44 / 106
五章 -触れ合う関係-
気難しい人
しおりを挟む
しばらくバスに揺られた後、聞いていた七つ目のバス停に着くと二人で降りる。
まだ日が長いとはいえ、既に周りは茜色に染まり、一日の終わりを感じさせていた。
「ほら、あそこにあるのが私の家だよ」
透が指した先には、立派な瓦屋根の家が建っていた。
風景と調和したとてもいい雰囲気の家ではあるが、周りと比較してもかなり大きく、なかなかの存在感を放っている。
「立派な家だな。地主さんとかなのか?」
「地主とかではないけど、ご先祖様を辿ってくと昔はそれなりの武家だったらしいよ」
「なるほどなー。あんまり縁がない話だけど、やっぱり世の中にはそういう家もあるんだな」
「まぁ、私もほとんど知らないんだけどね」
母さんは透の家族構成を聞いてから経済的に大丈夫なのかと気にしていたが、あれだけ立派な家を持ってるくらいなら問題なんて無いのかもしれない。
最悪、一人暮らしの部屋を引き払って住まわせてもいいとは言っていたんだが。
「そうなのか?でも、あれなら一人暮らしさせる余裕もありそうだから少し安心したよ」
「あははっ、そんなこと心配してんだ。でも、大丈夫。あのアパートも親戚が経営しててそれなりに安くしてもらってるから」
「そりゃすごい。華麗なる一族ってやつか」
「そんなにいいものじゃ無いよ?…………それに、私を引き取る時もそうだったみたいだけど、親戚間でもいろいろと見えてくるものがあるんだよね。お金が絡むと特に」
緩やかな坂を二人で話しながら歩く。
経済的に余裕がありそうなことはよかったが、どうやら、それはそれで問題もあるらしい。
あまりそこまでは考えていなかったので、考えが浅かったことに若干反省する。
「ごめんな?変なこと言って。そこまで考えてなかった」
「ふふっ。ぜんぜんいいよ、誠君のことならたぶん何でも許しちゃうから。あ、でも、ほら、あれはダメだからね?」
「あれ?」
「ほら、あの、誠君の家に行った時のあれ」
「ん?どれ?」
「だから!………………その、エッチな、本とか」
顔を真っ赤にして俯き、蚊の鳴くようなか細い声で透がそう言ってくる。
あの日だけでも既に腐るほど言い聞かされたが、どうやら透にとってはいまだ気が済まない案件らしい。
「ああ、それのことか。けど、その話はもういいだろ。けっきょく誤解だったんだし」
「でも、ダメなの。絶対ダメ!」
俺の腕をまるで非難するかのように強く握ってきて少し痛い。
完全に八つ当たりなんだが、言い返してもたぶん逆効果だろう。
「はいはい。わかったわかった」
「あー!どうでもいいとか思ってるでしょ?ぜんぜんどうでもよくないんだからね」
「はいはい。ほら、あれお前のばあちゃんだろ?驚いてるから説明してこいよ」
「あっ、ほんとだ。ちょっと行ってくる」
何か作業をしていたのか、屈んでいた老齢の女性がこちらに気づいて振り返ると、そのまま驚いた顔で固まっていた。
なんだろう。友達を連れて帰ることは伝えたと言っていたはずなのだが。
「ただいま、おばあちゃん!」
「あ、ああ。おかえり、透」
「ふふっ、どうしたの?私の顔忘れちゃった?」
「いや、だって透が男と、あんなに………………いや、いいさ。ほら、あんたもこっち来な」
こちらを見ながらそう言われ近づくと、品定めするかのような目でしばらく見られる。
まぁ、大事な孫娘にこんな地味な男がくっついていたら仕方が無いのかもしれない。
「なるほど、あんたが透の言ってた坊主か。どこにでもいそうなパッとしない顔だねぇ、どこのぼんくらかと思ったよ」
「ちょっと、おばあちゃん!誠君にひどいこと言わないで!!」
せっかくの里帰りだというのに透が不穏な空気を醸し出し始めたので、さすがに割って入る。
「まぁまぁ、本当のことだしな。そんなに怒るな」
「でも」
「いいんだ」
「…………わかった」
威嚇する猫のような透を何とかなだめ、落ち着いたのを見計らっておばあさんの方を向く。ピンと立った背筋に、釣り上がった目、それなりの年齢だろうに意志の強さをこの上ないほどに感じさせられる。
「はじめまして。透さんのクラスメイトの氷室 誠です。しばらくの間ご厄介になりますが、どうぞよろしくお願いします」
こちらは、泊めてもらう身なので慣れないながらも丁寧な態度になるように努める。
透に慕われているこの人が、悪い人だとはとても思えないし。
