上 下
105 / 106
幕章Ⅱ -逢瀬-

私は、俺は、ここにいる

しおりを挟む

 映画の後、寄りかかってどこうとしない透に付き合って、取り留めも無い話をポツリポツリとし続けていると、それなりに時間が経ってしまっていることに気づいた。


「もう、こんな時間か。なんか、あっという間に過ぎてくな」

「………………もう、帰っちゃうの?」


 時間的には、夕食がいるかいらないかを母さんに伝える瀬戸際だろう。
 正直、どちらでもいいといえばそうなのだが、明日も会うということを考えれば、透の負担にならないよう帰った方がよい気もしてくる。


「んー……明日も会うからな。透は、別にまだいても気にならないか?」

「…………私は、泊まってくれても問題はないよ」

「いや、さすがにそれは怒られるからやめておく」

「えー」


 もしそうなれば、親父はまだしも、母さんはあまりいい顔をしないだろう。
 それでも、自分達で決めたことだというならば、限度を超えない限り許してくれるとは思うが。

(……いや。ただ俺が嫌なだけか。せめて、筋だけは通してからにしたい)
 
 最低でも、おばあさんに直接話をして、納得してもらわなければ嫌だ。
 あの人がどれだけ、透を大事にしているか、それを知っていて生半可なことをするなんてことは俺にはできない。

(……両親のいない子供を、ここまで真っ直ぐ育てるということは、どれだけ大変なんだろう)

 たとえ遥さんがいたにしても、家に帰れば二人きりだ。
 たくさんのことに悩んできただろうし、性格を考えるに誰にも言わずにそれをやり遂げてきたことは想像に難くない。
 なら、俺は手間暇かけて守り続けられたその宝物を、預かっているのだということを忘れるわけにはいかなかった。


「…………でも、夜飯は一緒に食べるか」

「やったっ!何食べたい?」

「透は?」

「んー、誠君」

「はいはい」

 
 そう言ってじゃれついてくる透にされるがままにして、何を食べたいか考える。
 とはいえ、ほとんど動いていないこともあって、それほどお腹が減っているというわけでもなかった。

(俺がそうなら、透はもっとかもな)

 燃費の悪い自分ですらそうなのだ。
 あまり食べる方ではない透がお腹を空かしているとは考えづらい。
 
(………………だったら簡単だし、量も選べるし、乾麺系か?)

 一昨日食べたそうめんを除くなら、パスタとかだろうか。
 そう思い、一度聞いてみることにする。


「パスタとかはどうだ?」

「うん、いいけど。出来合いのものでいいならソースもあった気がするし」

「じゃあ、パスタで決まりだな」

「…………ちなみに、パスタに決めた理由は?」


 下から覗き込まれる上目遣いの瞳。
 僅かに上気したその頬に、なんとなく言って欲しいことが伝わってくる。

(これは、また透のお気に入りリストが増えたってことか)

 半分こ、いい塩梅……。
 それらと似たような分類に括られてしまったのは恐らく間違いがないだろう。
 まぁ、それならそれで、悪いことではないのだが。

(……早希とか親父のいるところで聞かれるのは嫌だな。絶対、面倒くさいことになるし)

 家の中では気をつけようと、そんなことを頭の片隅に思う。


「それだけ、一緒にいられるから…………ってことでどうでしょう?」

「うむ、よろしい」

「ははっ。ありがとう」


 どうやら、正解したご褒美は、頭突きだったらしい。
 擦り付けられるようにして何度もぶつかってくるそれは、痛くはないものの少しだけくすぐったい。
 というより、こうも頻度高くそれをされると、本当に剥げてしまわないかと心配になってしまう。


「それ、ほんと禿げるから気をつけろよ?」

「………………マーキングだから、これ」

「……はぁ。してどうするんだよ、そんなの」

「つまり、誠君は私のもの。そういうことです」


 そこまで疑われる様な事をした覚えはないが、何か気になるところでもあったのだろうか。
 いや、もしかしたらそれはあまり関係ないのかもしれない。
 恐らくこれは、透の性格だ。

(…………別に、透以外を好きになることなんて、無い気がするけどな。というか、最後まで背負うなんて枠は、そうそう作る気はない)

 不確定な未来に、そう言い切れるだけの根拠を示せてと言われても無理だが、確信はある。
 そもそも、何度か告白されたことはあったが、一番最初に来る感情が、感謝はあれど面倒くさいだったのだ。
 こんな気持ちを抱いたことすら、最初は驚いたくらいだった。

 
「まぁ、いいんだけどさ。俺は、透以外を好きになることはないと思うよ」

「っ……………………」

 髪を漉くようにして、その頭を撫でると、一瞬びくっと反応した透の頭頂部が角度を変え始め、やがて近すぎるほどの距離まで顔を近づけてきた。


「……………………キス、していい?」

「へ?あっ…………」


 こちらが答える間もなく、触れた感触。
 二度目となるそれは、いつになく甘い香りを漂わせていて、頭がくらくらとするような気さえしてくる。


「ふふっ。変な顔」

「…………元からだよ」

「あははっ。そういう意味じゃないってば」


 肩に乗せられた頭、背中に回された腕、煩いくらいに鳴る互いの鼓動。


「…………私、誠君に会えて本当によかった」

「…………俺もだよ」

 
 そして、俺達はもう一度唇を触れあわせた。
 そっと、それでいて強く。
 まるで、お互いの存在を、確かめ合うように。
 












しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

処理中です...