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第二章

第72話 同志

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 お父さんがハドリーさんの店を出る前に、退散することにした。
 このまま家に帰るのは早すぎるし、でもまだ魔力が使えてないのにナーガさんちに行ったら「何しに来たの?」って塩対応されそう。

 どこで時間を潰そうかと、ハドリーさんの店から離れてふらふらしていると「アリシアちゃん!」と呼ばれた。振り返ると、ソフィアちゃんがいた。

「ソフィアおねえちゃん!」
「こんにちは、アリシアちゃん」

 ソフィアちゃんがふんわりと微笑む。相変わらず美人さん。
 手にはカゴを持っていて、フランスパンのようなものが覗いている。

「私はお買い物の帰りなの。アリシアちゃんは何しているの?」
「え、えーと……探検! お引越しして来たばっかりだから、村を探検してるの!」
「それなら、私が案内してあげようか?」
「いいの!?」

 これはラッキーな展開。
 ソフィアちゃんは一度家に戻って、買ったものをお母さんに渡しに行く。
 木の下で待っていると、ソフィアちゃんが金色の髪をなびかせて走ってきた。はあはあと息切れをしている。

「ごめんね、お待たせ」
「走ってきたの? そんなに急がなくても大丈夫だったのに」
「早くアリシアちゃんとお出掛けしたかったから」

 なんていい子!
 今度お礼にサディさんの作ったお菓子をプレゼントしなくては。

 ソフィアちゃんの案内で、村のお店やいろんな場所に行った。
 お花屋さんにパン屋さん、牛乳屋さんに卵屋さん、アステリの果樹園、観光客向けのお土産屋さん、それから子供たちがいつも遊ぶ広場。
 小さな村だと思ってたけど、子供の足であちこち行くとそれなりの広さがあるなぁ。

「あと、私のお気に入りの場所を教えてあげるね」

 そう言ってソフィアちゃんが連れて行ってくれたのは、小さなお店だった。店の前で白髪の髭を蓄えた、小柄なお爺さんが掃き掃除をしている。

「お爺さん、こんにちは」
「おお、ソフィアちゃん。おや、そっちの子は引っ越してきた子かい?」
「はい、アリシアちゃんです」
「はじめまして」

 ソフィアちゃんに紹介してもらって、お爺さんにお辞儀をする。お爺さんはつぶらな目を細めた。

「やあ、こんにちは。うちの店は小さいけど、いつでも遊びに来てね」
「お爺さん、また本を見せてもらっていいですか?」
「どうぞどうぞ。本当にソフィアちゃんは本が好きだねえ。ごゆっくり」

 本?
 ソフィアちゃんに続いてお店に入ると、中にはびっしりと本棚が並んでいた。ちょっと薄暗くて、天井にはオレンジの裸電球がぶら下がってる。奥には小さい机と椅子。古書店みたいだ。

「ここ、本屋さんなの?」
「貸本屋さんよ」

 ソフィアちゃんの話だと、好きな本を何日か無料で貸してくれるらしい。図書館みたいな感じか。
 ってことは、本読み放題じゃん! もしかしたらBLも……いやいや、そんなのないだろうけど、それでも嬉しい。

「ソフィアおねえちゃんは、ご本が好きなの?」
「大好きよ。ここにある本は、もう全部読んじゃったの」
「え!? 全部!」

 一冊の本を本棚から引き抜き、ソフィアちゃんがパラパラとページを捲った。
 小さな店とはいえ、結構な数がある。しかも、ソフィアちゃんが手に取った本は分厚くて挿絵もほとんどない。というか、見る限り子供向けらしき本はなさそうだった。
 これを読み込んでるなんて、ソフィアちゃん、読書家。

