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第一章
第31話 お見合い
しおりを挟むお父さんが朝からそわそわしてる。
「お父さん……お父さん!」
「ふぁっ!? あ、ああ、悪い。ボーっとしてて」
私の着替えを手伝うと言いつつ、何度もボタンを掛け間違ってるし、話しかけても上の空。
原因は、たぶん……
「サディさんのお見合い、今日だね」
「そう、だな」
「気になる?」
「べ、別に。ただあいつ、どんな相手なのか何も言わないし、上手くやれてるのか心配で……」
私もサディさんのお見合いは気が気じゃない。
サディさんはお父さんが好き。でもそれは私が思っていたことで、単なる腐女子の勘違いだったのかもしれない。
けど、サディさんがお見合いをすると聞いたときのお父さんの狼狽えよう。そして落ち着きのない今のこの状態。
「べ、別に」なんてツンデレみたいなこと言っちゃって。それは「気になってる」と言ってるのと同じでしょう。
本当はお見合いなんてしてほしくないくせに言い出せなくて、こんなにそわそわしてるんだ。
「サディさんって、どこでお見合いしてるの?」
「クレセントホテルで食事すると言ってたが……」
「ホテルいいなー! 私も行ってみたーい!」
さあ、お父さん! 私をダシにサディさんのところへ行こう!
「ホテルは予約客じゃないと入れな……いや、あのホテルはすぐそばに湖があったはず」
「湖! 行ってみたい!」
「そうだな。散歩がてらに行ってみるか。ちょっと支度してくるから待ってなさい」
言うが早いか、お父さんがばびゅんと部屋を飛び出して行った。
やっぱり行きたかったんじゃない。素直になればいいのに。
クレセントホテルは湖のほとりにある。
大きな湖の周りは散歩コースになっていて、親子連れやカップルが歩いていた。
私もお父さんと一緒に湖に沿って歩く。
「お父さん! 危ないよ!」
お父さんの腕をぐいっと引っ張る。もう少しで湖に落ちそうだった。
「あ、ありがとう、アリシア。今日はボーッとしてダメだな」
ボーッとしてたというか、お父さんの視線の先はずっとホテルの方。
ここからじゃ見えるはずもないけど、サディさんは今お見合い中のはず。
そんなに気になるなら「見合いなんてするな! お前には俺がいるだろ!」って言っちゃえばよかったのに。
ここはまた私がアシストしないと。
「お父さんは、サディさんが結婚するのイヤなんでしょ?」
ドストレート過ぎたのか、お父さんが「なッッ!?」と固まる。
「い、嫌なんてことはないぞ。あいつもいい歳だし、身を固めるにはいい時期だ。けど、あいつは結構面倒なヤツだから……俺みたいに付き合ってやれる女性はなかなか……いや俺に反対する権利はないんだが」
そんなグダグダ言ってたら、「嫌だ」って言ってるのと同じだってば。
と、木の下のベンチにカップルが座っているのが見えた。
男の人は見覚えのある灰色の髪で……
「お父さん! あれ、サディさんじゃない?」
「ど、どこだ!?」
私が指差す先を、お父さんが食い入るように見つめる。
「サディだ。ということは……」
一緒に居るのが、お見合いのお相手。
サディさんの隣には、白いワンピースを着た長いブロンド髪の女性が微笑んでいた。
私とお父さんはサディさんに見つからないよう、近くの木の陰に隠れた。
この距離だとサディさんたちの声までは聞こえない。
見るからに美人の女性と、楽しそうに話しているサディさん。盛り上がってるみたいだ。
お父さんはそんな2人をじっと見つめている。
それから、何も言わずにふいと背を向けた。
「戻ろう、アリシア。覗き見なんてよくない」
「えっ、でも……いいの?」
「邪魔しちゃ悪いだろ」
お父さんが離れて行ってしまうので、慌てて追いかける。
しばらく、何も言わずに私たちは湖のほとりを歩いた。
「……お似合いだな」
ぽつり、とお父さんが零した。
「サディさんたちのこと?」
「美人だし、しっかりしてそうな女性じゃないか。サディはふらふらと掴みどころのないヤツだから、ああいう人が傍にいてくれれば安心だろう。あいつも気に入ってる様子だったし、お似合いの2人だよ」
お父さん……
それって、女の子と2人でいるところを目撃しちゃって『やっぱりあいつは女の子と一緒にいるのがお似合いだよな』とか思っちゃうBLあるある展開!!
やだもう、お父さん完全にサディさんに脈ありじゃん。
ああいや、喜んでる場合じゃなかった。
BLの世界だったらすれ違いイベントの末に2人はくっつくけど、ここは現実。
サディさんとあの人が結婚して、お父さんが1人寂しく結婚式の引き出物のバウムクーヘンを食べるENDだってありえないわけじゃない。
お父さんが当て馬になっちゃう!?
結局その後お父さんは黙ったままで、すぐ家に帰った。
帰ってからもお父さんは塞ぎ込んでて、目に見えて落ち込んでる。
マドレーヌさんにまで「お父様はどうされたのですか? まるで失恋でもされたかのようなお顔をされて」とか聞かれちゃったもん。お父さん、顔に出すぎ。
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