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第二章

第87話 乗馬

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『お嬢! アッシの背中に乗ってみませんかい?』
「えっ、でも私、乗馬やったことないよ」
『大丈夫でさあ。ただアッシの背に乗ってくれれば、この辺りを散歩してさしあげますぜ。決して振り落したりはしませんって』

 ライラック号が協力してくれるなら乗れるかもしれない。
 せっかくだから乗せてもらおう!

『何か足場になる台を使って、背中に乗ってくだせえ』
「わかった」

 ライラック号を繋ぐ曳き手を外して、木の箱を持ってきた。それを足場に飛び乗る!
 なんてカッコ良く決めれたらいいけど、実際にはよじ登るようにしてなんとかライラック号の背中に乗れた。

『それでは、行きやしょうかね! よく捕まっててくだせえ』
「ゆ、ゆっくりお願いね」
『合点承知!』

 ゆっくりとライラック号が厩舎を出る。
 不安定なその感覚がちょっと怖くて、ライラック号の首にしがみついた。

『いやあ、旦那の子を乗せられるなんて馬冥利につきやすね』

 パカパカと歩くライラック号が、家の前の原っぱまで進む。
 段々と私も慣れてきて、ライラック号の首から離れて身体を起こす。いつもよりもずっと高い目線だ。ほんの少し、空も近く感じる。

「お馬さんに乗るなんて、私も勇者様になった気分」
『ははっ、お嬢もきっと旦那のようなすごい勇者になれやすよ』
「ライラック号もお父さんたちと一緒に魔王と戦ったんでしょう? だから、ライラック号も勇者様だね」
『アッシが!? 照れちまいますねえ』

 ライラック号の足取りが軽くなった。スキップするようにご機嫌でパカラッパカラッと野原を踏み鳴らす。
 ……のはいいのだけど、段々スピードが上がってる。

『魔王退治に行ったとき、旦那はアッシをペガサスの姿に戻したんでさあ。「コソコソするのは苦手だ、正面突破するぞ。ライラック号、お前の姿を魔王どもに見せつけてやれ!」って。その言葉が嬉しかったのなんの。アッシは白い羽をバサーッと広げて、魔王城に突撃したんでさあ!』
「ちょ、ライラック号、ちょっと待って」

 ライラック号が野原を駆け出した!
 自転車もない、車もない異世界に慣れてしまったから、このスピードは異次元だ! 馬車のような安定感もない!
 しがみついてる私をよそに、ライラック号はぐいぐいと風を切って走り抜ける。

『アッシの背に乗った旦那が、襲ってくる魔物をバッサバッサと切り捨てて! あれは爽快でしたねえ。ちょうどこんな感じで駆け抜けて。どうです? お嬢、気持ちがいいでしょう!』
「わ、わかったからちょっと止まって!」

 テンションの上がったライラック号は、私の制止も聞いてくれず走り続ける。
 ちょ、ちょっと待ってよ! 私乗馬初めてなんだって! しかも裸馬なんて! 落ちる! 落ちちゃうから!!

「止まれ、ライラック号!」

 飛んできた声に、ライラック号がハッとしてスピードを緩めた。ゆっくりと足が止まる。
 良かった……と、安堵しているとライラック号の背中から私の身体が浮く。
 私を抱きかかえたのは、お父さんだ!

「なにやってるんだ、アリシア!」
「お父さん」

 お父さんにしては珍しく、厳しい顔を私に向けた。

「勝手にライラック号に乗ったらダメじゃないか。馬に乗るのは危険なことなんだぞ」
「ごめんなさい……」

 ライラック号が、頭を下げてお父さんの傍に寄って来た。

『ああっ、旦那申し訳ございやせん! アッシが勝手にお嬢を乗せて走ったばっかりに! アッシのせいなんです! お嬢を怒らないでやってくだせえ!』

 頭をすり寄せるライラック号に、お父さんが困惑してる。

「こ、こら、ライラック号やめないか。今アリシアと話が……」
「アリシアちゃんを怒らないでって言ってるんじゃない?」

 いつの間にか、買い物帰りのサディさんが来ていた。
 ライラック号を宥めるように、首を撫でてる。

「サディ、帰ってたのか」
「ライラック号が走ってるのが見えたから驚いたよ」

 サディさんが私の顔を覗き込んだ。

「アリシアちゃん、ライラック号が乗せてくれるって言ったんじゃないの?」
「う、うん。サディさんもライラック号の言葉がわかるの?」
「僕はそういう魔法は全然だからわかんないけど、なんとなくね。アリシアちゃんが勝手にこんなことするようには思えないし、ライラック号は誰かさんに似て調子に乗りやすいから」
『そうでさあ! さすがサディの兄さん!』

 ライラック号が喜んで前足を上げた。褒めてるわけじゃないと思うけど。

「ライラック号が……って。アリシア、ライラック号の言葉がわかるのか!?」
「うん、魔法でライラック号とお喋りできるようになったの」
「すごいじゃないか! ついに魔法が成功したんだな!」

 お父さんが私を掲げるように高く抱き上げた。
 晴れやかな顔してたお父さんだったけど、ハッと我に返って私を地面に降ろす。
 そしてライラック号に視線を向けた。

「ライラック号、俺の許可なくアリシアを乗せることは許さん。ケガじゃ済まないかもしれないんだぞ」
『申し訳ございやせん旦那ァ! もう二度とこんなマネはいたしやせん!』

 なんて言ってるんだ? と言いたげにお父さんが私を見た。
 この江戸っ子口調もそのまま言った方がいいのかな。いや、話が脱線しそうだから標準語にしておこう。

「申し訳ございません。もう二度と致しません、って」
「わかればいい。ライラック号は物分かりの良い賢い馬だからな」

 お父さんがライラック号の鬣を優しく撫でた。ライラック号もお父さんの身体に首を擦りつけてる。

『さすがはアッシの旦那! アッシはどこまでも着いていきやす!』
「おいおい、くすぐったいだろ」

 じゃれ合うお父さんとライラック号。
 言葉がわからなくても、2人は戦友なんだもんね。

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