92 / 106
幕章Ⅰ -シン・氷室家の人々-
我が家の宝くじ
しおりを挟む
ちょうど料理を盛り付け終わり、後は並べるだけという時、玄関の方から扉を開く音が聞こえてくる。
「ただいまー」
まるで狙っていたかのような時間。
もしかしたら、帰る時間が決まっていたか、事前に連絡があったのかもしれない。
「おー、透ちゃん!若奥様っぽくていいね~」
「あはは、ありがとうございます。それと、お邪魔してます」
リビングに入った途端、元気が有り余っているとでもいうような誠君のお父さんが、片手をあげながらにこやかに話しかけてくる。
(ふふっ。なんか、子供みたい)
キラキラとした瞳に、ふとそんなことを思う。
さすがに面と向かっては言えないけど、相変わらず、気づいたら懐に入り込んでいるような、そんな不思議な魅力のある人だと思う。
「お邪魔してますなんて水臭いな~。もう、家族みたいなもんじゃない」
「…………そう、思ってもいいんでしょうか?」
この家の人はみんなそう言ってくれる。
でも、たった二回。私がこの人達に会ったのはそれだけなのだ。
それに、一回目だって、どうしようもないほどに心が不安定になっていて、ろくなことはほとんど話せていない。
(私は、こんなに、幸せでいいんだろうか)
幸せ過ぎると不安になる。
これまで誠君に何度も、何度も同じようなことを問いかけてしまったように。
「え?ダメなの?」
「え、あの……だって…………ちょっと、自分に都合が良すぎるのかなって」
心底不思議そうな顔に戸惑いながらも、思っていることを素直に伝えると、誠君のお父さんは少し驚いた後、満面の笑顔になった。
「あははっ。いいじゃない、それで」
「……いいんですか?」
「うん。たとえ運が良くても、都合がよくても、それができたのは透ちゃんだからだと思うよ。何もないところには何も生まれない。君は、ちゃんとそれを自分で手に入れたんだ」
「……………………」
自信満々な声に、気弱な心が少しずつ上向いていき、それでいいんだと、そう思える。
それこそ、なんでこんなことに悩んでいたんだろうとでもいうように。
「それにね。都合がいいのは透ちゃんにとってだけじゃないんだよ?」
「え?」
「うちにこんな素敵な子が来てくれた。それは、我が家にとって幸運なことだと思うんだ。どんな宝くじに当たるよりも、ずっとね」
優しいその声に、何も言えずに唇を噛みしめることしかできない。
誠君だけじゃない。この家の人は、みんなズルい。
私の涙腺をこれでもかというほどに試してきて、泣きたくないのに、ずっと笑っていたいのに、そうはさせてくれない。
「…………ありがとう、ございます」
「あははっ。こちらこそ、ありがとう」
涙を堪えた私はきっと変な顔をしているのだろう。
誠君のお父さんは笑い声を我慢しようともせず、楽しそうにしていてちょっとだけ恨めしかった。
「ほら、透ちゃんを揶揄ってないで早く着替えてきて」
「へーい」
しばらくこちらの様子を窺っていた瑛里華さんが、呆れたようにそう言うと、誠君のお父さんが出ていく。
その顔は、最後まで楽しそうで、自分でも思わず気が抜けたように笑えてきてしまった。
「透ちゃんも早く慣れないとやられっぱなしよ?」
「そう、みたいですね。瑛里華さんも昔はそうだったんですか?」
何か心当たりがあるのだろう。
どこか遠くを見るように目を細めていた瑛里華さんの口元が、やがて仄かに弧を描いていく。
「…………ええ。あの人、たまにドキッとするようなこと言ってくるから」
それは、その記憶が幸せに彩られていることがわかるような、そんな顔だった。
「なら、誠君と同じですね」
「そうかもね。あの二人、意外に似てるところあるし」
そう言って二人で何となく見つめ合っていると、お互い通じ合うものを感じたのか、どちらともなく笑い声を上げる。
「とりあえず、今はご飯の準備をしちゃいましょうか?」
「はい」
似ていないようで似ていて。
その奥底にはとびっきりの優しさを持つ素敵な家族。
そこにはちゃんと私の席もあって、遠慮して離れていこうとする私を、包み込むような温かさで輪の中に戻してくれる。
「………………勇気出してよかったな」
あの日、あの時、震えるほどに怖くて、声が出ないほどに怖くて、本当に言い出すか悩んだ。
でも、あの時勇気をもって踏み出したからこそ今がある。
なら、これは都合がいいだけじゃない。
