい」





「貴方とアレンが抜けるのは問題ないわ。あと、私も手伝いに行こうと思ってるの」





 彼女は少し不思議そうな顔をして





「ありがとうございます。でも、コーネリア様がですか?その……あまり綺麗なところではないのですが」





 それは当然知っている。というかよく隣の建物から見ているし。

 確かにあまりいい環境ではない。





「ええ、それでも問題ないわ」





 だが、あれくらいなら私は気にしない。前世の私も特別綺麗好きというわけではなかった。

 研究で籠りっきりでお風呂に入らなかったり、物が散乱していたような日もあったくらいだし。





「……そうですね。コーネリア様がそうおっしゃるなら是非よろしくお願いします。」





「ありがとう。いつから行くの?」





「明日からで大丈夫ですか?一通り引継ぎだけしますので」





「わかったわ。私も準備しておくわね」





 よし、これで最低条件はクリアした。

 あとは、アレンルートに入りそうになる度にブロックすれば何とかなるはずだ。







 しかし迂闊だった。



 アレンルートはアリアちゃんが頻繁に孤児院に行き、路地裏に若い女性が入っていくのを見かけたアレンが心配してついていくところから始まる。



 だから、今の生徒会にある程度来ている状態なら発生しないと思っていたのに。危うく見過ごすところだったわ。







 とりあえず、今月のテストまで乗り切れば、生誕祭イベント。



 その時には孤児院でもささやかなお祝いが行われる。



 そして、王子は街にお忍びで視察中、ふとアリアちゃんから聞いていた孤児院を見に行き、そこで彼女が子供達に笑顔を向けているシーンに心動かされるのだ。



 それまでは、アレンルートの魔の手からアリアちゃんを守り切るしかない。



 まあ、アレン自体の人柄は嫌いじゃないけど、それはそれ、これはこれだ。













 翌日。私はアリアちゃんに案内される形で孤児院に行った。



 どうやら、アレンは既に向かっているらしい。





「この路地の先です。アレン様は別ですが、公爵家の皆さまはこんなところに近づかないですよね」





 いや、尾行の時に来ました。何ならそこの壁に張り付いてゴミ置き場の後ろに隠れてました。

 とはさすがに言えない。





「そうね。あまり縁は無いかもしれない」





「そうですよね。ここを抜けるともう少しです」





 目の前に見慣れた孤児院が見えてくる。アレンは子供達を肩車して遊んでいた。



 あれだけ背が高いと子供が上に乗りたくなる気持ちもわかる。







「アレン様。遅れて申し訳ありません」





 アリアちゃんが彼に声をかける。





「いえ、大丈夫ですよ。それと力のいる仕事はだいたいやっておきました」





「ありがとうございます。私では運ぶのに時間もかかるので本当に助かります」





「これくらいならいくらでもやりますよ。体を鍛えることにも繋がりますし。はっはっは」





 おや。生徒会の時はあまり話しているのを見たことが無かったが、いい雰囲気になりそうな感じがビンビンとしてくる。とりあえず介入するしかない。





「アレンが力仕事をしてくれるなら私達は違う仕事をしましょうか。何を手伝えばいいの?」





 いったん、女子グループでくくる作戦でいこうかと考え、思考の誘導を図る。





「そうですね。じゃあ、夕食の準備を手伝って貰ってもいいでしょうか」





「わかったわ」





 厨房に向かって歩く。そして、そこに着くと野菜の下ごしらえやらを教わり、手伝い始める。



 この世界ではやったことないが、別に料理を一度もしたことが無いわけでは無い、コツを掴んでくれば特に困ることは無かった。





「さすがはコーネリア様ですね。公爵家の方なら料理なんてしたことないはずなのに、こんなにもすぐにやれてしまうなんて」





 前世の経験でカンニングしているようなものなので少し心が痛い。

 だが、やっていると言っても逆に怪しくなるし適当に対応しておくしかない。





「貴方の教え方うまかったのよ。それに、ちゃんと教えれば子供でもできることよ」





「それはそうなのですが」





 彼女は自分も手を動かしながら、こちらへ更に話しかけてくる。



 以前はほとんど自分から口を開くことは無かったが、距離が近づいた確かな手ごたえを感じて内心ガッツポーズする。





「しかし、本当に助かりました。

 院長の他にもう一人若い男性の方が常勤でいるのと近所の方で手伝いに来てくれるおばさんがいるんですが、おばさんは旦那さんと二週間ほど旅行に出ていて、男性の方は親が危篤になったとかで今月末まで急遽里帰りしているんです。院長先生も短い間なら一人でやれるだろうと思ってたようなんですが、逆に張り切り過ぎて腰を痛めてしまったようでして」