「……そんなに硬くならなくていいさね。取って食おうってわけじゃないんだ。ほら、さっさと家に入りな」
どうやら、聞いていた通り気難しい人のようだ。ちゃんと家に入れてくれるみたいなのでそこはほっとしたが。
「ごめんね?いつもはあそこまでじゃないんだけど。ほんと、どうしちゃったんだろ」
とても申し訳そうな顔で透が謝ってくるが、別にそれほど気になるような対応ではなかったと思う。というか、第一印象だけで言うならうちの母さんのが冷たい印象を与えるだろう。
それに、見ず知らずの高校生の男子を、孫娘の友達とはいえ女性だけの家に泊めてくれること自体あり難いことだ。
「いや、ぜんぜんいいから。最初の頃の透のが塩対応だったしな」
「あー、そうだったっけ?」
「覚えてないのか?」
「うん、あんまり」
「貴方は虫以下ですって感じだったぞ?はははっ、なんか思い出したら笑えてきた」
「もう!笑わないでよ。しょうがないでしょ!?いいから忘れて」
あまりに必死な様子にさらに笑えてきてしまう。
今の透は、あの時と比べるとまるで別人だ。それに、俺としてもつまらなそうな人だと思って距離を取っていた記憶がある。
ほんと、世の中どうなるかわからないものだ。
「はぁ、あんた達、ほんと仲が良いねぇ。怒る気も無くなっちまうよ」
そんなバカ話をしていると、どうやらおばあさんを待たせてしまっていたらしい。
彼女が玄関の方で呆れたようにこちらを見ていた。
「すいません。すぐ行きます」
「ああ、早くしておくれ。このくらいの歳になると時間は貴重なんだよ」
彼女は、不機嫌そうにそう言うと俺達に背を向けて家の中の方に歩いていく。
まるでいら立ったように、早い速度で。
だけど、どうしてだろうか。振り返る際に一瞬だけ見えたその横顔は優し気に笑っているようにも見えた。
もしかしたら、勘違いかもしれない。ただ自分がそう思いたいだけなのかもしれない。
でも俺は、なんとなく彼女が歓迎してくれているように勝手に感じていた。
まだ日が長いとはいえ、既に周りは茜色に染まり、一日の終わりを感じさせていた。
「ほら、あそこにあるのが私の家だよ」
透が指した先には、立派な瓦屋根の家が建っていた。
風景と調和したとてもいい雰囲気の家ではあるが、周りと比較してもかなり大きく、なかなかの存在感を放っている。
「立派な家だな。地主さんとかなのか?」
「地主とかではないけど、ご先祖様を辿ってくと昔はそれなりの武家だったらしいよ」
「なるほどなー。あんまり縁がない話だけど、やっぱり世の中にはそういう家もあるんだな」
「まぁ、私もほとんど知らないんだけどね」
母さんは透の家族構成を聞いてから経済的に大丈夫なのかと気にしていたが、あれだけ立派な家を持ってるくらいなら問題なんて無いのかもしれない。
最悪、一人暮らしの部屋を引き払って住まわせてもいいとは言っていたんだが。
「そうなのか?でも、あれなら一人暮らしさせる余裕もありそうだから少し安心したよ」
「あははっ、そんなこと心配してんだ。でも、大丈夫。あのアパートも親戚が経営しててそれなりに安くしてもらってるから」
「そりゃすごい。華麗なる一族ってやつか」
「そんなにいいものじゃ無いよ?…………それに、私を引き取る時もそうだったみたいだけど、親戚間でもいろいろと見えてくるものがあるんだよね。お金が絡むと特に」
緩やかな坂を二人で話しながら歩く。
経済的に余裕がありそうなことはよかったが、どうやら、それはそれで問題もあるらしい。
あまりそこまでは考えていなかったので、考えが浅かったことに若干反省する。
「ごめんな?変なこと言って。そこまで考えてなかった」
「ふふっ。ぜんぜんいいよ、誠君のことならたぶん何でも許しちゃうから。あ、でも、ほら、あれはダメだからね?」
「あれ?」
「ほら、あの、誠君の家に行った時のあれ」
「ん?どれ?」
「だから!………………その、エッチな、本とか」
顔を真っ赤にして俯き、蚊の鳴くようなか細い声で透がそう言ってくる。
あの日だけでも既に腐るほど言い聞かされたが、どうやら透にとってはいまだ気が済まない案件らしい。
「ああ、それのことか。けど、その話はもういいだろ。けっきょく誤解だったんだし」
「でも、ダメなの。絶対ダメ!」
俺の腕をまるで非難するかのように強く握ってきて少し痛い。
完全に八つ当たりなんだが、言い返してもたぶん逆効果だろう。
「はいはい。わかったわかった」
