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第二章

第88話 ヒミツ

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 今日はソフィアちゃんが遊びに来た。
 前に約束してた本を見にきてもらったけど、正直不安。
 お父さんが用意してくれた白い本棚は、私の背よりも低い2段ボックス。貸本屋さん常連のソフィアちゃんが拍子抜けしなきゃいいけど。

 なんて心配はいらなかったみたい。
 部屋に入った途端、ソフィアちゃんが目を輝かせた。

「すごい! これ全部アリシアちゃんのなの!?」
「うん、どれでも好きなの読んでね。読み切れなかったら貸してあげるよ」
「ええっ! いいの?」

 私の両手を取ったソフィアちゃんの頬が、ほんのり赤くなってた。

「ありがとう、アリシアちゃん!」
「ど、どういたしまして」

 真正面から美少女にお礼を言われると照れちゃうな。
 そこから、ソフィアちゃんは熱心に本を読み続けた。話しかけても生返事ばっかりだから、邪魔しないように私も読書をする。
 小さい子向けの本だけかと思ったら、結構読み応えのある長編も多い。私が大きくなったときに読むためのものかな。お父さん、GJ。

 それからしばらく。
 ソフィアちゃんの集中力はすごかった。一度も顔を上げることなく、読書に集中してる。分厚い本が、もうちょっとで終わりそう。
 と、コンコンとドアがノックされた。

「アリシアちゃん、おやつ持ってきたよ」
「はーい」

 ドアを開けると、サディさんがジュースとクッキーを持ってきてくれた。

「2人ともずっと本を読んでたの? 静かだったから、アルが心配してたよ」
「ソフィアお姉ちゃんは本が大好きだから」

 サディさんが入ってきたのにも気づいていないのか、ソフィアちゃんはまだ本を読みふけっている。
 どうしようかとサディさんと顔を見合わせていると、ソフィアちゃんがパタンと本を閉じた。

「ソフィアちゃん、ちょっと休憩にしない? おやつ持ってきたよ」
「あ、はい。ありがとうございます」

 部屋の真ん中にある丸テーブルにジュースとチョコチップクッキーを置く。
 ジュースは3人分あった。サディさん、きっとお父さんに様子を見て来いって言われたんだろうな。

「僕も一緒に食べてもいい? お邪魔かな?」
「ううん、大丈夫だよ。ソフィアお姉ちゃんもいいよね」
「もちろん」

 オレンジジュースを飲みながら、3人でお喋り会。
 どうやらこの部屋の本をチョイスしたのはサディさんだったらしい。そんなところまで、お父さんのセンスには任せられなかったのね。

「アルは小さい子が読むような絵本ばっかり選ぶからさ。アリシアちゃんならもっと難しい本でも読めるよって、僕が選んだんだ」

 あれだけ私の学力が学年一番だとか学校一番だとか自慢してたのにね。
 でもお父さんにとっては、私はいつまでも小さい娘なんだろうな。……中身はさておき。

 ジュースを飲み終わると、サディさんが立ち上がった。

「僕はそろそろ退散するね。ソフィアちゃん、ゆっくりしていってね」

 部屋を出て行くサディさんを、ソフィアちゃんがじーっと見つめてる。
 それから「アリシアちゃん」と私に顔を寄せてきた。
 もしかして、村の女の人たちみたいにサディさんのこと好きになっちゃったとかじゃないよね。
 ソフィアちゃん、王子様好きだからな。サディさんって王子様っぽいし……

「な、なに?」
「サディさんって、アリシアちゃんとどういう関係なの?」
「え!?」
「サディさんは男の人なのよね? じゃあ、お母さんじゃないし……」

 ソフィアちゃんが口元に手を当てて考え込んでる。このややこしい家族構成、完全に混乱させちゃってるな。
 でもどうやって説明したらいいか……

 いや待てよ、ソフィアちゃんは王子様2人の物語を考えてたはず。
 それなら正直に説明しても、受け入れてくれるかも。

「あのね、お父さんたちは男の人だけど……恋人同士なの」
「恋人?」
「だから、私にとってはサディさんもお父さんのようなもので……」

 ソフィアちゃんがキョトンとした目で私を見た。うう、心臓がドキドキする。
 もし受け入れられなかったとしても、どうか酷いことは言わないで。
 そもそも、お父さんたちに相談しないでカミングアウトしちゃって良かったのかな。
 これでもし「気持ち悪い」とか言われて、悪い意味で村の噂になっちゃったら……
 ソフィアちゃんに限ってそんなことないと思うけど、でも――

「素敵!」

 ソフィアちゃんが胸の前で指を組んだ。

「お父さんが2人もいるなんて! アリシアちゃんのお父さんとサディさんは、愛し合ってるのね!」
「そ、そうなの。2人はお互いのことが大好きなんだよ」
「私の考えたお話の王子様たちと同じね!」

 ええ、やっぱりあの話BLだったの!?
 本もロクにないこの世界でBL妄想までするなんて、ソフィアちゃん……恐ろしい子……!