「新しい本はあんまり入ってこないから、何度も同じ本を借りてるの。内容はもう覚えてるけど、何回読んでもおもしろいのよ」

 ソフィアちゃんは本の表紙を大切そうに撫でた。本当に本が好きなんだな。
 私も昔は、そんな純粋な気持ちで本を読んでたこともあるっけ……

「アリシアちゃんが前に住んでいたところは、もっとたくさん本があるんでしょう。私もいつか行ってみたいな」

 ソフィアちゃんのキラキラした眼差しに、曖昧に頷いた。
 城下町はあんまり自由に出歩けなかったから、本屋さんがあったかどうかもわからないんだよね。あ、でも……

「うちにも少しだけどご本があるよ。引っ越して来たときにお父さんが買ってくれたの。ソフィアお姉ちゃんも読む?」
「えっ、アリシアちゃんのおうち、本があるの!?」

 ソフィアちゃんの青い瞳が輝いた。
 おもちゃの代わりにって置いて貰ったやつだけど、期待されるほどの量はない。しかも、まだ手を付けてないからわからないけど、たぶん童話とかそういう本だと思う。

「あ、でも、そんなにいっぱいじゃないよ。ソフィアお姉ちゃんが読んでるみたいな、大人っぽいご本じゃないと思うし……」
「ううん、おうちに本があるなんて素敵! うちには一冊もないもの」

 どうやら、この村はあまり本を読む人はいないらしい。読むとしても、本は買うものではなく借りるもの。ソフィアちゃんち……村長の家に本がないくらいなら、他に本を持ってる家はないだろう。

 今度うちで一緒に本を読む約束をすると、ソフィアちゃんは嬉しそうにぎゅっと本を抱きしめた。かわいい。

「でもアリシアちゃんのお父さんがアリシアちゃんのために買ってくれたのに、私が読んだりしていいのかしら」
「もちろんだよ! お父さんだって、ソフィアちゃんが読んでくれたら嬉しいよ」

 学校に通っていたとき、あれだけ「友達はできたか?」と言いまくってたお父さんだからね。私が家に友達連れて行っただけで、大喜びだと思う。

「ありがとう。私ね、新しい本が読めないから、代わりに自分でお話を作っちゃってたの」
「ソフィアちゃん、お話作るの!?」

 思わず叫んだら、ソフィアちゃんが恥ずかしそうに俯いてしまった。

「おかしいでしょう。他の人には言わないでね」
「全然おかしくないよ!」

 私だってやってたから! 前世で!
 いやでも、私が書いてたのはBL二次創作。ソフィアちゃんのピュアなお話作りとは全然違う。だから言えないのがもどかしい。
 でもまさか、この世界でそんな趣味の子に出会えるなんて!

「どんなお話作ってるの? 教えてほしいな」
「え……でも……笑わない?」
「絶対に笑わない! 約束する!」

 私の強引な後押しに、ソフィアちゃんはもじもじしながら話し始めてくれた。

「王子様のお話なんだけど」

 やっぱり女の子はそういう話が好きだよね。魔法使いとか、妖精が出てくるファンタジックなお話かな。心が洗われるね。

「王子様が悪い竜を倒す旅に出掛けるの。その途中で、1人の王子様と出会うのよ」

 ん?

「2人の王子様は最初はケンカしてばかりなんだけど、旅をしていろんなピンチを乗り越えながらだんだん仲良くなっていくの。そして力を合わせて、困っている村の人を助けたり、竜の手下を倒していくの」

 なななななにそれ!? BLじゃん! まごうことなきBLじゃん!!

 唖然としている私に、ソフィアちゃんはハッとして黙ってしまった。

「変よね。王子様2人の話なんて……」
「変じゃないよ! すっごい素敵! 私、そのお話大好き!」

 腐女子的な意味で!
 恥ずかしそうに笑ったソフィアちゃんは、すごく嬉しそう。私の大興奮に、若干引いてる気もするけど。

「ねえ、そのお話、もっと聞きたい! 王子様たちはどうやって出会ったの!? 教えて!」
「う、うん、いいよ。王子様と王子様の出会いはね……」

 ソフィアちゃん作、王子様と王子様の物語は夕方まで続いたのだった。

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