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第一章
第36話 大人の時間① ※アルバート視点
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※アルバート視点になります。
サディの家に着くと、ノックする前に扉が開いた。
「いらっしゃい」
「っ、驚いた。待ち構えてたのか?」
「アルが来たことくらいすぐにわかるよ」
いたずらっぽく笑ったサディは、本気なのか冗談なのかわからない。
家に招き入れられ、テーブルにつく。サディの家には何度も来たことがあるし、飲み明かした日だってある。ここに来るのは、何も特別なことじゃない。
ただ、これまでの俺たちはただのバディ。でも今は……
「今夕飯作ってるから、ちょっと待ってて」
「サディが作るのか?」
「当り前だろ。うちには誰かさんのお屋敷みたいにコックはいないんだよ」
望めばうちと同じような屋敷にメイドやコックを何人も抱えることもできたはずだが、サディは「俺はそういうの性に合わないから」と1人でここに暮らすことを選んだ。
俺も家族が居なければそうしていただろうが。
「俺も手伝う」
「いいよ、どうせできないだろ」
「バカにするな。包丁くらい今でも使える」
剣も包丁も似たようなものだ。騎士学校の寮では食事当番があったから、サディとも料理しているというのに。
「アルって包丁だけは得意だよね。切るの専門」
「切れれば料理はできるだろ」
「焼いたり煮込んだり、味付けは俺がやってたんですけど?」
食事当番はいつもサディと一緒だった。分担作業と言ってほしい。
もう切るものはないからと言われ、テーブルに戻る。
肉を煮込む良い匂いが漂ってきた。コトコトいう鍋の音も静かに耳に届く。
キッチンに立つサディの姿は、男のくせに主婦のようだった。そういえば、リリアのこんな姿はほとんど見たことがなかった気がする。
新婚生活は旅の最中で、あの屋敷に住んでからも忙しくて食事を一緒にすること自体少なかった。
コックに任せておけばいいものを、いつもリリアは手料理を作って待っていてくれたというのに……
「なに暗い顔してんの? お腹でも痛い?」
「い、いや! なんでもない」
「できたから運ぶの手伝ってよ」
「あ、ああ」
鶏肉の煮込みに、キノコと玉ねぎのパイ、レンズ豆のスープ。パンはさすがに買ってきたんだろうが、香ばしい匂いが立ち込めた。
さっそくパイを頬張ると、サディが「どう?」と首を傾げる。
「旨いよ」
「よかったー」
「サディのメシは昔から旨いだろ」
騎士学校の頃は皆とにかく腹が減っていたから食えればなんでも良かったが、サディが当番の日は争奪戦が凄まじかった。
俺は同じ当番の特権でいつも先に確保させてもらっていた。
「人に作るのなんて久しぶりだからさ。なんか寮生活を思い出すね」
「バディになる前から、お前とはよく当番で一緒だったな。あの頃はまさか、サディとこんなに長い付き合いになるとは思ってなかった」
「俺もだよ」
今まで、わざわざサディと騎士学校の思い出話を語ることもなかった。
久しぶりに昔の話に花を咲かせていれば、あっという間に時間も過ぎ、腹も満たされていく。
いつの間にか、窓の外は真っ暗になっていた。そういえば、アリシアに今日の分の「おやすみ」を伝えるのを忘れてしまった。
「アリシアちゃんが気になる?」
「一晩離れるのは久しぶりだからな。寂しがってなきゃいいが」
「アリシアちゃんなら大丈夫でしょ。あの子はしっかりしてるから」
「そう、だが……」
あの高熱以降、仕事以外であの子と離れたことはない。それまでだって、アリシアのことを思わない日はなかった。
ただアリシアと向かい合うことが怖かった。また失ってしまうのではないかと。リリアのように。
「あの子は、時折すごく大人びて見えることがあるんだ。しっかりしているのは良いが、何か無理をさせているんじゃないかと心配で」
「それはまあ……ちょっと思うよね。俺のことも、すぐ受け入れてくれてさ」
サディへの気持ちに気づかせてくれたのはアリシアだ。気持ちを伝えるよう背中を押してくれたのもアリシア。
女の子はマセているというが、6歳の子に普通そこまでのことができるのだろうか。
「俺、アリシアちゃんのことが1番心配だったんだ。俺がアルと恋人になって、あの子が傷ついたりしたらどうしようって。だから受け入れてくれたことは、本当に嬉しかった。それが俺に気を使って、我慢してるんじゃないといいんだけど」
「あの子が内心どう思っているかはわからないが……ただ、アリシアは本当にサディのことが大好きだ。それは間違いない」
そう言うと、サディは柔らかく微笑んだ。
「家族なんて言ってもらっちゃったしね。俺、もっとアリシアちゃんと仲良くなりたい」
「サディならすぐなれるだろ」
「アリシアちゃんの1番が俺になっちゃっても嫉妬しないでよ、お父さん?」
アリシアの1番!?