ちゃんと、私が、自分の手で掴んだ幸せなのだろうと、そう思った。
「ただいまー」
まるで狙っていたかのような時間。
もしかしたら、帰る時間が決まっていたか、事前に連絡があったのかもしれない。
「おー、透ちゃん!若奥様っぽくていいね~」
「あはは、ありがとうございます。それと、お邪魔してます」
リビングに入った途端、元気が有り余っているとでもいうような誠君のお父さんが、片手をあげながらにこやかに話しかけてくる。
(ふふっ。なんか、子供みたい)
キラキラとした瞳に、ふとそんなことを思う。
さすがに面と向かっては言えないけど、相変わらず、気づいたら懐に入り込んでいるような、そんな不思議な魅力のある人だと思う。
「お邪魔してますなんて水臭いな~。もう、家族みたいなもんじゃない」
「…………そう、思ってもいいんでしょうか?」
この家の人はみんなそう言ってくれる。
でも、たった二回。私がこの人達に会ったのはそれだけなのだ。
それに、一回目だって、どうしようもないほどに心が不安定になっていて、ろくなことはほとんど話せていない。
(私は、こんなに、幸せでいいんだろうか)
幸せ過ぎると不安になる。
これまで誠君に何度も、何度も同じようなことを問いかけてしまったように。
「え?ダメなの?」
「え、あの……だって…………ちょっと、自分に都合が良すぎるのかなって」
心底不思議そうな顔に戸惑いながらも、思っていることを素直に伝えると、誠君のお父さんは少し驚いた後、満面の笑顔になった。
「あははっ。いいじゃない、それで」
「……いいんですか?」
「うん。たとえ運が良くても、都合がよくても、それができたのは透ちゃんだからだと思うよ。何もないところには何も生まれない。君は、ちゃんとそれを自分で手に入れたんだ」
「……………………」
自信満々な声に、気弱な心が少しずつ上向いていき、それでいいんだと、そう思える。
それこそ、なんでこんなことに悩んでいたんだろうとでもいうように。
「それにね。都合がいいのは透ちゃんにとってだけじゃないんだよ?」
「え?」
「うちにこんな素敵な子が来てくれた。それは、我が家にとって幸運なことだと思うんだ。どんな宝くじに当たるよりも、ずっとね」
優しいその声に、何も言えずに唇を噛みしめることしかできない。
誠君だけじゃない。この家の人は、みんなズルい。
私の涙腺をこれでもかというほどに試してきて、泣きたくないのに、ずっと笑っていたいのに、そうはさせてくれない。
「…………ありがとう、ございます」
「あははっ。こちらこそ、ありがとう」
涙を堪えた私はきっと変な顔をしているのだろう。
誠君のお父さんは笑い声を我慢しようともせず、楽しそうにしていてちょっとだけ恨めしかった。
「ほら、透ちゃんを揶揄ってないで早く着替えてきて」
「へーい」
しばらくこちらの様子を窺っていた瑛里華さんが、呆れたようにそう言うと、誠君のお父さんが出ていく。
その顔は、最後まで楽しそうで、自分でも思わず気が抜けたように笑えてきてしまった。
「透ちゃんも早く慣れないとやられっぱなしよ?」
「そう、みたいですね。瑛里華さんも昔はそうだったんですか?」
何か心当たりがあるのだろう。
どこか遠くを見るように目を細めていた瑛里華さんの口元が、やがて仄かに弧を描いていく。
「…………ええ。あの人、たまにドキッとするようなこと言ってくるから」
それは、その記憶が幸せに彩られていることがわかるような、そんな顔だった。
「なら、誠君と同じですね」
「そうかもね。あの二人、意外に似てるところあるし」
そう言って二人で何となく見つめ合っていると、お互い通じ合うものを感じたのか、どちらともなく笑い声を上げる。
「とりあえず、今はご飯の準備をしちゃいましょうか?」
「はい」
似ていないようで似ていて。
その奥底にはとびっきりの優しさを持つ素敵な家族。
そこにはちゃんと私の席もあって、遠慮して離れていこうとする私を、包み込むような温かさで輪の中に戻してくれる。
「………………勇気出してよかったな」
あの日、あの時、震えるほどに怖くて、声が出ないほどに怖くて、本当に言い出すか悩んだ。
でも、あの時勇気をもって踏み出したからこそ今がある。
なら、これは都合がいいだけじゃない。
ちゃんと、私が、自分の手で掴んだ幸せなのだろうと、そう思った。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる