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第一章

第50話 黒魔法使い

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 魔法には2種類ある。白魔法と黒魔法。
 白魔法は主に回復やサポート系、黒魔法は毒や呪いなどを専門としている。
 お母さんは白魔法使いだったけど、ナーガさんは黒魔法使いらしい。

「黒魔法なんて言うと怖いけど、ナーガは悪いやつじゃないよ」
「悪いやつ、ではないんだけどなぁ……」

 ギルド経由でサディさんが連絡を取ってくれ、ナーガさんが来てくれることになった。
 私の部屋で待つお父さんとサディさんの様子は対照的。お父さんなんて、ずっと複雑そうな顔してる。

 ガチャ、とノックもなく部屋の扉が開いた。
 入って来たのは、黒いローブ姿でフードを目深に被った男の人。

「ナーガ! 来てくれたんだね」
「お前、ノックくらいしたらどうなんだ」

 ナーガさんは駆け寄ったサディさんをすり抜けて、私の方へやって来た。お父さんが私を傍に抱き寄せる。

「おい、フードくらい取れ。アリシアが怖がるだろう」

 お父さんに言われて、ナーガさんがフードを取った。
 黒い髪に黒い瞳……この世界では初めて見た。懐かしさを感じる、日本人のような外見。
 ナーガさんは、お父さんやサディさんより少し若く見える。ぼんやりした瞳をしてるのに隙のない雰囲気、『ミステリアスなイケメン』って感じ。

「アルバート、子供いたんだ」
「生まれたときに会わせただろう」
「そうだっけ……?」

 ナーガさんが首を傾げる。
 なんだかボーッとして見えるけど、この人もお父さんたちと一緒に魔王を倒したんだよね。

 サディさんが呆れたようにお父さんとナーガさんの間に入った。

「久しぶりの再会なのにまともな挨拶もなしなんて、ナーガらしいね」
「ここ、アルバートの家なのになんでサディアスが?」
「俺とアルは一緒に働いてるだろ。家も近所だし、よく行き来してるんだよ」

 聞いておいて、ナーガさんはあんまり興味がなさそうだった。構わず、サディさんが続ける。

「この子がアルとリリアさんの娘さん、アリシアちゃんだよ。この前7歳になったんだ」

 サディさんに紹介された私を、ナーガさんがじっと見下ろす。
 光のない漆黒の瞳。なんだか、すべてを見透かされてる気分になる。

「アリシア、こいつはナーガ。お父さんたちのパーティーの仲間だ。最後に会ったのは……」
「リリアが死んだとき以来」

 ピキッ、と部屋の空気が凍る音がした。怖くてお父さんの顔が見れない。
 ああ、こういうこと言っちゃうタイプなのね。

「はじめまして、ナーガさん!」

 これはもう幼女パワーで場を和ませるしかない。
 にっこり微笑んでみたものの、ナーガさんの表情は無表情なままピクリとも動かない。

 何かを諦めたようなお父さんのため息が聞こえた。

「さっさと本題に入ろう。お前に来てもらったのは、この子に変なものが見えると……」
「サディアスから聞いてる」

 お父さんの話をぶった切って、ナーガさんは私の前に跪いた。そして、私の額に掌をかざす。

「おい、何して……」
「アル」

 サディさんがお父さんを制止して、私に「大丈夫だよ」と視線を向けてくれる。
 ナーガさんの掌からは、冷たいような温かいような、不思議な空気を感じる。
 しばらくして、立ち上がったナーガさんがお父さんを見た。

「妖精が見えたんだろうね」
「妖精!? 聞いたことはあるが、本当にそんなものがいるのか?」
「いる。この子は魔法使いだから、妖精が見えてる」

 3人の視線が一気に私に集まる。
 私、魔法使いだったの!? っていうか、あのオバケが妖精だったわけ!?

「リリアさんの子だから、アリシアちゃんも魔法使いの血を受け継いでるんだね」
「だが、アリシアに変なのが見え始めたのは最近だぞ」
「リリアが魔法使いでもアルバートに魔力がないから、その分覚醒も遅くなったと思う。いつ覚醒するかは、魔力の強さに比例するから」

 だから7歳になった途端に見えるようになったんだ。学校に魔法使いの人はいなかったから、誰も私の見たものが妖精だと気づかなかった。 

「僕が来てから何も見えてないだろう?」

 そういえば、今日は何も見えてない。
 私がうなずくと、ナーガさんが視線を宙に向けた。

「魔法使いの僕が来たから近寄ってこない。都会の妖精たちはタチが悪いから、魔力の使い方も知らない、魔法使いの自覚もない子供がいたらカモにされる」

 私、妖精にからかわれてたってこと!?
 慌ててお父さんが身を乗り出した。

「ということは、アリシアも魔法が使えるようになればいいんだな。どうすればいいんだ?」
「魔法使いとして生まれたものは普通、魔法使いの弟子となって魔力の使い方を学ぶ」

 魔法使いといえば弟子だよね。でも弟子入りなんて厳しそうだなぁ。
 お父さんも腕を組んで考え込んでいた。

 それにしても、さっきからずっとナーガさんが瞬きもせず私を見つめてるのが気になる。穴が開きそうなくらいだ。
 私に何かついてます……?

 視線が気になってお父さんの後ろに隠れようとすると、ナーガさんが口を開いた。

「アリシアと2人だけにしてほしい」

 なんで!?
 と驚いたのは、もちろん私だけじゃない。

「なんだ急に! アリシアに何をするつもりだ!」
「話をしたい。2人きりの方が、アリシアもいいだろうから」
「そんなわけないだろう! 父親の俺がいるとできない話なのか!」
「僕はいいけど、アリシアが……」
「さっきから思ってたがアリシア、アリシアと慣れ慣れしい! 『ちゃん』くらい付けろ!」

 いやもうお父さんの怒りのポイントがズレてますけど。
 どうしたものかとオロオロしてると、「アリシアちゃん」とサディさんが傍に来てくれた。

「アリシアちゃんはどう? ナーガと話してみる?」
「えっと……」
「嫌だったらいいんだよ。僕とアルも一緒にいるから」

 サディさんが反対しないってことは、ナーガさんは別に悪いことを考えてるわけじゃないはず。
 それにナーガさんがずっと私を見つめてるのにも、何か理由があるのかもしれない。

「私、ナーガさんと2人でお話する」

 ナーガさんに掴みかかってたお父さんが飛んできた。

「アアアリシア!? いいのか!? 無理しなくていいんだぞ」
「私もお父さんたちみたいに、ナーガさんと仲良しになりたいの」
「お、親として『あの子と仲良くしちゃいけません』は言いたくない言葉だが……」
「アル、アリシアちゃんがこう言ってるんだから。ナーガだって取って食ったりはしないよ」

 サディさんに宥められて、お父さんが折れた。

「ナーガ、アリシアに変なことをしたら俺が許さない」
「変なことって?」
「とにかく変なことだ! アリシア、何かあったら大声出しなさい。お父さんたち隣の部屋にいるからな」

 お父さん……ナーガさんを何だと思ってるの。

「サディ、ナーガに幼女趣味はないよな?」
「少しはナーガを信用してあげなって。一緒に旅した仲間だろ」

 まだ何か言ってるお父さんをサディさんが引きずって行った。パタンと扉が閉まった後も、お父さんのボヤキが聞こえてくる。
 ナーガさんが扉を一瞥した。

「親バカって本当にいるんだ。初めて見た」

 お父さんの通常営業です。
 でも私と2人だけで話したいなんて、一体なんなんだろう。

「アリシア」
「はいっ!?」

 またナーガさんが黒い瞳で私を見つめてくる。

「キミ、身体は子供なのに魂は大人だね。どうして?」

 えっ……ええ?
 なにそれどういう意味!?

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