 苦笑しながらアリアちゃんが言う。



 確かにシナリオでもそう描かれていた。まあ、院長先生しかいないのは流石に不自然だしね。





「そうだったの。じゃあ、今月中に解決しそうね」





「はい。しかし、私が言えることではないのですが、本当にコーネリア様が生徒会の方を抜けてきてしまってもよかったのですか?」





 彼女が心配そうな顔でこちらに問いかける。

 確かに、能力の高いアレン、アリアちゃん、私の三人が抜けている。王子でも穴埋めは少し大変に思えるかもしれない。



 しかし、二人分の補充は終わっているようなものなので特段問題は無いだろう。





「大丈夫よ。フレイとウィリアムが手伝ってくれるらしいし」





「え!?あのお二人がですか?」





 驚いた顔をして彼女がこちらを見る。確かに、普通に頼んでも素直に聞くような二人じゃないからな。衝撃はあるかもしれない。私もそうだったし。





「そうなのよ。私もダメ元で頼みに行ったんだけど何故か気が向く範囲で手伝ってくれることになって。本当に不思議よね。何を考えているのかいまだにわからないわ」





「…………そうですか。けど、少しわかったような気がします。コーネリア様が直接頼まれたんですよね?」





「そうね。けど、別にそこまで強く頼んだわけでもないのよ?あんまり強く言うと逆に手伝わなくなるだろうし」





 まあ、王子にそこまで任せるわけにもいかないし、それは流石に自分で頼みに行った。

 くじを引きに行くような感覚ではあったが。





「なるほど。でもそれなら、ありえるのかもしれませんね。あのお二人はコーネリア様のことを評価していらっしゃるようなので」





 そうなのか?頼みに行った時も片方は喧嘩腰、片方は視線すら向けないような風だったのでいまいち実感がわかないのだが。





「そうかしら?」





「ええ。あのお二人はコーネリア様以外にはほとんどお気を許されていませんから」





「それは家格が同じだからじゃないの?同じ公爵家だし」





「ふふっ。お二人が語られたわけではないので詳しくは分かりません。

 でも、私はそれは違うと思っています。違っていたら申し訳ありませんが」





 彼女はこちらを見て微笑みながら言う。

 まあどっちでもいいや、この笑顔が見れただけでも私は満足だし。





「そう。まあ、手伝ってくれたんだし、それでいいわ」





「はい」





 それからは無言で作業をし、アリアちゃんが料理を作っていくのを今回は見ていた。



 実家でもやっていたようで、かなり手際がいい。そう言えば、私も手料理食べれるのかしら。それならすごく嬉しいけど。















 簡単なスープとパンではあったが、手料理と言うだけで幸せだ。



 子供達と一緒に料理を食べる、口にするだけで幸福感に包まれるようだった。



 隣にはアリアちゃんもおり、どうやら天国はここにあったみたいだ。





 そうしていると、前にいるアレンから声がかかる。





「コーネリア嬢は本当に美味しそうに食べるのですね」



「そう?でも美味しいんだから仕方ないわね」





 アレンは少し考えるようなそぶりをすると問いかける。





「普段はもっと良い物を食べているのではないのですか?」





 それはそうだ。私の家は自分で言うのもなんだが、かなりのお金持ちなので使用人の食事でもここまで質素な料理は出ないかもしれない。





「そうね。でも、料理のおいしさはそれだけで決まるわけじゃないでしょ?

