悪意の揺り籠の中で、令嬢は人を信じることを止めた

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それは嫉妬か憧れか

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 ゼクスとの邂逅の翌朝。アラン殿下からの手紙が届く。

 相変わらず動きの早い人だと思いつつ、封を開けると、そこには、『本日太陽が真上に来る頃、王立図書館の最上階、時計台にて待つ』とだけ書かれていた。

 
 あそこは管理者しか入れないようになっているが、恐らく、王家の者は自由に出入りができるのだろう。王立だけあって管理者の上役のようなものだし。


 私は時間に合わせ、最早日課と呼べるほどに通いなれた王立図書館へ向かった。

 そして、入館時に名前を書くと、いつもの裏口ではなく時計台への螺旋階段へと向かい、それを一歩ずつ登り始めた。
 

 階段はかなり昔からあるはずだが、丁寧に手入れされているらしい。重ねてきた年数が古さよりも味を感じさせ、良い形で表れているなと感じた。

 
 自分の足音だけを聞きながら、しばらく登り続ける。すると、王家の紋章が入った立派な扉が見えてきた。

 
 私はドアノブを握り、鍵がかかっていないことを確かめるとそれをゆっくりと開けていく。

 瞬間、爽やかな風を全身に感じた。

 思わず閉じてしまった目を開くと、広い屋根付きのテラスのような場所に椅子が置いてありアラン殿下が座っているのが見えた。
 

 彼はこちらに気づいたようで手招きし、自分の対面にある椅子を指さしている。

「こっちだ。礼儀などは全く気にしなくていい」

 
 そして、私が席に着いたことを見ると彼は再び声をかける。
 

「ゼクスから事情は聞いたよ。それに、私の話を聞きたいとか」


「はい。アラン殿下の行動をしばらく見させて頂いておりました。そして、疑問に思ったことがあります。殿下はなぜ、人を助けるのでしょうか?」


「私が人を助ける理由か…………」


 彼はそう呟き、席を立つと、少し前に歩き手すりに手を置いた。それから、ただ黙って目の前に広がった王都の町並みを見始める。

 そのまま、しばらく経ったろうか。こちらが再び話しかけようかと思った時、彼がちょうど口を開いた。


「俺は、ここから見える景色が気に入っている。俺という存在の小ささを改めて感じさせてくれるからな」


 私は、その独り言のような、問いかけているような不思議な色を持った言葉にどう反応すべきか迷う。
 
 だが、特に反応は求めていないようで、そのまま、彼はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。






◆◆◆◆◆




 俺は昔、自分が何でもできると思っていた。何をしても優秀で、全てを難なく為すことができた。叱られることなど一切なく、全ての者が俺を手放しに称賛した。

 だが、多感な時期に刺激を全く感じずに過ごしてきたことが悪く働いたのだろう。俺は周りを見下しはじめ、次第に自分以外のもの全てを無価値に思うようになっていった。もちろん、それは常に優しく、温かく俺に接してくれる家族すらも。


 そして、ある時、俺は王宮を抜け出す。外には何か価値があるものがあるかもしれないとふと思って。

 しかし、外も同じだった。全てが無価値で灰色だった。
 
 姿を偽りながら俺を探す兵士を避け、しばらく見て回ったがそれはずっと変わることは無く、諦めた俺は王宮に再び帰った。

 周りを人が囲む。無事でよかったと安堵の声が聞こえる。

 だが、俺には関係ない。全てが無価値で、自分しか見えない。

 
 そう思っていた瞬間、突如顔に強い衝撃があった。そして、そちらを見ると腕を振りぬいた兄。俺は、初めて人に殴られたことに気づいた。

 感じる強い痛みに、戸惑いが生まれ、それが怒りに変わり、俺達は殴り合いの喧嘩をし始めた。終始俺の一方的な戦いではあったが、兄は必死で食らいつき、お互いが傷だらけになる。

 深く息を乱す俺に、ボロボロの兄は言った。


『苦しいか?でも、お前を心配している間、俺達の心はもっと苦しんでいた』と。

 
 酸素が足りなくなった頭にその言葉は無性に強く届いた。そして、周りを見渡すと、泣きはらした母と険しい顔の父が目に移る。

 なぜか俺はそれを見て動揺した。普段なら何も考えずに出てくる言葉が今日に限っては出てこない。そして、困惑する俺に再び兄が声をかけた。


『こうゆう時になんて言うかわかるか?それはな、ごめんなさいだ』


 未だ固まる俺に兄は苦笑して言葉を続けた。


『大丈夫だ、人は皆どこかで躓く。お前はそれが少し遅かっただけだ。ほら、一緒に謝ってやるからさっさと行くぞ』


 兄は手を差し出す。そして、なかなか俺がその手を掴まないと強引に掴み連れていく。それから、長い時間をかけ俺が両親に対したどたどしい言葉で謝ると、強く抱きしめられた。


 その時、俺はやっと気づいた。自分の過ちに。自分という存在の小ささに。

 
 そして、声をあげて泣いた。その温もりを噛みしめながら。
 


◆◆◆◆◆




「俺は一度大きな間違いを犯した。しかし、同時に知っているんだ。たとえ躓いても、誰かが手を差し伸べてくれれば人はまた立ち上がれることを。だから、俺は人を助ける。あの日、兄上が俺にしてくれたように」


 彼は、自分の手を見ている。こちらに顔を向けていないのでどんな表情をしているのかはわからないが、その声からは強い意志を感じた。


「人は善人ばかりでは無い。それでもそれを為し続けるのですか?」


 彼の空色の瞳がこちらへ向く。そして、少し物憂げな笑顔でほほ笑む。


「わかっているさ。最近兄上の目の届かないところで動くような輩はその代表格だろう。だから、当然俺も全てを救おうとしているわけでは無い。ただ、世界が善人ばかりならいいのにといつも思うよ」


 私も以前からそう思ってきた。そして、アラン殿下の話を聞いて、他人を救うために動く人もいることは分かった。だが、それでも世界は悪意に満ちている。それは、どれだけ能力のある人でも覆しようの無い真理だと私は思っている。


「最後に聞かせてください。アラン殿下は、王位を望むつもりはないのでしょうか?その能力を知れば貴方を王位に付けたがる者も現れると思いますが」


「ああ、無い。現に昔の俺を知っているものでそう言うものもいるが、俺自身は兄上こそ王位に相応しいと心から信じている。自分が傷ついても、弟を助ける。私のように能力のある者などいくらでもいるが、その心根がどれほど稀有なものなのか嫌なほどわかっているからな」

 本当に心から尊敬しているのだろう。私にもそれが強く伝わってくる。
  
 
 そして私は、自分の周りには存在しないその美しい関係性に、目を逸らしたくなるほどの眩しさと、ずっと見ていたくなるほどの憧れ、その矛盾した感情を抱いてしまった。
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