悪意の揺り籠の中で、令嬢は人を信じることを止めた

A

文字の大きさ
上 下
9 / 21

『目的』の天秤はどちらに傾くのか

しおりを挟む
 あの後しばらく様子を伺っていたが、特に得られるものは無かった。

 アラン殿下は工事が終わった後、例の労働者に丁寧にお礼を言われたが、それに対して何も要求することなく仲間たちと去っていった。

 そして、彼が去った後、私も暗くなる前に屋敷に戻り少し考えを整理し始めた。


 
 人が嘘を吐くときは『他者に不利益を与えるため』と『自分が利益を得るため』の大きく分けて二通りの目的があると考えている。

 今回の殿下の動きは、前者の目的には全くそぐわないだろう。そして、後者の目的にしても特に大きな利益が得られるとは思えなかった。

 金銭等は当然得られない。それに、助けた相手からの好意等目に見えないものも今回の相手では必要無いと思う。

 その他、周りの評判を得るということも考えたが、仲間内の関係性を見ると既に彼は人望が高いし、むしろ下層の人と関係性を持つことに良い感情を持たない人もいて、マイナス面のが多そうだった。

 ならば何故だ。あの行動には何の意味があるのだろうか。

  
 そうやって思考の渦に囚われていると、外が既に暗くなっていることに気づいた。

 時計の方を見るとそろそろ夕食の時間だったので食堂へ向かう。



 食堂に着いてすぐ、義母と妹が入ってきた。妹は私を見るや否や鋭い目線で睨みつけ、いつもに増して不機嫌な様子だった。もしかしたら私の外出許可のことを使用人からでも聞いたのかもしれない。

 だが、相手がこちらに絡む前に父が近づいてくる足音が聞こえた。
 
 妹は舌打ちし、表情を取り繕うと席に座った。そして、父が入室、全員が着席して食事が始まる。



 
 いつも通り無言で食が進んでいる中、父の様子を伺っていた義母が父に尋ねるように聞く。


「クレアが今日は外出していたようですが、よろしかったのですか?」 


「ああ。昨日外出の許可を出した。最近頑張っているようだからな」
 

 義母は、その言葉を聞くと一瞬不機嫌そうな顔を見せるが、すぐにその表情を隠すと言葉をつづけた。


「そうだったのですか。ところで、リリスも最近は稽古事に励んでいるようです。ですので、外出許可を出しては頂けないでしょうか?」


 予想はしていたが、義母は妹の外出許可を得られるように動くようだ。
 
 ここでその話題を出すということは家庭教師にも既に言い含めてあるのだろう。


「ふむ。リリス、そろそろダンスは上手くなったのか?」
 

 父は妹に向き直り尋ねる。


「はい。以前に比べてかなり上達したと思っております」

 
 正直、彼女のダンスはそれほど上達したと思えない。今浮かべている笑顔も、私から見ると少し苦い表情のように見えるが、普段からそう顔を会わせるわけでは無い父には違うように見えたのかもしれない。頷くと、少し思案気な顔になる。


「クレア、お前から見てリリスのダンスはどうだ?一緒に指導を受けているのだろう」


「……私ですか?」 


 関係ないと思って油断していたら話を振られて少し驚く。

 先日の一件で私の評価が一時的に変わったのかもしれない。今まで振られなかったような話題がこちらに来てしまった。義母と妹の顔も焦りからかひくついているのが分かる。
 
 
「…………上達したと思います。」


 ほんの少しだけという形容詞はあえて付けずにそう言った。

 ここで事実をありのまま話すことと若干の虚実を混ぜて話すこと、どちらにメリットがあるかを考えた。

 そして、私は後者のメリットが多いと判断し、そちらを選択する。

 また無駄に絡まれても面倒だと思って。



「そうか。なら、明日からリリスもある程度の外出を許可しよう。ただ、ウォルター侯爵家の血が流れる者として恥じぬように行動することを常に忘れるな」


 父が最後にそう言うと話が終わった。義母と妹が隠れて安堵するのが見えたが、私も少し安心する。

 実際のところ、父が不機嫌なら目の前で踊れと言われる可能性もあった。だが、今の父は類を見ないほどに機嫌がいい。だから、その様子からしてそれは無さそうだと思っていた。
 少し危ない賭けではあったがどうやら勝てたらしい。




 その後、食事が終わり父が退出すると、義母と妹もそれに続くように出て行った。廊下から嬉しそうな声が微かに聞こえてくる。

 当然、私への感謝の言葉は無かった。期待していなかったことではあるが。




 まあ、いつも通り、どうでもいいことだ。

 妹のダンスの出来がばれた時の対策もある程度は考えてあることだし。

 明日からの行動に支障が無くなっただけ良しとしよう。 
 
 そう思うと私は一人で自室へ戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

【完結】「君を手に入れるためなら、何でもするよ?」――冷徹公爵の執着愛から逃げられません」

21時完結
恋愛
「君との婚約はなかったことにしよう」 そう言い放ったのは、幼い頃から婚約者だった第一王子アレクシス。 理由は簡単――新たな愛を見つけたから。 (まあ、よくある話よね) 私は王子の愛を信じていたわけでもないし、泣き喚くつもりもない。 むしろ、自由になれてラッキー! これで平穏な人生を―― そう思っていたのに。 「お前が王子との婚約を解消したと聞いた時、心が震えたよ」 「これで、ようやく君を手に入れられる」 王都一の冷徹貴族と恐れられる公爵・レオンハルトが、なぜか私に異常な執着を見せ始めた。 それどころか、王子が私に未練がましく接しようとすると―― 「君を奪う者は、例外なく排除する」 と、不穏な笑みを浮かべながら告げてきて――!? (ちょっと待って、これって普通の求愛じゃない!) 冷酷無慈悲と噂される公爵様は、どうやら私のためなら何でもするらしい。 ……って、私の周りから次々と邪魔者が消えていくのは気のせいですか!? 自由を手に入れるはずが、今度は公爵様の異常な愛から逃げられなくなってしまいました――。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

処理中です...