それは父親である俺の特権。いやしかし、家族になるからにはサディも父親同然。
サディの方が料理もできるし、遊んでやれるし、なにより今でもアリシアが懐いている。
「サディさんが本当のお父さんだったら良かったのに」とか言われたら、俺は……俺は……ッ!
「アル~? 冗談なんだからそんな重く受け止めないでよ」
「はっ、あ、いや、俺は別に」
「アルは俺の想像以上に親バカだったね。ごめんごめん」
呆れたようにサディが笑う。俺にしてみれば冗談じゃない。
食事を片付け、暖炉の前のソファに座る。昔話や最近の訓練のことまで、他愛もない話をしているだけだが……距離が近い。
狭くもないソファだというのに、サディはピッタリと俺の真横に座っている。
「サ、サディ……近くないか?」
「まあ、近づいてるからね」
だからなんで近づいてくるんだ!
サディのことは好きだと認めたが、男同士でこの距離はやはり落ち着かない。
「そ、そういえば今日出てくるときにアリシアがな……」
「アルがアリシアちゃん大好きなのはいいんだけどさ」
サディの瞳に俺が映って、どこか艶めいて見える。
「今夜くらいは、俺のことだけ考えてくれてもいいんじゃない?」
「……っ」
グッと顔を寄せられ、息が止まった。
そんな俺から、ふっとサディが離れていく。
「うち、小さいけどとりあえずお風呂あるんだ。入ってきなよ」
「え……」
「出たら寝室行ってて。あ、飲みたきゃ酒飲んでてもいいよ」
タオルを渡され、風呂場に押し込められた。
風呂……寝室……?
これもしかして、そういうことか……!?
サディの家に着くと、ノックする前に扉が開いた。
「いらっしゃい」
「っ、驚いた。待ち構えてたのか?」
「アルが来たことくらいすぐにわかるよ」
いたずらっぽく笑ったサディは、本気なのか冗談なのかわからない。
家に招き入れられ、テーブルにつく。サディの家には何度も来たことがあるし、飲み明かした日だってある。ここに来るのは、何も特別なことじゃない。
ただ、これまでの俺たちはただのバディ。でも今は……
「今夕飯作ってるから、ちょっと待ってて」
「サディが作るのか?」
「当り前だろ。うちには誰かさんのお屋敷みたいにコックはいないんだよ」
望めばうちと同じような屋敷にメイドやコックを何人も抱えることもできたはずだが、サディは「俺はそういうの性に合わないから」と1人でここに暮らすことを選んだ。
俺も家族が居なければそうしていただろうが。
「俺も手伝う」
「いいよ、どうせできないだろ」
「バカにするな。包丁くらい今でも使える」
剣も包丁も似たようなものだ。騎士学校の寮では食事当番があったから、サディとも料理しているというのに。
「アルって包丁だけは得意だよね。切るの専門」
「切れれば料理はできるだろ」
「焼いたり煮込んだり、味付けは俺がやってたんですけど?」
食事当番はいつもサディと一緒だった。分担作業と言ってほしい。
もう切るものはないからと言われ、テーブルに戻る。
肉を煮込む良い匂いが漂ってきた。コトコトいう鍋の音も静かに耳に届く。
キッチンに立つサディの姿は、男のくせに主婦のようだった。そういえば、リリアのこんな姿はほとんど見たことがなかった気がする。
新婚生活は旅の最中で、あの屋敷に住んでからも忙しくて食事を一緒にすること自体少なかった。
コックに任せておけばいいものを、いつもリリアは手料理を作って待っていてくれたというのに……
「なに暗い顔してんの? お腹でも痛い?」
「い、いや! なんでもない」
「できたから運ぶの手伝ってよ」
「あ、ああ」
鶏肉の煮込みに、キノコと玉ねぎのパイ、レンズ豆のスープ。パンはさすがに買ってきたんだろうが、香ばしい匂いが立ち込めた。
さっそくパイを頬張ると、サディが「どう?」と首を傾げる。
「旨いよ」
「よかったー」
「サディのメシは昔から旨いだろ」
騎士学校の頃は皆とにかく腹が減っていたから食えればなんでも良かったが、サディが当番の日は争奪戦が凄まじかった。
