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第一章
第37話 大人の時間② ※アルバート視点
しおりを挟む風呂から出ると、バスローブが置いてあった。
躊躇いながら袖を通し廊下に出ると、入れ替わりにサディが風呂に入って行く。
ウロウロしていても仕方がない。意を決して寝室に入ると、大きめのシングルベッドがひとつ。サイドテーブルにランプが灯っていた。
ベッドの端に座ってみるが、落ち着かない。
この流れは完全に……ってことだよな?
いや童貞でもあるまいし、今更動揺することでもないんだが。
でも男同士だぞ!? サディのことは好きだが、心の準備が……というか、心が通じていればそれでよくないか!? でも期待されているのに怖気づくなんて、男としてのプライドが……
ドアの開く音が聞こえ、ビクッと肩が跳ねる。
「へえ、偉いじゃん。シラフで待ってたんだ」
バスローブ姿のサディが入ってきた。
しまった、酒のことを忘れてた。飲んどきゃ良かった。
サディが当然のように真横に座ると、上気した身体から熱が伝わってくる。
「アル?」
「な、なんだ!?」
「え、緊張してんの?」
「緊張というか……ホントに、するのか?」
「そのつもりだけど?」
風呂上がりだからか、サディの火照った顔がやたら艶めかしく見えた。そんな風にサディを見ている自分にも驚く。
サディの目に俺は、どう見えているんだろうか。
瞳に映る俺をじっと見ていると、サディとの距離が近くなって……
「ま、待った!」
「なんだよ」
サディが口を尖らせた。
「なんで近づいてくるんだよ」
「アルが見つめてくるからだろ。キスしたいのかと思った」
「ち、違う!」
「なーんだ」
肩を落とすサディの姿に、罪悪感が襲う。
サディはずっと、叶わないと思っていた俺への想いを胸に秘めてきた。ようやく叶ったと思わせておいて、俺がこんな態度なのはマズイ。
でも、一線を越えてしまうのは……
「寝よっか」
「へ……?」
と言うなり、サディはさっさとベッドに寝転んでしまった。
「い、いいのか?」
「なにが?」
「し……しなくて」
「アルにその気がないのに、したってしょうがないだろ」
そうだけど……!
心の準備ができていないはずだったのに、いざしないと言われるとそれはそれで複雑だ。
ぐるぐる胸の内で自問自答を繰り返している俺を尻目に、サディはなんでもなさそうな顔をしていた。
これで俺が普通に寝てしまえば、サディは何もしないだろう。けど、それでいいのか。俺。
「……自信が、ないんだ」
「男相手じゃ勃たない?」
「違う! そういうことじゃない!」
「別にいいよ。今更俺の身体見て興奮できないだろ」
「だから、そうじゃないって言ってるだろ!」
ベッドに飛び乗ると、サディが驚いて起き上がった。膝を合わせ、じっと向かい合う。
「俺は……一夜限りの関係というのは好きじゃない。特にお前とは、そういう関係にはなりたくない」
「そりゃ俺だってそうだよ」
「ということは、一線を越えれば……その、俺にも責任がある」
女性経験は多い方じゃない。身体の関係にまでなった相手は、きちんと誠実に恋人として、夫婦として誓った相手だけだ。
「サディを、幸せにする……自信がない」
告白したときは、目の前のことしか考えていなかった。
でも恋人として、家族として共に過ごす未来まで、サディを幸せにする自信が俺にはない。
「俺はアルと一緒にいられるだけで、十分幸せだよ」
「っ……」
「アルは責任感強いからなぁ。大切な人を自分が幸せにしてんなきゃと思ってるんだろうけど、好きな人と一緒にいられればそれだけで幸せなんだよ」
いつもそうだ。俺が幸せにしたいと思っている人に、俺の方が幸せにしてもらっている。
俺を覗き込むサディの顔が愛おしくてたまらない。触れたい。もっと触れてほしい。
だけど……
「アル」
サディにあやすように抱き寄せられた。俺より華奢な胸板に、強く抱きとめられる。伝わる胸の鼓動が、どちらのものかわからなくなった。
肩に背負っていた責任感、孤独感、虚勢、プライド……そんなものが、すべて溶けていくようだった。
ただひとつ、胸の奥底に眠った恐怖心が顔を出す。
宙に浮いた震える手が、自然とサディを掴んだ。
「……どこにも、行かないでくれ」
「行かないよ。ずっとアルの傍にいる」
目閉じて、と言われ素直に応じると柔らかい唇が触れた。
甘すぎるくちづけが離れると、サディが薄く笑って俺の肩に手をやった。
そのままベッドに、押し倒される。
「っ、俺が下なのか!?」
「そりゃそうでしょ」
なんでそうなる!?
という抗議は、サディに胸元をなぞられて封じられた。ひっ、と情けない声を上げてしまう。
「赤くなってる。そんな一生懸命洗ったの?」
「悪いか……っ!」
「ごめん、かわいいなぁって思って」
くつくつと笑うサディに、顔まで赤くなるのを感じる。
永遠なんてものはない。失う恐怖はなくなりはしない。
それでも俺は、サディと共にいたい。
「サディ」
「なに?」
「灯りは、消せよ」
「わかってるよ」
灯りの消えた部屋で、俺たちは夜に溶けていった。
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