「じゃあ2人は結婚してるのね。勇者様2人の結婚式なんて、とっても素敵だったんでしょうね」
「あ、ううん。結婚式はまだしてないんだ」
「まだ?」
「実はね……」

 アステリの収穫祭で結婚式を挙げてもらおうという計画を、ソフィアちゃんに話した。
 計画したはいいけど、自分1人だけじゃ無理だ。村の収穫祭に詳しいソフィアちゃんに協力してもらえれば、上手くいくかもしれない。

「お祭りで結婚式! とってもいい考えね。私にもお手伝いさせて」
「ありがとう!」

 それじゃ早速、詳しい話を……と思ったら、またノックが聞こえる。
「はーい」と返事をすると、ドアを開けたのはお父さんだった。

「2人とも楽しそうだな。何の話をしてたんだ?」

 サディさんから話を聞いただけじゃ堪えられなくて、結局自分で来ちゃったんだな。
 でも今から結婚式の話をしたいところなんですけど。
 ソフィアちゃんとアイコンタクトしてから、「ヒミツ!」と笑って誤魔化した。

「ええ~、お父さんにヒミツなのか? 誰にも言わないから教えてくれよ」
「ダメ、これはヒミツだから」
「なんだ、アリシア。余計に気になるじゃないか」

 おいおい、しつこいんですけど。
 でもこの盛り上がってる気持ちを押さえて、お父さんの相手をしている暇はない。空気読んでほしいけど、お父さんにはハッキリ言わないとわからないだろうな。

「ダメなの。ちょっとお父さんあっちに行ってて」

 できる限り軽く言ったつもりだったけど、意味はなかった。
 お父さんは絵に描いたように「ガーーン!!」という顔をして固まってしまった。

「ア、アリシア……お、お父さんが邪魔なのか……いつの間にそんな反抗期に……」

 なんかめちゃくちゃ悪いことした気分。
 ただならぬ空気を感じたのか、サディさんもやってきた。

「どしたの? なんかアルが固まってるけど」
「サディ! アリシアが! アリシアが『お父さん邪魔だからあっち行け』って!」

 そんな言い方はしてないですけど。
 狼狽えるお父さんを、サディさんがドウドウと馬にでもするみたいに宥めた。

「女子会の邪魔しちゃダメだよ。さ、夕食の準備するから手伝って。畑からニンジン取って来てほしいんだ」
「そんな場合か! アリシアが反抗期なんだぞ! 『テメエふざけんな!』って壁を殴って穴開けたりしたらどうする!」
「あはは、リリアさんの怒ったときそっくりじゃない。親子だね~」
「笑ってる場合か! リリアが怒ったら手が付けられないんだぞ! アリシアがそうなったら……!」

 今とんでもないお母さんの暴露話を聞いた気がするんですが。
 サディさんが喚き散らすお父さんを引きずって行ってくれた。閉めたドアの向こう側で、まだ何か騒いでるのが聞こえる。

「アリシアちゃん……」

 ソフィアちゃんが気まずそうにこっちを見てた。
 恥ずかしい……あんな親バカの一部始終を公開してしまった……

「あ、えっとね、お父さんいつもああなの。気にしないで――」
「サディさんとアルバートさん、とっても仲良しなのね!」
「え?」
「今の見た? 泣いてるアルバートさんに、サディさんがよしよしって頭を撫でていたの。とっても素敵だった!」

 暴れ馬を宥めてるみたいに思えたけど、確かに結構な萌えポイントだったかも。見慣れるって怖いね。

「ねえ、アリシアちゃん。王子様2人の話、サディさんとアルバートさんをモデルに書いてもいい?」
「う、うん。もちろん」
「ありがとう!」

 ソフィアちゃんの親御さん、娘さんは完全に腐っているようです。責任は取らせていただきます。

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