俺は同じ当番の特権でいつも先に確保させてもらっていた。
「人に作るのなんて久しぶりだからさ。なんか寮生活を思い出すね」
「バディになる前から、お前とはよく当番で一緒だったな。あの頃はまさか、サディとこんなに長い付き合いになるとは思ってなかった」
「俺もだよ」
今まで、わざわざサディと騎士学校の思い出話を語ることもなかった。
久しぶりに昔の話に花を咲かせていれば、あっという間に時間も過ぎ、腹も満たされていく。
いつの間にか、窓の外は真っ暗になっていた。そういえば、アリシアに今日の分の「おやすみ」を伝えるのを忘れてしまった。
「アリシアちゃんが気になる?」
「一晩離れるのは久しぶりだからな。寂しがってなきゃいいが」
「アリシアちゃんなら大丈夫でしょ。あの子はしっかりしてるから」
「そう、だが……」
あの高熱以降、仕事以外であの子と離れたことはない。それまでだって、アリシアのことを思わない日はなかった。
ただアリシアと向かい合うことが怖かった。また失ってしまうのではないかと。リリアのように。
「あの子は、時折すごく大人びて見えることがあるんだ。しっかりしているのは良いが、何か無理をさせているんじゃないかと心配で」
「それはまあ……ちょっと思うよね。俺のことも、すぐ受け入れてくれてさ」
サディへの気持ちに気づかせてくれたのはアリシアだ。気持ちを伝えるよう背中を押してくれたのもアリシア。
女の子はマセているというが、6歳の子に普通そこまでのことができるのだろうか。
「俺、アリシアちゃんのことが1番心配だったんだ。俺がアルと恋人になって、あの子が傷ついたりしたらどうしようって。だから受け入れてくれたことは、本当に嬉しかった。それが俺に気を使って、我慢してるんじゃないといいんだけど」
「あの子が内心どう思っているかはわからないが……ただ、アリシアは本当にサディのことが大好きだ。それは間違いない」
そう言うと、サディは柔らかく微笑んだ。
「家族なんて言ってもらっちゃったしね。俺、もっとアリシアちゃんと仲良くなりたい」
「サディならすぐなれるだろ」
「アリシアちゃんの1番が俺になっちゃっても嫉妬しないでよ、お父さん?」
アリシアの1番!?
それは父親である俺の特権。いやしかし、家族になるからにはサディも父親同然。
サディの方が料理もできるし、遊んでやれるし、なにより今でもアリシアが懐いている。
「サディさんが本当のお父さんだったら良かったのに」とか言われたら、俺は……俺は……ッ!
「アル~? 冗談なんだからそんな重く受け止めないでよ」
「はっ、あ、いや、俺は別に」
「アルは俺の想像以上に親バカだったね。ごめんごめん」
呆れたようにサディが笑う。俺にしてみれば冗談じゃない。
食事を片付け、暖炉の前のソファに座る。昔話や最近の訓練のことまで、他愛もない話をしているだけだが……距離が近い。
狭くもないソファだというのに、サディはピッタリと俺の真横に座っている。
「サ、サディ……近くないか?」
「まあ、近づいてるからね」
だからなんで近づいてくるんだ!
サディのことは好きだと認めたが、男同士でこの距離はやはり落ち着かない。
「そ、そういえば今日出てくるときにアリシアがな……」
「アルがアリシアちゃん大好きなのはいいんだけどさ」
サディの瞳に俺が映って、どこか艶めいて見える。
「今夜くらいは、俺のことだけ考えてくれてもいいんじゃない?」
「……っ」
グッと顔を寄せられ、息が止まった。
そんな俺から、ふっとサディが離れていく。
「うち、小さいけどとりあえずお風呂あるんだ。入ってきなよ」
「え……」
「出たら寝室行ってて。あ、飲みたきゃ酒飲んでてもいいよ」
タオルを渡され、風呂場に押し込められた。
風呂……寝室……?
これもしかして、そういうことか……!?
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