 誰が作り、誰と一緒に、どこで食べるか。それを含めて決まるものよ」





 今はアリアちゃんの料理に集中したい気分なので、どこかで聞いたようなセリフをとりあえず言っておく。





「……なるほど。それは意味の深い言葉ですね」





 彼は、既に料理を食べ終わっているようで、腕を組むと目を瞑り何か考えているようだった。



 いや、そんなことはどうでもいいのだ。



 本当に手料理最高。これからしばらくは毎日食べれるなら手伝いも全然アリね。















 それから数日後、今日の夕食の準備はほとんど終わり、あとは煮込むだけとなったので、アリアちゃんにアレンの手伝いを頼まれる。





 子供達の遊び場である庭に出ると、私のことも見慣れて警戒感が薄れてきたのか子供達が集まってくる。





 目の前にはアレンが既におもちゃにされており、あぶれた子達がこちらに来たのだろう。







「ねえねえ。お姉さん、遊ぼうよ」



 アレンの方はもう定員一杯らしいし、遊んであげようか。



 私の体力自体は普通の令嬢並だから、あんまり体力を使わないことを考えよう。







「いいわよ。そうねーじゃあ、少し待っていて」





 水を入れられる容器を持ってくると子供達の前に置いた。



 何をするのだろうと子供達は不思議そうな顔でこちらを見つめている。





「まずこの容器にギリギリまで水を貯めます。」





 水の魔法を使って容器を満たしていく。そして、こぼれそうなほどに水を満たした。





「はい、ではこれにこの石を入れたらどうなるでしょう」





『「こぼれる!」』





 子供達が一斉に答える。ふっふっふ、その答えを待っていた。



 そして、静かに石を容器に入れる。だが、こぼれない。



 もう一個入れる。またこぼれない。





「どう?こぼれないでしょ。貴方もこの石を入れてみなさい。ただし、静かに入れるのよ」





 一人の子が静かにおずおずと石を水に入れる。



 子供達は容器を凝視していたが、またもやこぼれない水を見て声を上げる。





『「すごーい!なんでなんで!?」』





 期待通りの反応に表面張力のことをわかりやすい表現で伝えていく。若干のドヤ顔で。



 そうしていると、声につられたのかアレン達の方もこちらに来ていたらしい。全員集まっていた。





「これはすごいですね。魔法の関係ですか?」





「いいえ、魔法は全く関係ないわ。水は魔法で作ったけど本当に普通の水だしね」





 そうやって子供がはしゃぐのを見ていたが、声がかからないところをみると夕食まではもう少しかかるらしい。



 なので、もう一つ実験をすることにした。とりあえず、必要なものをアレンに頼み魔法で作り出してもらう間に私もあるものを取りに行った。





 戻ってくると、どうやら既にできていたようだ。





「これでいいですか?」





 土魔法で生み出された薄く作られたコップのようなものがそこにあった。



 そして、私が持ってきた糸をそれに当てるとそのコップを再び魔法で操作してもらい結合させる。



 そして、糸電話もどきを作って使い方を見せてあげると、子供達ははしゃいで使いだす。



 そして、複数のセットを作ってある程度手に渡ると、子供達は勝手に自分達で遊びだしたので、後は見守っていた。



 子供達は少し離れたところで遊んでいる。そして、はしゃぐ声に紛れてアレンの声がかかった。







「コーネリア嬢は、孤児達に偏見はないのですか?普通の令嬢なら近づくのも嫌がるでしょう」





 彼は子供達の方を見ており、目線を向けずに問いかけた。





「そうかもしれないわね。私は別に気にならないけど。あんまり女性らしくない性格だとは思ってるし。

 でも、貴方も気にしていないんでしょ?」





 確かに孤児たちの姿は貴族から見ると薄汚れているだろう。普通の令嬢なら近づくことすらしないと思う。ましてや、その手で触られたら激怒するか、気を失うほどだろう。





「私の家は農業分野に秀でた家ですからね。土いじりをするとどうしても汚れるものなのですよ。しかし、貴方の家はそうでもないはずですが」





 公爵家にはそれぞれ得意分野がある。火は軍事、水は商売、風は諜報、土は農業。

 昔からそのようにして成り立ってきた。





「そうね。お父様は服に汚れがついただけで買い替えることもあるわ」





「はっはっは。さすがはその財で名を馳せるギリアリア家のご当主ですな。

 ……だからこそ不思議に思ったのです。そんな家の方が、今ここで手伝いをしていることに。

 孤児達と共に飯を食べ、遊び、笑いあう。何か理由があるのですか?」





 彼はこちらに顔を向けると普段の穏やかな笑顔とは違う、真剣な顔でこちらを見た。









「特に深い意味は無いわ。別に嫌じゃないし、それなりに楽しいしね」





「……そうですか。確かに先ほどの貴方の得意げな顔はとても嘘とは思えませんでした」





 なるほど、表面張力の時、ドヤ顔で説明していたのはばっちり見られていたらしい。

 流石に恥ずかしい。少し、顔が熱くなる。





「それは忘れて」





「はっはっは。その顔を見れば、誰も貴方を女性らしくないとは言えないでしょう。

 少なくとも私はドキっとさせられました」





 完全に揶揄われている。アレンを軽く睨みつけると更に笑い声が響いた。 

 そんなことをしていると、どうやら夕食ができたらしい、アリアちゃんの声が聞こえた。



 アリアちゃんの手伝いは最重要事項なので、とりあえずそちらに向かうことにする。



 恐らく、アレンはまだ笑っているだろう。くっ、いつか仕返ししてやるわ。見てなさいよ。

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