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第二章
第94話 嵐の前の
しおりを挟むフルグトゥルスの襲来に備えながら、お祭り数日前になった。
みんなの緊張とは裏腹に、フルグトゥルスが現れる気配がまるでない。
「明日からお祭りの準備始めるみたいだよ」
夜、夕食を食べながらサディさんが切り出した。
「収穫祭、予定通りにやるのか?」
「特に天気が荒れそうな予兆もないし、これならやれるんじゃないかって」
「だが、ナーガの予測ではフルグトゥルスの襲来はそろそろなんだろう?」
お父さんの当然の疑問に、サディさんがため息をついた。
「その予測も、もともと村の人たちは半信半疑だったんだよね。農業とかアステリ栽培してる人たちは天候の変化に敏感らしいんだけど、嵐が来るような予兆は感じられないって言うんだ。本当に来るのかって疑われちゃったよ」
「この村に魔法使いはいないからな。移住したばかりの俺たちが騒ぎ立てたところで、信用されないのも無理はないか」
「ナーガさん嘘は言わないよ!」
そう口を挟んだものの、私だってわかってる。
見えないもの、聞こえないものを信じてもらうことがどれだけ難しいか。
「わかってるさ、アリシア。俺たちはナーガを信頼してる」
「それに、アリシアちゃんが聞いたライラック号や森の小鳥さんたちの話もね」
サディさんが宥めるように私の頭を撫でた。
「予測はお祭りの日前後ってことだったんだ。当日に当たらなければ、お祭りはできるかもしれないよ」
「フルグトゥルスに警戒しつつ、祭りの準備も進めるのが賢明だろうな」
お祭りができるかもしれないのは嬉しい。けど、こんな中で結婚式をしてもいいのかな。
次の日、再開されたお祭りの準備を手伝いにお父さんたちは出掛けて行った。
私はナーガさんの家に話を聞きに行く。フルグトゥルスのこと、どう思ってるんだろう。
ナーガさんの家に着くなり聞いてみると、面倒くさそうな舌打ちが飛んできた。
「サディアスが血相変えて飛んできたから、わざわざ魔法で調べてやったんだ。フルグトゥルス並みの精霊の動向を探るのは、強力な魔力が必要だってのに」
「苦労した、ってことですね」
労ったつもりだったのに、鋭い目が向けられた。
「僕の魔力ならあれくらい何でもない。その結果が信じられないなら勝手にしろ」
「私たちは信じてますよ。でも村の人たちは、魔法って半信半疑みたいで」
「だったら勝手にフルグトゥルスの餌食にでもなればいい」
「そんなこと言わないでくださいよ」
ナーガさんは信じて貰えないことよりも、強引に魔法を使わされたことにご立腹の様子だった。
でもフルグトゥルスがこの村に襲来するなら、ナーガさんにも関係があることなのに。
「ナーガさんはフルグトゥルスに備えて何か準備してるんですか? 備蓄とかしてます?」
「その気になれば家ごと防御魔法で守れる。魔法食はいくらでもあるから、特に備える必要はない」
「そうやって油断していると危険なんですよ。川が増水しても様子を見に行っちゃダメですからね」
「そういう忠告は村の年寄りにでもしていればいい」
台風のときにお年寄りが様子を見に行っちゃうのって、こっちの世界でもあるあるなのね。
「それより、結婚式はどうするんだ?」
「……どうすればいいと思います?」
聞き返すと、ナーガさんに「はあ?」と呆れられた。
「キミがやるって言ったから準備してたんだろ」
「準備しててくれたんですか!」
「お前が僕に命令したからな」
機嫌を損ねたらしく、「キミ」から「お前」に降格されてしまった。
「僕の努力を無駄にするなよ。どれだけ僕がハドリーに試食させられたと思ってるんだ」
「試食?」
「結婚式に出す予定の料理だよ。試食して感想を教えろって、何度も店に呼び出された」
ハドリーさん、私が様子を聞きに行くと「任せとけよ」って言うだけだったけど、そんな準備をしてたんだ。
みんな結婚式のために、頑張ってくれてる。
「ナーガさん、なんか変わりましたよね」
「は?」
「前はもっと感情が見えないというか、何考えてるかわからないというか、相手の気持ちにも鈍感っていうか……」
ナーガさんは額に手を当てて、頭を振った。
「そして僕は完全に舐められたというわけか。異世界から転生した人間のサンプルが欲しかっただけなのに、僕史上最大の失態だ」
そこまで言いますか。
でもこの世界で完全に素を出せるのはナーガさんの前だけだから、つい余計なことまで言っちゃうんだよね。
「突っ立ってるなら帰れば?」
「え、今日の修行は……?」
「やる気なくした」
シッシッと私を追い払い、ナーガさんが階段の方へ向かう。
「ええと……じゃあ、当日よろしくお願いします!」
「せいぜい楽しみにしていればいい」
悪役のようなセリフを残して、ナーガさんは階段を上がって行った。
みんな頑張ってくれてるのに、私が迷ってたらダメだよね。
フルグトゥルスが来ないことを祈ろう! そして、絶対結婚式を成功させるんだ!
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