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五章 -触れ合う関係-

泡沫花火と消えない約束

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 花火の時間が近づき、人の流れも海沿いの方へ近づいていく中、俺達も船の方へ向かった。
 そして、チケットを見せ船に乗ると、少ししてから船がゆっくりと動き出す。


「なんか、さすがにちょっと緊張するな」

「ふふっ、そうだね」


 やはりというべきか周りは大人達のカップルばかりで俺達と同じような組み合わせのグループは一組もいないようだった。
 薄々思ってはいたものの、遥さんが幻のレアチケットというだけあって、価格も恐らくそれに準じたものなのだろう。

 確かに、屋形船でイメージしていたものとは違い、今乗っている船にはテラス席まで用意されていたので花火を見るには最高の環境に思えた。


「でも、透はぜんぜん緊張してなさそうに見えるけど?」

「あははっ、バレた?うん、ほんとはあんまり緊張してない」

「すごいな。乗り慣れてるってことか?」

「ううん。乗るのは初めてだけど、似たような雰囲気の場所とかは行ったことあるから」

「そっか。余裕そうで羨ましいな」


 改めて考えると、昔はお手伝いさんがいたというくらいの家だ。
 俺はこういった大人ばかりの空間にはあまり慣れていないが透はそうでもないのだろう。


「ふふっ、緊張がほぐれるまで抱きしめてあげようか?」

「あー………………それは勘弁してくれ。逆に緊張するから」

「あははっ。残念」


 普通は、経験すればするほど慣れていくものなのだろう。
 だけど、そのこと関してだけ言えば、理屈通りにはいかないようだった。


「そういえば、私が初めて行く場所のうち、人生で一番緊張した場所ってどこか分かる?」

 
 少し考え事に思考を逸らせていた時、唐突に透がそう尋ねてくる。
 しかし、涼し気な顔でなんでもやれてしまう彼女の人生で一番と言われるとパッとは思いつかなかった。


「んー、なんだろ。地元じゃなかったみたいだし、中学校とか?」

「ううん、違う」

 
 中学生に上がる時、地元の学校が廃校になったと聞いていたのでその時のことかとも思ったが違ったらしい。


「なら、バイト初日の海の家とか?」

「ぶっぶー」


 俺的には初日はそれなりに緊張していたのだが、どうやらそれも違うようだ。
 なんだろう。正直、候補が多すぎてよくわからない。


「降参だ。答えを教えてくれ」

「ふふっ。正解はね……………………誠君の家だよ」


 笑みを深めた透が、耳に吐息が届くほどの距離まで近づいた後、囁くような声で答えを教えてくる。


「俺の、家?」


 何とも言えないくすぐったさと、仄かに漂う甘い香りに少し思考をぼやけさせつつそう問い返すと、透はこちらの目をじっと見つめてきた。
 それこそ、もう少しで唇が触れてしまいそうなほど近くで。


「うん。あの時はほら、隠し事もあったし。それに、誠君の気持ちも今ほど私の方を向いてなかったから不安だったの」

「そっか……確かに、そう言われるとそうだったかもな」 
 

 ほんの最近のことなのに、俺達の関係性は本当にこれでもかというほどに大きく変わった。
 隣の席になって、俺の家に呼んで、逆に透の家に呼ばれて。
 
 そして、今はそばにいることが俺の普通になっている。


「あっ、花火始まったね」


 大きな音とともに、綺麗な花火が空に咲き始めると、透は背中を預けるようにして俺の懐に潜り込んでくる。
 そして、咲いては消える花火を見ているうちに、何となく寂しい気持ちになったのだろうか。
 独り言を言うように透がぼんやりと口ずさんだ。 


「もう夏も、終わりかぁ。まぁまだ、一応イベントは残ってるんだけど」

「旅行がどうとかって話か?」

「…………知ってたんだ」

「友達が、そんなこと言ってたから」


 俺が言った言葉を最後に、目の前の景色に集中しているのか、何かを考えているのか、透は無言のまましばらく沈黙を続けていた。


「………………ほんとはね、あんまり行きたくないの。正直、人間関係を維持するために仕方なく約束しちゃったんだ」

「そっか」

 
 数々の光が空に浮かび、消えていく。
 大きなものも、小さなものも、ずっとその形を保つことはできない。


「…………こんな子は、嫌い?外面ばっかり良くて、ほんとは性格悪くて、面倒くさくて、自分勝手で」


 ひと際大きな音、それに紛れこませるかのような弱々しい声が嫌にはっきりと俺には聞こえた。


「…………愛想が、尽きちゃう?」


 火薬の爆ぜる振動に隠れようとする透の声の震え。
 だったら俺は、彼女がその弱気を晴らせるように出来る限りの言葉を、想いを贈ろう。


「俺は、全部好きだよ。透自身が好きなところも、嫌いなところも、全部」

 
 どれだけ、性格が悪くても、面倒くさくても、それこそ、普通の人ならありえない心が読める力があってもいい。

 だって、俺は綺麗な蓮見さんが好きなんじゃない。
 ありのままの透が好きなんだから。


「………………本当に?」
 
「本当だ」


 そうはっきりと答えると、彼女は満開に咲き誇る花火に背を向け、こちらの目を躊躇いがちに覗き込んできた。


「……嘘、じゃない?」

「嘘じゃない」


 彼女のその揺れ動く瞳を見ていると、心がキュッとなって、見ていられなくなる。
 絶対に元気づけてあげたいって思ってしまう。


「約束する。何があっても、透を好きでいるって。それに、透が望む限り、ずっと傍にいるって」


 祭りも終盤なのか、視界の先ではフィナーレのスターマインが夜空を美しく彩り、誰もが、見惚れたように空を見上げている。

 だけど、俺達はやはり場違いだったようだ。
 
 何故なら、すすり泣きながら抱き着く透と、それを宥める俺。
 二人とも花火なんてまるで見れていなかったから。
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