「あー!どうでもいいとか思ってるでしょ?ぜんぜんどうでもよくないんだからね」
「はいはい。ほら、あれお前のばあちゃんだろ?驚いてるから説明してこいよ」
「あっ、ほんとだ。ちょっと行ってくる」
何か作業をしていたのか、屈んでいた老齢の女性がこちらに気づいて振り返ると、そのまま驚いた顔で固まっていた。
なんだろう。友達を連れて帰ることは伝えたと言っていたはずなのだが。
「ただいま、おばあちゃん!」
「あ、ああ。おかえり、透」
「ふふっ、どうしたの?私の顔忘れちゃった?」
「いや、だって透が男と、あんなに………………いや、いいさ。ほら、あんたもこっち来な」
こちらを見ながらそう言われ近づくと、品定めするかのような目でしばらく見られる。
まぁ、大事な孫娘にこんな地味な男がくっついていたら仕方が無いのかもしれない。
「なるほど、あんたが透の言ってた坊主か。どこにでもいそうなパッとしない顔だねぇ、どこのぼんくらかと思ったよ」
「ちょっと、おばあちゃん!誠君にひどいこと言わないで!!」
せっかくの里帰りだというのに透が不穏な空気を醸し出し始めたので、さすがに割って入る。
「まぁまぁ、本当のことだしな。そんなに怒るな」
「でも」
「いいんだ」
「…………わかった」
威嚇する猫のような透を何とかなだめ、落ち着いたのを見計らっておばあさんの方を向く。ピンと立った背筋に、釣り上がった目、それなりの年齢だろうに意志の強さをこの上ないほどに感じさせられる。
「はじめまして。透さんのクラスメイトの氷室 誠です。しばらくの間ご厄介になりますが、どうぞよろしくお願いします」
こちらは、泊めてもらう身なので慣れないながらも丁寧な態度になるように努める。
透に慕われているこの人が、悪い人だとはとても思えないし。
「……そんなに硬くならなくていいさね。取って食おうってわけじゃないんだ。ほら、さっさと家に入りな」
どうやら、聞いていた通り気難しい人のようだ。ちゃんと家に入れてくれるみたいなのでそこはほっとしたが。
「ごめんね?いつもはあそこまでじゃないんだけど。ほんと、どうしちゃったんだろ」
とても申し訳そうな顔で透が謝ってくるが、別にそれほど気になるような対応ではなかったと思う。というか、第一印象だけで言うならうちの母さんのが冷たい印象を与えるだろう。
それに、見ず知らずの高校生の男子を、孫娘の友達とはいえ女性だけの家に泊めてくれること自体あり難いことだ。
「いや、ぜんぜんいいから。最初の頃の透のが塩対応だったしな」
「あー、そうだったっけ?」
「覚えてないのか?」
「うん、あんまり」
「貴方は虫以下ですって感じだったぞ?はははっ、なんか思い出したら笑えてきた」
「もう!笑わないでよ。しょうがないでしょ!?いいから忘れて」
あまりに必死な様子にさらに笑えてきてしまう。
今の透は、あの時と比べるとまるで別人だ。それに、俺としてもつまらなそうな人だと思って距離を取っていた記憶がある。
ほんと、世の中どうなるかわからないものだ。
「はぁ、あんた達、ほんと仲が良いねぇ。怒る気も無くなっちまうよ」
そんなバカ話をしていると、どうやらおばあさんを待たせてしまっていたらしい。
彼女が玄関の方で呆れたようにこちらを見ていた。
「すいません。すぐ行きます」
「ああ、早くしておくれ。このくらいの歳になると時間は貴重なんだよ」
彼女は、不機嫌そうにそう言うと俺達に背を向けて家の中の方に歩いていく。
まるでいら立ったように、早い速度で。
だけど、どうしてだろうか。振り返る際に一瞬だけ見えたその横顔は優し気に笑っているようにも見えた。
もしかしたら、勘違いかもしれない。ただ自分がそう思いたいだけなのかもしれない。
でも俺は、なんとなく彼女が歓迎してくれているように勝手に感じていた。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
白い初夜
NIWA
恋愛
ある日、子爵令嬢のアリシアは婚約者であるファレン・セレ・キルシュタイン伯爵令息から『白い結婚』を告げられてしまう。
しかし話を聞いてみればどうやら話が込み入っているようで──
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様
オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる